アナーニのドゥオモに描かれていた古代ギリシアの医聖ヒポクラテスと地中海式ダイエットの創始者ガレノスのフレスコ画。




クリスマスから続いた冬の休暇が終わりました。
毎年、これでもかと胃袋に食べ物を詰め込む季節ですが、今年は時差ぼけと食事時間が重なって膨大な量の食事にはほとんど縁がありませんでした。

腰痛を抱えた夫は昨年、20キロ近いダイエットに成功して腰への負担をだいぶ減らしましたが、この季節はさすがに「1キロまた増えた」とぼやいております。
体重が増えたことよりも、野菜中心の食生活に慣れた胃袋にこてこてのクリスマス料理がこたえているようで今日から我が家の食生活も平常に戻ります。

イタリアの肥満率は日本など問題にならないほど高いと思われますが、この「肥満」という概念はいつごろ生まれたのでしょう。
食生活が豊かでなかった時代には当然存在しなかった問題で、実は『STORICA』 の最新号にこの肥満の歴史が2ページにわたって書かれておりました。

肥満はなんと古代ギリシア時代から存在していたそうです。
日本でも寝正月を過ごされた方に送る、2000年前の肥満のお話です。



文明が成熟せず、ゆえに食物の確保が生きる目的だった時代の人類にとっては「太っていること」は長命の保障であり誇るべきことでした。
当然、当時の人々の体脂肪率が20パーセントを超えることなどほぼ皆無で、むしろ脂肪があったほうが飢饉や疫病が起こった際にも生き残れる確立が高いという意味で喜ばしいことだったわけです。
寿命も、35歳を超えれば満足という大昔には、肥満が引き起こす病気であろうが栄養不足であろうが死因が人々の間で問題になることも少なかったのでしょう。

この概念が覆ったのは古代ギリシアの時代でした。
ギリシアにおいては「肉体美」とは、バランスのとれたすらりとした体型を指し、また精神と肉体の調和 ( Kalos kaiagathos ) といういかにもギリシア的な哲学が存在していたので、肥満は軽蔑の対象でもありました。

医聖と呼ばれる古代ギリシアの医学者ヒポクラテスによれば、肥満は立派に病気の一つと考えてよく、なぜならば早死にや突然死をする人には肥満が多かったためなのだそうです。
また彼が考案した「四体液説」とも肥満は深い関係があり、人体を構成している血液・粘液・黒胆汁・黄胆汁のバランスが崩れることから肥満になる、と彼は主張していました。
ヒポクラテスのこの学説は2千年にわたってその後の西洋の医学会を席巻しており、後に続いた医学者たちも彼の主張を基礎にそれぞれの主張を繰り広げたようです。
「医聖」ヒポクラテスによれば肥満を解消するにはまず四体液のバランスをとること、そして適度の運動、マッサージ、休息が必要とのこと。

古代ローマの医学者ガレノスは、ヒポクラテスの学説を信奉した人で、肥満についていえばさらに辛らつな主張をしています。
いわく、肥満の人はそうではない人に比べて知性において劣り、肥満は生来のものなのでその完治は難しいと述べて太鼓腹のローマっ子たちの批判を浴びたようです。
帝政ローマ時代になると上層階級はその飽食から肥満問題も顕著であったようで、西暦1世紀の医学者アウルス・コルネリウス・ケルススはダイエットについて記述しています。
それによると、
・入浴をすること
・入浴(というより水浴でしょうか)の際には海水であることが望ましい
・入浴は空腹時に行うこと
・日光浴や蒸し風呂でよく体を温めること
・心配事をふやすこと(ストレスが増えると自然に痩せるということだそうです)
・寝不足あるいは寝すぎ
・ひと夏を固めのベッドで寝ること
・運動すること
・嘔吐すること
・下剤を飲むこと
・咀嚼を必要とする食物、また酸味のある食物を摂取すること
・一日食事は一回に減らすこと
・冷やしすぎたワインを飲まないこと
・ワインは空腹時を避けて飲むこと

などなどが述べられているそうです。
現代医学の観点から見ると、唯一「咀嚼を必要とし、酸味の利いた食物を摂取する」ことは肥満の解消に効き目があるのだとか。

また古代においてはもっとも著名な植物学者ペダニウス・ディオスコリデスはその著作『医薬の材料について ( De Materi Medica ) 』 の中で
・アジアに生息する花 ( おそらくクロッカス、またサフランのことだそうです )
・マスタード ( からしの種とブドウの絞り汁を混ぜたものだそうです )
の二つが、ヒポクラテスの言うところの四体液のひとつ粘液の減少に効果があると記述しています。また新鮮で少し塩気のきいたチーズもダイエットによい、と述べているそうです。


皇帝ネロの時代に活躍した植物学者ペダニウス・ディオスコリデス著『医薬の材料について ( De Materia Medica ) 』 の写本の一部。ネロの時代になると肥満も珍しいことではなかったようで。



いっぽう、婦人科医学の祖エフェソクのソラヌスは西暦2世紀の医学者ですが、彼によれば適度な運動、衛生的な生活習慣が必須とのこと。
ソラヌスはまた「軟部組織 ( Polysarkia ) 」という言葉を造語した人だそうで、肥満にもさまざまな種類があることを言及しています。

しかし、現代でいうところの「地中海式ダイエット」の基礎を作ったのはやはり古代ローマの医学者、前述のガレノスということになりそうです。差別発言はいただけませんでしたが。
というのも彼は『 De victu attenuante 』 という著作でずばりダイエットについて著述をしていて、特に食生活について詳しく述べているそうです。
ガレノスによれば食生活の基本は、魚・豆類・野菜・果物・穀類・ワインと強調しています。肉類と卵は少なめに、とのこと。

6世紀になるとアレクサンデル・トラリアヌス ( Alexander Trallianus ) という大医学者が登場します。
ビザンチンの医学会の大家といわれた彼によれば、肉類は脂肪が多い牛肉や豚肉、羊肉よりも鶏肉がダイエットには好ましいと述べています。
野菜に関していえば、レタス・チコリなどが肥満に効き、基本は肉よりも魚、スズキ・ベラ・ダツ、それにイカやタコ、甲殻類を推奨しています。
穀類や豆類の中では、トラリアヌスのお勧めはインゲン豆、ソラマメ、米、果物ではりんご、かんきつ類、ブドウ、メロン、イチジク、黒イチゴ、胡桃などでまさにこちらも地中海ダイエットの王道といったおもむき。

これらの食生活に関しては現代医学者も太鼓判を押しているそうで、まさに2千年続くダイエットなのでしょう。
健康によい食品でもとりすぎては元も子もない、とイタリア人は実証しているわけです。
夫は本格的なダイエットのためにディエトロゴ( dietologo ) と呼ばれる食事療法医のところに通いましたが、なんのことはないこの地中海式ダイエットを忠実に遂行しただけでした。まったく無理のないダイエットで、油は火を通さない、穀類は一回の食事で100グラム、果物は食後すぐには食べない、などなどのルールはありましたけど。
私から見れば日本のほうがよほどダイエットによい食生活だと思うのですが、日本には便利すぎるコンビニエンスストアやスーパーが多いのがダイエットの敵なんでしょうね。何か食べたい、と思ったときに身近においしそうなものがごろごろあるのは、この山の町で心臓やぶりの坂を上ってまでポテトチップを買いに行く気になれない私からするとうらやましい限りですが、ダイエットには不向きなんでしょう。
夫は「日本人の肥満と禿げと汗っかきは見たことがない」と言い張っていますが。