顧客が多様化し、あらゆるメディアが登場する中で、マーケターに求められる「伝える力」も大きく変化してきた。企業や商品の何をどのように伝えれば、顧客は動いてくれるのだろうか。「伝えるということ」の本質を探るべく、エステー株式会社 宣伝担当 執行役 鹿毛康司氏にお話を伺った。

震災後の人々の心に刺さった、「ミゲルくん」の消臭力
鹿毛氏は、2013年に、公益社団法人日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会が主催する、第一回Webグランプリ Web人部門において、Web人貢献賞を受賞した。「ミゲルくん」で知られるエステーの「消臭力」のCM、及びそのコミュニケーション戦略が高く評価されたのが受賞の理由だ。ここで鹿毛氏は、CMだけでなく、あらゆるメディアを使って顧客とのコミュニケーションを醸成し、ムーブメントを作りあげた。
ミゲルくんがリスボンの町並みを背景に歌を歌い、最後に「消臭力」という一言で締めくくるこのCMは、震災後の日本において多くの人々の共感を得るものとなった。実際、11年5月において、全数千種類ある中、CM好感度ランキング第2位となり、twitterなどでも多くの反響があったという。「このCMは、2011年3月15日の朝5:50に思いつきました」と、鹿毛氏は言う。多くの人の記憶にあるように、震災直後の日本ではCMは流れず、流れ始めてもその多くが公益社団法人ACジャパンのものであった。震災後の落ち着かない社会状況下で、ブラウン管の中も非日常な光景で溢れていた頃だ。そのような中で、鹿毛氏は、SNSなどを通じて、人々の「日常に戻りたい」という感情を読みとったという。CMで何かを伝えなければいけない、そんな思いから作り出したのがミゲルくんのCMだ。
「日常の商品だよ」ということを伝えるのが、このCMのテーマであったという。多くの震災関連の動画が流れる中にあって、ニュースに出てくるような町並みは使いたくないという思いがあった。その中で選ばれたのがリスボン。後から分かった事だが、偶然にも、かつて震災とそれに伴う津波によって6万人が亡くなった都市であった。日常を感じられるCMであったこと、そしてその背景に潜む偶然なストーリーも重なって、人々から多くの反響を得る事ができた。当時の制作過程を振り返り、鹿毛氏は「手法にこだわることだけはやめようと思った。ウケそうだと先に考えたり、震災につながるだろうという思いを持ったりはしていなかった。」という。そこにあったのは鹿毛氏が最初にインスピレーションを受けた、「日常」ということを伝えたいという思いだけだ。
人々の感情というものはどんどん変わっていくものだ。それに合わせて、企業側は伝え方を変えなければいけない。このミゲルくんのCMでは、最後の編集段階で、当初予定していたシリアスなバージョンから、笑顔で終わるものへと急遽差し替えたという。当時流れていた他のCMが、非常に真面目だったことから、敢えて最後を笑顔で終わらせた。伝えるためには、人々の感情の変化を常に嗅ぎ取っていかなければならない。「動いている人の気持ちの中でボールを投げることだけを考えた。時代を読みながらだったことが人々の印象に残ったと思う。」と鹿毛氏は語る。

徹底的な洞察をもとに、伝えるべきことを伝えていく
「伝える」際に、多くのマーケターが陥る失敗は、シナリオ通りに、自分たちが伝えたいことを伝えようとすることだ。しかし鹿毛氏は、「For meではなくFor you、伝えるべきものを伝えないといけない。」と語る。あれも言いたい、これも言いたいと多くのものを詰め込んでも、人々には届かない。何を伝えるかを整理する必要があり、そのためにはまず、捨てる、諦めることが肝心だ。そしてその残った伝えるべきことの中で、優先順位をつけ、一つ一つ観察していく。単なる定量調査ではなく、人々の感情を捉え、優先順位とともにそれがどの程度届く可能性があるのかを見ていくという。
ここまできて始めて、届くだろう、と思われるものが見つかる。しかし、大切なのはここからだ。届いたと思ったものに対する洞察が必要であり、ここが大きくマーケターの力量が問われるところだという。答えはない。ひたすら顧客のイマジネーションを膨らませ、仮説とのギャップをはかっていく作業が必要だ。40代主婦、などというくだらないカテゴリーにしてはいけない。もっと踏み込んで考え、自分が伝えるべきことと顧客を、徹底的に洞察していく。
そして最後の落とし穴が、いざクリエイティブを作製しようとする段階に潜んでいる。顧客に届けるためには、ひたすら考え、洞察したものを、最後には魅力あるものへと変換しなければならない。その段階で多くのマーケターが自分の力を過信してしまいがちだ。変換の部分はトップクリエイターに頼み、自分は監修しなさい、と鹿毛氏は述べる。

メディアに翻弄されるな
今はTVだけでなく、数多くあるメディアを駆使して顧客に伝えていかなければいけない、マーケターにとってはチャレンジングな時代だと言える。そのような中、facebookの枠、twitterの枠という様に「メディアの場所売り」に終止してしまっている現在の問題点を、鹿毛氏は指摘する。
どのようなムーブメントを起こそうか、顧客をどんな顔にしようか、という大前提が、全ての戦略、施策の根幹にあるべきだ。しかし、いざ商談に入ってみると、そのメディアに入り込んでしまい、ついついメディアから先に考えて設計してしまう傾向にある。facebookを使えば何かが起こりそうだ、という考えは非常に浅はかだ。人々の生活はfacebookで簡潔しているものではなく、一人があらゆるものを見ている。いきなりメディアを選択するのではなく、何を伝えたいか、というものを根っこに、そこからそれに必要なメディアを選んでいかなければならない。
過去にやったものをどんどん捨てて、新しい手法に挑戦していく、というのが鹿毛氏のポリシーだ。しかし、伝えることは首尾一貫しており、実際は時代の変遷に合わせて、新しいやり方にトライしているにすぎない。
「消臭力」のCMは、その後歌手の西川貴教さんも巻き込んでいき、ミゲルくんが彼のライブにサプライズで登場するなど、注目度を増していった。毎週CMを変えるという試みにも挑戦し、西川さんとなだぎ武さんが消臭力の歌を披露する回から始まり、その後は漫才のような掛け合いを見せてくれる回が続く。彼らが消臭力を片手に言葉を交わすこれらのCMは、全てアドリブで撮影されたという。広告でありながら、そこには顧客を捉えるストーリーがあった。どこかCMっぽくないこのCMは、「エステーらしい」と表現され、エステーのブランドを顧客に浸透させるのに多いに貢献しているようだ。
エステーのCMを見ていると、何か奇抜な戦略やコンテンツが必要なように思えてくるが、必ずしも全く新しい、尖ったものを見つけないといけない訳ではない。鹿毛氏いわく、大切なのは「何を伝えたいか、伝えるべきか」ということが根っこに存在しているかどうかだ。そこを揺るがすことなく、顧客を洞察し、適切なメディアを選択していく。
鹿毛氏は、「伝えることとは、本気で自分の中から生まれたものを伝えること」であるという。デジタルや数あるメディアに惑わされるのではなく、本気で自分が伝えたい事、伝えるべきと思う事を伝えていく。マーケターにとってメディアとは、そのための道具にすぎない、ということだろう。