御訪問ありがとうございます。
大阪 堺市 和泉市 エステ開業スクール 講師の山口です。
本日は、私が自宅でフェイシャルサロンを開業した経緯について、お話しさせていただきます。
私は1985年に結婚し 兵庫県西宮市から 夫は大阪豊中市から この和泉市に転居して参りました。
夫は5歳年上の会社員です。
私は、結婚を機に勤めていた職場を退職し、夫の希望もあり 専業主婦になったのですが、長女を妊娠した事が分かった時に、私にとってまさに「青天の霹靂」と言える出来事が起こりました。
夫が、心因的な病気になり会社に行けなくなったのです。
何日も私と口をきかなくなった彼から ようやく出た言葉は 「子供の為になんか頑張れない・・・」でしたあ~れ~!?
夫は・・・私一人を養うのが精一杯だったのです。
幸せな結婚生活を夢見ていたはずが、まさかの夫の「出社拒否」という事態を受け入れられず、当時25歳だった私には、その理由が全く理解できませんでした。
結婚して、子供が出来、家族が増えて、私は一家の主である夫に従って生きていく・・・
それが、私の中で幸せな結婚ストーリーとして思い描いていたのですが、結婚してわずか数か月で ものの見事に覆されたのです(笑)
夫に人生を依存して生きていこうと思っていた 自分の浅はかさを思い知る事になりました。
この事態を、実家の親にも言えず、家に引きこもった夫と 何も解決策が見い出せないまま2ヶ月が過ぎた頃、ようやく実家の母に相談をしました。
母の答えは「そんな人とは絶対これから生活していけない!子供は産まずに 離婚して帰って来なさい!!」と言うものでした。
私にはショックな言葉でしたが、母は私に苦労させまいと そう言ったのだと思います。
その時、私は究極の選択を迫られたのです。
子供を産んで夫を頼らず自分で育てる覚悟で結婚生活を続けるか?
子供を産んで夫と別れシングルマザーとして生きていくか?
子供を産まずに夫と別れ独身に戻るか?
随分悩んだのですが、私には初めて自分のお腹に宿った我が子を産まない選択なんて、とても出来ませんでした。
あとは、夫と別れるか・別れないか?ですが・・・(笑)
子供を産むのなら、「別れない選択」をしようと決めました。
夫がどう言おうと、子供の父親は彼しかいないのですから。
でも、その時から「この夫を頼って生きては いけないんだ・・・」と思ったのです。←ようやく自立心が芽生えた訳です。
結局、夫は長女が生まれるまで会社へは行けず、その後、何とか会社に復帰したものの、長男の妊娠が分かった時も再び4ヶ月ほど出勤できませんでした。
この子達を大学まで入れて、社会人になるまで育てていけるのだろうか?
自分たち家族の「明るく幸せな未来」なんて想像できませんでした。
いつまた夫が会社に行かなくなるかも知れない不安を 日々感じながら専業主婦でいるよりは、自分も働かなくてはと思い 色々仕事を探すのですが、ネックはいつも子供でした。
仮に保育所に子供を預けて働いても、子供が病気になった時に預けられる人がいない・・・
私も彼も実家は県外で、親戚はおろか、友人もいないこの地で、夫婦共働きで子供を育てていく事の難しさを痛感したのです。
孤立無援・・・そんな思いでいました。
次に考えたのは、「家で出来る仕事はないのか?」 という事でした。
自宅で子供を育てながら、それなりの収入を得られるお仕事です。
それまでは、内職も色々とやってみましたが、再び夫が働けなくなった時に 私が生活を支えるだけの収入を得るには遠く及ばないものばかりでした。
「もっと高収入を得られるお仕事を探さないと・・・」
そう思っていた時に出会ったのが、「ヤマノの「自宅エステ開業スクール」の折込チラシだったのです。
その時、「この仕事以外にはない!」と思いました。
だから続けてこれたのだと思います。
他に選択肢がないという事は、続けるしかないのです(笑)
つまり、この仕事で生活出来るだけの収入を得られるまで頑張るしかないという事。
それが、私の成功の秘訣でしょうか(笑)
開業時こそは集客に苦労しましたが、自分がその時に出来る あらゆる方法を試しながら 技術を磨き、私なりにサロン経営を勉強しました。
お蔭様で開業3年を過ぎた頃には、お客様の口コミだけで集客できるようになり、予約の取りにくいサロンへと成長いたしました。
開業8年目以降は、月商100万円以上を12年間キープしております。
開業時、3歳と5歳だった子供達も 大学まで行かせてやる事が出来ました。
3年前に大学の工学部を卒業した長女は、現在 大阪市内で自活しています。
下の息子も来春、大学院を卒業して大手企業に就職が決まっております。
5年前には自宅をもう1軒買い、サロンの規模を大きくしました。
そして何よりも、間もなく定年退職を迎える夫を 別れずに(笑)これまで支えてこれた事を誇りに思っております。
彼は、私をあらゆる面で自立させてくれた 素晴らしい夫です。
あの時にお腹の中で、私を母として強くしてくれた娘は、3年前にホームページを作った時に協力してくれたのですね。
この子を産んで、本当に良かったと思っております。
これからの私のビジョンは、私に多くの幸せを与えてくれたエステティシャンのお仕事で生計を立てていきたい方達のサポートをしていく事だと思っています。
女性には、母親という大切な役割があります。子供を産み育てる事は、社会の未来を作っていく大切なお仕事でもあります。
私のグループサロンの皆様も、母として、そして家庭を持つ主婦として、大切なものを守りながらも きちんとエステティシャンとしてのお仕事を両立出来ています。
小さな自宅サロンでも、結果の出る技術を身につけて、継続できるサロン経営をきちんと学べば、ちゃんとお仕事として成り立ちます!
貴女の大切な家族に寄り添いながら 自宅で経済的自立ができるのです。
お仕事って、自分が頑張った分だけ きちんと応えてくれるものですよ♪
貴女もそんな私達の仲間になって、一緒にエステのお仕事しませんか?
<講師経歴>
1992年5月 全日本エステ指導育成協会 エステティシャン上級ライセンス取得
1993年1月 自宅の一室でフェイシャルサロンを開業
2000年12月 全日本エステ指導育成協会 インストラクターライセンス取得
2001年1月 ヤマノエステスクール 光明池教室を開校
2006年3月 日本エステティック業協会(AEA)インターナショナルライセンス取得
2007年4月 全日本エステ指導育成協会 支部助講師に昇格
結果の出せる技術と、お客様それぞれのニーズに応じた接客術で その集客の90%が広告媒体を使わず、顧客からの口コミによるものという実力派エステティシャン。
個人サロンならではの「貴女専属エステティシャン」を強みとして、顧客からの厚い信頼を得る。
サロンリピート歴10年以上という顧客が、全顧客の約半数に及ぶ。(2013年現在)
開業20年でのエステ施術人数は2万人を超える。
現在は、フェイシャルエステのスクール講師として、後進の育成にも力を注いでいる。