コザまちまーい(コザまち歩き)
中央パークアベニュー : 若いオーナーの店が増えている、半日遊べるショッピングモール
琉球人とアメリカ人が、秩序ある取引のできる場所を作ろうと生まれたのが、ここ中央パークアベニューだ。当初は、通りの開設目的である「商業の中心地」という意味の「BCストリート(Business Center Street)」という名前が付いていた。1950年の開設からしばらくは、健全な商売をする飲食店が主だったが、やがて売春などをする店が増え風紀が乱れて行ったことから、沖縄市主導で1982年に日本人向けのショッピングモール・中央パークアベニューへと生まれ変わった。このときヤシの街路樹と白い屋根の連なる姿の美しさが話題となり、1987年には建設省(現・国土交通省)から手作り郷土賞を受けている。
歴史の遺物としても見る価値のあるのが、中央パークアベニュー。BCストリートの頃の面影を探しながら歩くだけでもおもしろいが、いまでもやはりショッピングモールとして楽しめる場所。ハイセンスな雑貨店や、ディープなマニア商品を取り扱う店が多く並び、ランチからスタートしてぐるりと通りを一周後、夕食まで食べて遊ぶのにもってこいなの通りなのだ。
友人と落ち合ったら、まずはやっぱり腹ごしらえ。中央パークアベニューはショッピングモールだけあって、美味しい店には事欠かない。例えば、遅い朝ごはんで軽くという場合には、我部祖河食堂がオススメ。県内に多数店舗を展開しているが、200円そばがあるのはここだけ。量が少なめなので、おやつ代わりに立ち寄る人も多いとか。また、たらふく食べたいときは、愉快なオーナー・スティーブさんのいるアメリカンピザマンへ。スライスピザは1ピース350円なので好きな量だけ食べられる。ホールなら一枚が2,700円なので、大勢で行くならお得にホールを頼みたい。ソースやソーセージもオリジナルというこだわりの強さも魅力だ。
空腹を満たしたら、いよいよショッピング。女性向けのショップは、どんな都市にあっても見劣りしないハイセンスなところがいくつもある。必ず行ってみてほしいのは、生活雑貨やイギリスのアンティーク家具を取り扱う「私の部屋」。なんと那覇からも名護からも通う常連さんが大勢いるカリスマショップだ。カフェも併設しており、お店で取り扱っている器やカトラリーで食事を楽しむこともできる。その他、沖縄発で全国的にも有名な店もある。手作りのナチュラルソープの店、「La Cucina」だ。ハイクオリティで安全な石鹸は全てオリジナル。美容や皮膚の健康を気にする地元女性から支持を得て、広がっていったという。県産の素材を積極的に使っているので、お土産にも喜ばれるにちがいない。
男性向けのショップは、凝り性の人が喜ぶマニアックな店が多い。音楽好きなら「中古CD・レコード店’69」を覗いてみてほしい。ロック、レゲエ、ジャズ、クラシックと、ジャンルを問わずレアなレコードや廃盤品に出会える。沖縄民謡の古典のレコードなんていう、資料館でしか見られないと思っていたものまで取り扱いがあり、オーナーの音楽への愛を感じる店だ。「村上春樹 僕と鼠の三部作+1」や、「ジョジョの奇妙な音盤」と題し、小説や漫画で登場する曲を集めて楽しみ方を提案するなど、コアな音楽ファン以外でも楽しめるようになっている。
男性のファッションフリークへのイチ押しは、「刺しゅうの店 クレイジーストアー」だ。オリジナルデザインの刺しゅうが、どんな生地にも刺せるという腕の良い女性職人のいるお店。ポロシャツの胸に付いているような小さなワッペンは、2cm四方から。大きな刺しゅうはつなぎ合わて、どこまで大きくても出来るという。一番多いオーダーは、お客さんの持ち込みのスカジャンへの大きな刺しゅうだというが、それに縛られることなく自由な発想で、イメージをふくらませて欲しい。ここの店ならきっとそのイメージを形にしてくれるに違いない。
あちらこちらを巡り、またお腹が空いて来たら、ガッツリ系の食事でシメたくなる。中央パークアベニューは夜の営業の飲食店もたくさんあるので、店選びに困ることはない。そんな中でもちょっと珍しい食事がしたかったら「BAMBOO CAFE」へ。本場ジャマイカから取り寄せたスパイス、ジャークシーズニングに漬け込んだジャークチキンの美味しさもさることながら、一面ターコイズブルーの壁と、南国インテリアが外食気分を盛り上げてくれる。
友人との別れが名残惜しいなら、長くおしゃべりを楽しめる店へ移動しよう。「BISTRO Chez 司」はそんな使い方にピッタリの店だ。ホテルで経験を積んだシェフがつくるフランス、イタリア、中華、日本料理をベースにした創作料理と美味しいお酒が味わえる。空間もおしゃれでリラックスできるので、話にも花が咲くにちがいない。
一度は寂れたこの通り、現在は若い人が開くお店が増え、BCストリートとして建設された頃のように、商業都市として息を吹き返しつつある。
2013年8月現在