ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 【火花】翌朝のサニーサイドアップ2017年3月26日 13:26火花は久しぶりの投稿になってしまったラスゲ見ましてこれは火花ちゃんの将来はアメリカで一緒に住むしかねえなって思いました。そんなクソ腐女子的な感想はともかくとして、ラスゲめっちゃよかったです。集大成!って感じでした。皆見よう。前作の閲覧・評価ありがとうございました!目玉焼き論争と言えば、手軽に盛り上がれて時間が潰せて、特に薬にも毒にもならないトピックのひとつだ。まあ稀に、人間関係にひびが入ることもあるかもしれないが、目玉焼きに罪はない。かける調味料は何がいい? 醤油あるいは塩コショウ、ケチャップ、ソース、マヨネーズ。添えるものは何が好き? ハムにベーコン、ウィンナー。茹でた野菜や、フライドポテト。じゃあ、焼き加減は?「え、お前、ターンオーバー派なの」「アメリカじゃ卵はしっかり火を通すモンだからなー」「ふうん」気のない返事で箸を入れた目玉焼きからは、半熟卵の黄身がとろりと流れ出す。そこに醤油を垂らして、山吹色と焦げ茶色のマーブル模様を白身に絡めて、白米とともにかき込むのが花宮のお気に入りだ。ぷるぷるの白身と、かりっと焼けた縁。濃い卵の香りと味が美味しい。「もちろん半熟のも好きだけど」切り分けた白身にケチャップを絡め、飲み込んでから火神が言う。日本の卵はどれも生で食べられるからよかった、と。アメリカでは、探さなければ生食できる卵は限られてくる。「けどやっぱ、目玉焼きは両面焼いちまうんだよな」「まあ、作る時の癖はあるよな」花宮が半熟で火を止めてしまうのと同じように、火神はフライパンの上の卵をつい裏返してしまうのだと言う。どうりで火神が作る目玉焼きは必ず両面に焼き目がついていたわけだ。「でも、花宮のサニーサイドアップ、好きだぜ。半熟加減が絶妙っていうか」「当たり前だろ」熱したフライパンの上に卵を割り入れるだけの料理と侮るなかれ。火を通し過ぎず程よい濃度の黄身と、一口大に切った時に崩れない程度に火を通した白身を両立させるのは、なかなか難しいのだ。食に妥協を許さない花宮が、納得のいくバランスを追求しないはずがない。火の強さ、加熱時間、入れる水の量、フライパンに蓋をする時間。ありとあらゆる組み合わせで試して、辿りついた最高の半熟加減。今朝は少し縁を焼きすぎたけれど、黄身の固まり具合は完璧だ。白米に程よく絡まり、箸が進む。いつもより気持ち多めに盛った茶碗の中身を綺麗に空けて、花宮は唇の端を吊り上げた。ところで。目玉焼き論争にはならないけれど、とかく花宮と火神の間には言い争いが多い。元々性格が真逆で二人とも我が強いから、言い出したら譲らないのだ。食材の調理方法から冷蔵庫の中身の詰め方、バスケの戦法についてまで。数え上げればキリがない。きっかけは些細なものであったとしても、あっという間に火がついて燃え広がる。二人とも自分から鎮火させる気はないので、散々言い争いをしてそっぽを向いたまま眠ることもよくあった。三日に一回は口論をしている花宮と火神が、辛うじて喧嘩別れをせずに暮らせているのは、ひとえに火神の切り替えの早さ故である。火神は一晩眠ると内容どころか、言い争ったことすら忘れてしまうので、花宮も渋々水に流すことが多いのだ。そうしてまたこりもせず言い争いを繰り返すのだが、それはそれとして。火神が忘れても、あいにく花宮は全て覚えている。きっかけがなんであるのか、どんな言葉を投げつけあったのか、細部まで。考えないようにはできても、忘れることは花宮にとって難しい。忘れてしまう火神と、覚えている花宮と。それはお互いの性格だから、変えられるとも変えてほしいとも思っていない。思っていないが、腹が立たないかと問われれば話は別だ。朝目覚めてからも花宮はイライラしているのに、けろっとした顔で朝の挨拶をされてはたまったものではない。一人だけ機嫌を損ねているのが馬鹿らしくて、結局流してしまう。まさかそれが狙いか、と疑いのまなざしを向けたこともあったが、本当に一瞬のことだった。火神がそんな器用な真似のできる男だったならば、これからずっと食事代を負担してやってもいい。眩しい朝日の中、朗らかに笑う赤い瞳を前に、今日も花宮は眉をひそめる。昨晩はずいぶん長々と争っていたにも関わらず、火神はまるで何もなかったかのように振る舞う。いつものことだ、と自らに言い聞かせてみても、どこかもやもやした感情は消えてくれなかった。忘れるのが悪いことだとは言わない。人間にとって忘却は一つの自衛手段だ。けれど、こうあっさりと忘れられてしまうと、火神の中での花宮の立ち位置を疑いたくなってしまう。まさかなんの興味のない人間と食卓を囲むことはしないだろうが、時々、火神の考えていることはわからなくなる。別にどう思われていようと構わないのだけれど、今の状況は花宮ばかりが意識しているようで、なんだか妙に腹が立つ。イラ立ちに任せて朝食の白米を山盛りにして、火神の立てる調理音に耳を澄ませる。じゅうじゅうぱちぱち、何かが焼ける音。「花宮、皿とって」「ん」向けられる笑顔に再び眉をひそめ、白い皿を差し出す。大きくてなんでも乗せられるから、重宝している皿だ。近所の雑貨屋で安売りしていた二枚。そこへまだぱちぱち音を立てながら乗せられたのは目玉焼きと、こんがり焦げ目のついたベーコン。白と山吹、それから桃色の配色が鮮やかだった。見慣れたベーコンエッグ。けれど、今日のものは黄身に焼き目がついていない。半透明の白い膜の向こう、山吹色が透けて見える。ひょっとして、と予感が脳裏をかすめる。食前の挨拶のあと、まっさきに箸を伸ばしたのは黄身の部分。薄い膜を破れば、とろりと濃い山吹色が流れ出して白身のうえに広がる。火神が目玉焼きを半熟で作るなんて珍しい。しかも、この固まり具合。おそるおそる口に入れて確信する。花宮が追求しつくして辿り着いた、理想の半熟加減をほぼ再現していると言ってもいい。程よく固まった白身、程よく白米に絡む濃度を保った黄身。口の中の目玉焼きをそしゃくして飲み込んでから、既に頬いっぱいに朝食をつめこんでいる火神を見つめた。花宮の視線に気づいた赤い瞳がまばたく。視線の意図には気づいていない顔だ。どうして今日に限って半熟に、と聞きかけて、開いた口を閉じる。なんとなく、なんて答えられるのが関の山だ。軽く首を振って、黙ったまま食事を再開する。醤油をかけた目玉焼きと白米の組み合わせはやはり美味しい。両面焼き派の癖にこの半熟加減を再現できる火神の勘は、悔しいけれど素晴らしいと言うしかない。昨夜の言い争いのことは忘れるのに、花宮好みの焼き加減は忘れない、なんて。本当に火神という男は何を考えているのかわからない奴だ。本人が意識していない行動だからこそ余計タチが悪い。けれどその絶妙な半熟加減に、花宮が少し機嫌を直しかけていることもまた、最高に腹立たしいが事実なのである。