ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 するり、と白衣が指先から落ちて、床に落ちる。そのすらりとした指で自ら制服の前をあけ、それすらも躊躇いなく床に沈める真田は、さっきから黙り込んだままだ。「…真田、」咎めるような、しかし大半を迷いが占めた守の声に、真田は俯いたまま口唇を歪める。それを隠すように、真田は制服の下のオフホワイトの指定の上着を、アンダーごと胸の前で腕を交差させるようにして、頭から引き抜く。鍵を締め、カーテンを締め切った薄暗い研究室に現れたのは、うっすらと筋肉をのせた薄い腰周りの白い素肌だった。「…これで、終わりにしよう、」真田は白を床に捨てながら、ぽつり、と単調な声で告げた。その瞳が、やや戸惑うような素振りを見せながらも、ゆっくりと守を見据える。守の背後にある窓からもれる僅かな光の中、漆黒の向こうがキラリと瞬いた気がした。「――違うよ、真田、」守は静かな足取りで真田に歩み寄り、じ、と見つめ返す。「ここから、始めるんだ、」守は淡い温もりの背を手の平で抱き寄せ、石膏のようにつるりとしたその首筋に、鼻先を押し当てた。「…甘い、香りがするな‥」すん、と鼻を鳴らして真田の体臭を実感すれば、正直すぎるほどに、じわりと下腹部が疼いた。…………………「君は、本当に変わらないな、」目の前の灰色の見慣れた制服の男に、真田は眉の端を少しだけ持ち上げる。「アンタこそ、」相変わらずイライラする顔だ。男――伊東は、皮肉げに低く笑ってみせる。「で?今更なんの用かな?」腕を組み、体を傾けた真田のお決まりのポーズに、何故だか嬉しそうに伊東は目を更に細める。「用がなければ、来てはいけないと?」「そうだな。…今は、そうしてくれたほうが助かる」とん、と真田の短い爪先が二の腕を叩いた。「生憎、アンタの都合なんか知りませんよ、」面倒くさそうに吐き捨てて、伊東が真田の腕を掴もうと、して、「……あ‥れ?…なんで、」するり、となんの抵抗もなく真田の体をすり抜けた自身に、呆然と伊東が声をもらす。「…まったく、君は‥会いにくるのが遅すぎやしないか?」呆れたような溜息をつきながら、真田が伊東の体を抱き寄せる。あたかも、生身の本物がその腕の中にあるかのように。「ほら、地獄の釜戸の蓋はもう閉じてしまうぞ?伊東元保安部長、」元、保安部長。『――あぁ、そうでしたね、』漸く自身の身を理解したのか、面白くなさそうに伊東の顔が顰められる。『よく見たら、アンタ随分老けましたね、』言うにことかいてそこか。真田はかつてより遥かに柔らかくなった顔立ちで、仕方がないと苦笑する。あれから、もう片手では足りないほどの月日が流れてしまったのだから。「さっさと帰りたまへよ。伊東……真也、」『はは。そうしますよ。アンタの背後の誰かさんに噛み付かれないうちにね、』そのままふい、と向けた背中が、呆気なくも一瞬できえてしまう。「……おやすみ、」「――で?お前はいつ帰るんだ?」伊東のいた空白を見つめたまま、真田がここ最近やたら肩が重い原因のモノに、問い掛ける。『真田が、幸せな死を迎えるまでかな?』「それはご苦労なことだな、」笑いながら、そ、と肩におかれた見えない手に自らの片手を重ねた。………………「…ぅ…う゛…」ついに呻き声を滲ませながら机に顔を埋めた真田に、呆れたように溜息をついて、守が真田に歩み寄る。「だから無理するなって言っただろ?」毎度同じ科白を口にしてしまうが、こちらもやはり毎度返答は冷や汗を浮かべた苦しげな横顔だった。「薫君。俺、真田を医務室に寝かせてくるから、」言うや、よいしょ、と軽い掛け声一つで真田の膝裏と肩にまわした腕で、真田の痩身を抱き上げる。最初の頃はこうして胸の前で抱き上げると、青い顔をしながらも抵抗を見せた真田だったが、今やそんな無駄な体力消費などどうでも良かった。兎に角今すぐ、臍の下辺りの内側を、容赦なく全力でぎぢぎぢと締め上げるような苦しさと、内部を針で始終突き刺されているような痛みをどうにかしたかった。あと、出来るならやたら重く眠いこの感覚も。守が真田を所謂“お姫様だっこ”して構内を歩く姿に周囲も慣れたもので、もう「リア充爆発しろ!」と言うものはいない。代わりに、やたら視線を背けられるようになった気もするが、それが苦悶に歪める真田の顔と、小さく守の胸元を掴み縋るその姿にあるとは、当の本人は気づきまい。勿論守は、皆が何を見て何を連想した結果、顔を赤らめ視線を背けるしかできないかを知っているための、いわばこれは牽制として毎月あえて行っていることだった。医務室に着いた守は、塞がった両手の代わりに足先で器用に扉を開ける。「先生、」「おう~空いてるぞー」心得たとばかりに医務室の空きベッドを教えてくれる校医も、やはり慣れたものだ。守は皺一つない純白のベットに真田を寝かせ、すでに校医の手に用意され済みの鎮痛剤と一杯の水を受け取り、おもむろに真田の細い顎先をとる。「真田、薬。」声に、噛み締めていた顎の力をゆるゆると抜き、小さく真田の口唇が開かれる。そこに守は白い錠剤を落とし、コップの水を自らが口に含んでそのまま真田に口付ける。薄く開いた口唇の間から、舌を伝わせて真田の口腔内に水を渡し、ごくり、と薬が嚥下されるのを確認してそ、と口唇を離す。正直、平素にこんなことをしようものなら、口もきいてもらえなくなるほどに真田は恥ずかしがり嫌がるのは目に見えているが、下腹部から襲いかかってくる痛みは、それを忘れさせるほどに酷いものらしい。真田の恋人として全くの無関係というわけではないが、守には爪の先ほども共感できない苦しみに、ただ守は真田が少しでも楽になるよう甲斐甲斐しく世話をしてやることしかできない。「毎月こんなに苦しい思いしてるんだから、きっと真田が産む子供は、天使みたいに可愛いんだろうなぁ」どこかうっとりと夢心地のように呟いた守に、真田がうっそりと薄目を開けて守を見やる。「…それと…っ、…生理の重さは…関係、ないだろ…」「大丈夫。俺が自分で証明するから、」途端、守の背後で盛大に茶を吹く音がしたが、真田は言葉の意味が分からず更に眉間の皺を深めている。校医が咳き込む音を横目に、守は気にするなと真田の深々とした眉間に口付けを落とし、目尻や口唇に触れるだけの口付けを贈る。「真田が産んでくれる子供に、早く逢いたいな、」これだけ不埒なことを口にしても、いつもより格段に鈍い思考回路の真田は、ただゆっくりと腰を撫でる守の手の暖かさに安心しきったように眠りに落ちていく。「本当に、真田は可愛いなぁ」俺を、信じて疑わないのだから。「お前、すっかり真田と結婚する気だな、」「勿論しますよ?当たり前じゃないですか」「へ?」「漸くここまで懐いてくれるようになったのを、わざわざ他人にくれてやるほど馬鹿じゃないですよ。折角、俺が全部仕込んだんですから、」「…お前…見かけによらず怖い男だな…」「真田を愛してますから、」