土肥星也

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大阪府大東市に生まれる。平成7年7月7日七夕に生まれた事により両親が星也と名付ける。江夏豊[阪神タイガース]、王貞治[読売ジャイアンツ]に少年時代に憧れていた父親が左で箸を持たし左利きとなる。4歳上の兄の影響を受け地元の少年野球チーム[ジュニアサンダース]に幼稚園年長から入団。幼い頃は野球より囲碁や体操に興味が強く母に連れられクラブに通っていた。ジュニアサンダースでは長身左腕で活躍。3年時D級トーナメント決勝戦[1時間5回制打者15人に対し14奪三振、内野ゴロ1]で完全試合達成。4年時にはA級の各公式戦でタイムリー、ホームランを連発し好成績を残した。この頃、高校生では地元の大阪桐蔭、中田翔[日本ハムファイターズ]突然現れた中田が1年生夏の大阪大会決勝でホームランを放つなど活躍。「中田君は高卒で間違いなくブロ入りする」とのABC放送解説者、豊田義夫[近大附属野球部監督ー各近大附属監督ー八尾ベースボールクラブ監督ー晩年は群馬県利根商業高校監督]の解説にテレビを見ていた土肥の心が将来は絶対プロ野球選手になりたいと想いが強くなった時であった。プロ野球選手では阪神タイガースの4番打者、桧山進次郎のファンで阪神帽をかぶり父親に連れられ甲子園球場へ通った。プロ入りの絶対的な夢を持った土肥に対し母親が食事量を増やしていき6年生時には高校生なみの摂取量を取る様になり身体作りの基礎となった。一方、チームでもコーチを勤めていた父親のしつけで[課題を持って練習する事]、[沢山食べる事]、[友達を大切にする事]などを徹底される。

中学時代はボーイズリーグの名門、大東畷へ入部。総監督が谷口功一[元ジャイアンツ]、監督が萩原誠[元タイガース]、と言う指導者に恵まれ基礎を徹底的に叩き込まれた。大東畷の練習後、帰宅して走り込み、素振りと夜中まで毎日欠かさずの1人で自主練習を3年間続けた。後に千葉ロッテマリーンズの入団会見の後、父親がマスコミの取材に対し「あの中学時代の自主練が無ければ、今私達はここに居なかっと思います。私も仕事が当時忙しく立ち会って見た事はないんですが、自分自身との戦いと言うか星也が当時一山越えたと思います」とコメント。

大東畷入部時から3年秋の引退までに身長が22センチ伸び中学時代はフォームが固まらず好成績を残す事は無かったが、数々の高校から誘いがある中、下山優[当時尽誠学園野球部監督]の熱心な誘いに引かれ香川県の尽誠学園高等学校に進学。2年春にベンチ入りすると夏の予選では背番号10ながら全試合に登板。準決勝まで進出するも延長戦で敗れる。秋からエースとして活躍し3年県春季大会で優勝するも[両足甲の剥離骨折]が見つかり春季四国大会はベンチ外。2年時の春にも同じ怪我をしており、診察では走り過ぎとの診断結果だった。土肥を欠いたチームではあったがキャプテン赤堀聖[創価大学]を中心に勝ち上がり優勝している。夏の香川大会は決勝戦で敗退するも投球回数を上回る三振を奪い高い奪三振率を残した。。 閉会式終了後、その日に帰阪し翌日からは内定していた大阪ガス野球部の練習に参加。自宅の大東市から西宮市今津の大阪ガスグランドまで夏休みの間、毎日通っていた。この時、大阪ガス野球部には岡田雅利[西武ライオンズ]が在籍していた。

高校卒業後、大阪ガスに入社。社会人野球の名門大阪ガス硬式野球部に入る。ここで投手コーチに就任していた元、千葉ロッテマリーンズのクローザー成本年秀と出会う。1年目、成本は土肥に対し徹底的に走り込みと投げ込みを敢行させると同時に野球で飯を食う事の厳しさ、取り組む姿勢などを叩き込んだ。1年目終了時には体重が10キロ以上増加、次年時の肉体改造に向けシーズンを終える。社会人2年目の2015年秋に開催された第41回社会人野球日本選手権大会で全国デビューする。3年目の2016年3月社会人野球の開幕戦である[東京スポニチ大会]で開幕投手[対日本通運]を任され12球団スカウトが見守る中、好投するが、6回、3失点という内容で降板している。第87回都市対抗野球大会予選で左肩に違和感を覚えるも同年8月のカナダでのワールドベースボールチャレンジでは社会人日本代表に選出。代表選手にはミスター社会人、佐竹功年[トヨタ自動車]、近藤均[王子]、山岡泰輔[東京ガスーオリックスバファローズ]、源田壮亮[トヨタ自動車ー西武ライオンズ]、田嶋大樹[JR東日本]など社会人野球の総力を掛け全勝優勝する。土肥も中継ぎ、先発と3試合に登板し優勝に貢献している。同年9月の第42回社会人野球日本選手権大会予選では9月9日わかさスタジアム京都で行われた近畿地区最終予選で新日鐵住金広畑相手に5回4安打2失点の粘投。第42回社会人野球日本選手権大会では準決勝のヤマハ戦で先発するも2アウトを取り被安打4、1奪三振で1回持たず4自責点だった。ドラフト会議後の公式戦を視察に訪れていた千葉ロッテマリーンズ永野吉成チーフスカウトにゲーム終了後、記者から厳しい質問をあびせられるが「肘と下半身の使い方が非常に上手い即戦力」とコメントを残し球場を後にしている。。なお、チームメイトであり後にプロでもチームメイトとなる酒居知史は、この大会20回を投げ被安打7、23奪三振、自責点0だった。第41回社会人野球日本選手権大会を含めると、36回無失点。

2017年キャンプ入りからオープン戦終了時まで好調をキープし一軍に帯同したが、開幕はファームスタートとなる。イースタンリーグでも好調をキープする中、突然乱調になり不安定な登板があったが、4月後半から好投し5月8日一軍初昇格。5月10日東北楽天イーグルス6回戦[Koboパーク宮城]先発ジェイソン・スタンリッジの2番手として8回にプロ初登板、先頭打者のカルロス・ペゲーロを右飛、島内宏明をショートゴロ、ゼロース・ウィーラーをチェンジアップで空振と三者凡退で打ち取り堂々のデビュー戦となった。次戦の7回戦も2番手、大嶺祐太の後を受け3番手で登板、2回無失点と好投している。5月13日、日本ハムファイターズ8回戦[東京ドーム]序盤より乱打戦になり、先発、二木康太の後に2番手として5ー5の4回から登板。先頭打者の市川友也にレフト前にプロ入り初安打をゆるすが、無失点。続く5回もイニングをまたぎ、先頭の首位打者、近藤健介にレフト前に運ばれるが、次打者、中田翔と対戦に対し中飛。次打者は4打席連続ホームラン中のブラントン・レアードを迎えるがストレートでショートゴロ併殺に抑えプロ初ホールドを記録。好調をキープしていたが、6月に入り[セ.パ交流戦]で失点が重なり交流戦最終日前にファーム行きを告げられる。

選手としての特徴・人物

見た目の細身には違わず、無類の食いしん坊。うどん店を営む両親の影響で美味しいご飯に事欠かず成長する。焼肉、ラーメン、すき焼き、白飯を好み、100%オレンジジュースを常飲している。父親が手造りするうどんには目が無い。

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