院長コラム

院長のコラム

「老眼鏡と創傷治癒」 (地元東住吉区歯科医師会雑誌2005年春掲載)   

 寄る年波には勝てず、夜目遠目になり老眼鏡を作ったのは8年ほど前の
初夏でした。
店員の勧めるままに便利そうな遠近両用眼鏡を作り、眼鏡に慣れようと掛
け始めたある日曜日でした。
家内と二人、自転車で長居公園へ末っ子の陸上競技を応援に行った帰り
道、この眼鏡に慣れず、どうもふらついて危なっかしいと自分で言いながら、
並走する家内の自転車に接触しそうになり、ハンドルを切った途端、
縁石に突っかかりもんどりうってひっくり返ったのでした。
そして全体重が掛かった左肘にそうとう大きな擦過傷を作り、近くに居合
わせた人達を驚かすほどに出血を伴っていて、翌月曜日からの診療に
不安を覚えるほどでした。 
なんとこの歳(当時46歳)になって自転車でこっ酷く転倒したのでした。
幅約4cm長さ10cm真皮まで達する所謂ズルムケの状態でした。
肘の外側なので自分では見えないのですが、家内が最初顔を背けるほど
だったのでした。
恥かしさと痛みと屈辱に耐えながら帰宅後、看護師の家内の応急処置を
受け、痛みを堪えて憤懣やる方なく喘ぐ私を、なにかいい被覆材料がない
かとインターネットで検索を掛けていた家内が呼びました。

 「こんな療法が載ってるけど、どう?」と。  

そのホームページには興味深い療法が書いてありました。
「『閉鎖湿潤療法』傷は乾かしてはいけない。薬液などで消毒をしてはいけ
ない。」と書いてありました。
「なんやてガーゼもあてたらあかんのか?乾かすな??消毒するな???
・・・??。傷は湿潤しているから、治る?んっ。待てよ。
確かに常に唾液によって濡れてる口腔内の傷は早く治るな。
口腔内重層扁平上皮は新陳代謝速度は2-3日で早いというけど、
それだけやないんかな。
濡れているから遊走因子が活発にその傷を治そうと動き回れるから治癒
機転が早く働くんかな。
反対に粘膜部分は乾燥させるとそれだけでケガをする。
ほな、他の所の傷もかさぶた(痂皮)を作らさずに、湿潤するように閉鎖し
とけば、ええねんかな!ほんまかな?!確かにそう考えると理に
適ってるな。
でもいままでのガーゼはいったい何やったんやろ。
大学で教わった創傷治癒機転とは痂皮形成が第一原則の筈、
うーんっ、痛いとにかくこの痛いのから逃れたい。
このままでは痛いし、左手が使えず診療にも差し支える。
週一回楽しみにしているテニスもできない。
ものは試しにやってみようかな。」と、考えました。

そのホームページに書いてあるように流温水下で痛みを堪えながら水洗し、
サランラップRで密封し、その上に浸出液で衣類を汚さないようにタオルを
当て、ネット包帯で固定しました。
腕を動かすとクシャクシャとラップの音が気にかかりましたが、
ベットに入った時くらいから傷の痛みはなく、
むしろ外傷にはならずとも打撲したところあちこちが気になるくらいで、
そのまま眠りました。
翌朝、傷口を流温水下で洗いましたが、
不思議、フシギ、あら?ふしぎと痛くなかったのでした。
少ししみる感じはあるのですが、
昨日「なみだ、ちょちょぎれる」ほどに顔をしかめ痛みを堪えるのに
懸命にならねばならないほどだったのが、
まるで嘘のようだったのでした。
アメリカのテレビ番組「救急救命室Emergency Room(ER)」でも、
外傷にラップを巻きつけて搬送していたのを思い出し、
その時は理解できなかったのですが、なるほどなと思ったのでした。

そのホームページに推奨されていたハイドロコロイド素材の被覆材 
バンドエイド マメ・靴ずれ用ブロックRをモザイクのように切ってつなぎ
合わせ、それを傷口に貼りました(その当時靴ずれ用しかハイドロコロイド
素材の被覆材はなく、傷口全てを被覆できるだけの大きさのものもありま
せんでした)。
このお蔭で翌日からの診療に差し支える事はなかったのでした。
完全に密閉できなかったので、そのつなぎめのところが他の部分
よりも少し日数がかかりました。
それ以前私の経験した擦過傷には、
傷口に付着しにくいソフラチュールR(抗真菌軟膏付きの樹脂ガーゼ)を
使用していましたが、粗めのガーゼの痕がいつまでも残ったり、
貼り変える時にも痛みを伴い、治りも遅く大変でした。
実は当日このソフラチュールの買い置きを
切らせていました。それが幸いしたのかもしれません。

最近(七年程前)ではジョンソン・エンド・ジョンソンからバンドエイドキズ
パワーパッドRという製品がでていますので、薬局などで見かけた方も
おいででしょう。これがまた具合がとても良くてお勧めです。

一度貼ったらそのまま風呂に浸かる事もできますし、一週間を待たず
(約5日間)、傷が治っていきます。上皮が再生されたところから剥がれて
きますが、切り取ってしまえば済みますし、また逆に無理やり剥がすことは
厳禁です。貼っていると白く膨らんできて、ふやけたような状態になります。
一見膿汁が貯留しているように見紛えますが、
これがこのハイドロコロイド素材のドレッシング(貼付の意、サラダにかける
ものではありません)材のミソなのです。
傷口からの浸出液をハイドロコロイドがゲル状になって吸収保持してくれます。
それが白く膨らんでふやけたように見えます。
しかし、外傷直後に十分流水下で洗浄し、異物を完全に除去していることが
必要最低条件です。
異物が混入していると異物排除機構が働き、創傷治癒機構を妨げ、
何よりも濃厚感染を惹起します。
またこのとき心配だからと殺菌消毒剤を使用しますと、
それこそ創傷治癒機構を妨害し、かつ、傷を治そうとやってきた血小板、
好中球、貪食細胞(マクロファージ)、細胞成長因子など遊走因子を阻害し、
殺害する実に野蛮な行為をしていることになります。
この遊走因子たちが、活発に動き 働き回れる環境を与える為に、
乾燥させてはいけないのです。
大砂漠の真っ只中で飲水も食料もなく生き残ることさえ困難で、
死を待つのみの状況を傷口に作っていることになるのです。
完全に乾燥した状況下ではどんな細胞も生き残ることはできません。
一部芽胞を作るなどして生き残りを図る細菌も実存するのもご存知だと
思いますが。これとて芽胞を壊し完全に乾燥させれば死滅してしまいます。

  このように『閉鎖湿潤療法』は、革命的な療法です。
詳しくはホームページに譲りますが、古くは戦場の医療設備材料の不足した
状況から、柔軟な新たな発想で生み出されたものだそうです。
医学の祖、ヒポクラテスは
何かで覆わずに乾燥させて痂皮を作る事で感染していない傷は早く治癒する
と言ったそうですが、これが現在までの定説で迷信の元になったようです。

現在広く普及しているという状況ではないようですが、
頭を柔らかく考えてみれば、実に道理に適った療法で、なにより無痛で治癒
が早いというのは、患者にとって最高の療法ではないでしょうか。
寝たきり老人等で問題になっている褥創でも良い結果がでているようです。

不幸にして何かで傷を負った場合この療法を試されることをお勧め致します。 

ご参考までに下記に「新しい創傷治療」のホームページアドレスを記載
致します。
http://www.wound-treatment.jp/

2011年02月02日