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ますいづ
真澄くんは恋する乙女
私が彼くらいの歳の頃には自分が大人になったら、毎日のように好きとか可愛いとかの甘い砂糖のような言葉を年下の男の子に浴びせられて、その瞳に溶かされそうになるのを弱々しい盾で必死に防いでいるとは想像しなかっただろうなとつくづく思う。
毎日のように真澄くんの甘い言葉を浴びせられて指先まで砂糖菓子のように甘くなっているような気がしてくる。
ペロリとなめて見たけど、それはまあ気がするだけでほんのりとさっきまで触っていたスパイスの香りがするだけだった。
「監督ちゃん、廊下でなんで自分の指舐めてんの?」
「わ、わあ!!いやその!万里くんおかえり!」
「おー…あんま変なことすんなよ?真澄のやつが変なことするあんたもかわいいとかうるさくなりそうだし」
「あ、はは…気をつけます…」
真澄くん。砂糖で煮詰めた弾丸を毎日ように私に容赦なくぶつけてくる年下の男の子。指を不自然に舐める私にまで可愛いとかそんなことを言ってくるとは思いたくないけど…たぶん言ってくるのだと思う。
そういえば朝から真澄くんの姿を見ていない気がする。
朝一でいつもだったら部屋の前で待ってるのだけど(その姿をみて幸君にサイコストーカー極まれりだねとか毎日言われていた)今日は待ってなかったし、いつもだったら学校に行く前にゴネているのに今日はすんなりと顔も見せずに学校に行っていた。
万里君が帰ってくるのなら、もうすぐ真澄くんも帰ってくるのだろう。
監督して朝から一度も顔を見ていないのは職務放棄に該当する気がするし、毎日のように顔を合わせていた相手の顔を見ないというのは胸に大きな穴が空いたみたいで結構悲しいものだ。
そう思って、リビングから玄関にでようと扉を開けるとそこにはちょうど帰ってきた真澄くんが玄関先にいた。声をかける前にカチリと音がするように見慣れた真澄くんの瞳と目が合う。
紫色の水晶のような瞳が驚いたようにパッと見開かれたのも数秒、すぐにそらすように目を弱々しく細めて私のいない方向に目線をそらす。
いつもだったらものすごい勢いでこちらに向かってくるはずなのに。少しその行動に驚いてしまって行動できない私を置いて真澄くんはそそくさと部屋のある方向へと進んでいこうとする。
「ま、真澄くん!?どうしたの?もしかして具合が悪いの?」
「…違う。別にあんたに心配してもらうことは何もないから今は…その…しばらくは、ほっといてほしい…」
「しばらく!?しばらくって…そんなになにかあるの?いつもの真澄くんらしくないよ?本当にどうしたの?」
逃げるように部屋に向かう真澄くんの手を少し力強く握って自分の方に引き寄せるとはじかれたように真澄くんの顔がこちらを向く。
「あっ…」という短い悲鳴を残して真澄くんは私から隠れるようにその場に座り込んでしまう。
そのいつもとは違う反応に驚きしばらく動けないでいると、その空間を壊すように真澄くんの鼻をすする音が静まり返った廊下に響いた。
「ま、ますみくん…?本当にどうしたの?」
「俺の顔見た…?」
「う、うーん?ちょっとは見えたかなあ?でもあんまり見てなかった気が」
「みたの…?」
「いや…み、みました?」
真澄くんの瞳にじんわりと膜がはってその膜が涙となって頬に伝っている。何がそんなに彼を弱らせているのかわからなくて、宙を舞っていた掌をそっと真澄くんの頬に添えると、ずっと少しだけ掌に頬をすり寄せた後にかすかな温もりを残して真澄くんがまた自分と少し距離をとる。
「あんたにこんな俺を見られるなんて…生きていけない…」
「え、ええ?どうしたの本当に?」
「…気づいてないの?」
しゃがみこんで座り込んでしまった真澄くんと視線を合わせるように話しかけると、瞳が少しだけ明るく光を灯して私を見つめる。本当にどうしたのかさっぱりわからない。いつも真澄くんの行いには大抵驚くことが多いけど、今日はなんだかいつもとは違った。弱々しく私を見つめて私に触れられると遠慮がちに距離を取ろうとする真澄くんの様子にはちくりと胸が痛む。
「真澄くん本当にどうしたの?何かあったなら話してくれない?私には話しにくいことだったら…」
「ん…」
空いていた手を真澄くんにぎゅっと握られる。いつもだったらやめなさいと嗜めるのだけど、今日の感じは何か心細さを埋めたくてしていることのように思えて振り払うこともできずに少しだけ握り返すことしか監督としての私にはできなかった。
「ここに…ニキビできた…」
「へ?」
握られていないほうの手で前髪をあげておでこをちらりとみせる真澄くんのいうように確かにおでこに少し赤みを帯びたニキビのようなものがあったような気がした。でも、言われなければわからないような異変にどんな言葉をかけていいのかも見つからなかった。
「あんたにこんな情けない姿見せたら嫌われると思って」
「う?うーん、情けない姿なんてそんなことないよ?」
「本当?こんな俺を見てもあんたは嫌いにならない?変わらず好きでいてくれる?」
「う、うーん?そうだね、真澄くんのことは嫌いになったりはしないよ」
「よかった…俺もどんなことがあっても監督のこと好き」
ぐいぐいと距離を詰めてくる真澄くんをいつものように押し返すこともできずにその近い熱を受け入れる。
腕と腕がしっかりと触れ合って手をつなぎあう姿は他の劇団員の子に見られたら騒ぎになりそうな気もするけど、今は真澄くんの嬉しそうに弾む声を少しくすぐったい距離感で聞いていたいと思うのは、もしかしたら監督としてはいけないことなのかもしれない。
「そんなにニキビが気になるなら薬とか塗ってみたら?私が昔使ってたやつが部屋にあるはずだから…」
「!あんたの部屋…行く。今すぐ行く」
「…薬塗るだけだからね。変なことしたらきらいになっちゃうかも」
「ちょっと意地悪なあんたも世界で一番可愛い…好き」
先ほどまで逸らされていたのに今は真っ直ぐに見つめてくる紫色の宝石みたいた瞳がなんだかすごく可愛く思えた。
たった半日、たった一瞬、その瞳にうつされなかっただけで、寂しくなってしまった私はもしかしたら結構戻れないところまで来てしまっているのかもしれない。でも、それでもいいかななんて思ってしまうのはちょっとした越権行為なのかも。
「ほら、真澄くん。たって!」
「わかってる。あんたが行くところには全部ついてく」
立ち上がろうとする真澄くんの前髪に触れて搔きわけると驚いたように目を見開く。その反応が予想通りだったのがすごくくすぐったくて、照れとかその他諸々を隠すようにおでこの赤い跡にそっと触れるだけのキスをした。
「なんか今日のあんたすごい心臓に悪い…」
ぺたりとまた床に腰をつけてしまった真澄くんの頬が朱色に染まるのをみて、またなんだか胸の奥がくすぐったくなったことを今だけは、その日がくるまでは私だけのナイショの話にしておこう。
その純真はいつか何かを壊す(ますいづ)
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