夜の新橋は、猥雑な空気に溢れていた。
酒が入ってテンションが上った無数のサラリーマンたちが、あちらこちらへと千鳥足で歩いて行く。
僕はスラロームを描きながら、歩を進めた。
途中、いかがわしい系の店の女が、警察の厳しいマークをかい潜って僕に声をかけてきた。
僕は「これからモテ男とディナーなんですよ」と応えて女を退散させた。
どの世界にもモテ男なる者がいる。
サッカー界で言えばクリスティアーノ・ロナウド。
では、鮨界では?
清水は、鮨界一、鮨職人にモテる男だ。
1999年に独立。
修業先から目と鼻の先にある現在の場所に自身の店を構えた。
店は瞬く間に有名になり、同世代の『さわ田』・澤田幸治、元『あら輝』(現『The Araki』)・荒木水都弘とともに「鮨界の若手三羽烏」と称された。
そして、その影響力は弟子だけにとどまらない。
実は、鮨界には『新ばし しみづ』を敬愛する職人、いわゆる「しみづリスペクト軍団」が非常に多い。
『日本橋蛎殻町 すぎた』の杉田孝明、『鮨 太一』の石川太一、『鮨 真』の鈴木真太郎、『鮨 いまむら』の今村健太朗、『鮨 一條』の一條聡、『鮨 とかみ』の佐藤博之、『鮨 あらい』の新井祐一など、挙げだしたらきりがない。
また、『新橋鶴八分店』の大将で弟弟子でもある五十嵐寛和は、「清水さんほど器用な人は見たことがない」と言ってそのセンスを賞賛したほど。
このような鮨界一のモテ男の握りに関心を抱いた僕は、仕事を終えて新橋まで足を運んだのだった。
店には1時間30分ほど滞在した。
その間、僕は清水のモテ男っぷりをいやというほど目の当たりにした。
ここ最近では最も有意義な時間だった。
どうやら、清水がモテる理由は5つのキーワードで紐解くことができるようだ。
それを以下に論じてみたい。
清水がモテる理由その一、鮨。
清水は、正統派の江戸前の仕事をする職人だ。
ねっとり甘いアオリイカ、しっかりとした食感と濃い旨みを携えたコハダ、一切の臭みを除去した甘いトリ貝、シャキシャキと歯切れがよいタイラ貝、歯をそっとあてるだけでやわやわと口の中から消えてしまうアナゴ、噛むほどに旨みが迸るハマグリ・・・。
確かな仕事が施された、極上の鮨ダネばかりだった。
そして、それを最高の鮨に昇華させるのが、赤酢と塩をキリッと利かせた昔ながらのシャリ。
硬さ、温度は安定しており、口の中に入れるとパラっとほどけるあの感覚は、清水のなせる業か。
どっしりとした握りもまた、「鮨を食べている」という実感が湧いてきていい。
鮨職人でなくても、この店の鮨の素晴らしさが分かるだろう。
清水がモテる理由その二、トーク。
清水は相当頭が切れる男だ。
僕はそのことを彼のトークに見出した。
たとえば、客の1人が「この店に着くまでに相当迷ったよ」なんて言おうもんなら、「迷うのも含め、この店のコースなんですよ」と茶化す。
僕が「今日は貝がいいですね!」と感嘆すると、「そうかい ?」とダジャレをぶち込む。
満腹になった客が「あと何貫くらい出てくるの?」と訊けば、「あと15貫くらいですかね」と冗談を言って、煮ツメではなく塩を塗ったシメのアナゴをハーフポーションで供する。
「こんな鮨、ここでしか食べられないよ!」と客に褒められたら、「そりゃそうですよ。僕は1人しかいないから、ここの鮨はここでしか食べられません。どこの店も一緒です。どこの店の鮨もそこの店でしか食べられません。あとはお客さんに合うかどうかです」と悟りコメント。
客が「食べている人が皆笑顔だと、握っていて楽しいでしょ?」とさらに褒めると、「いやいや、金を勘定している時が一番楽しいですよ」と悪人顔をしてみせる。
この店に毎月通い倒せば、1年後には『しみづ語録』なる書籍が出版できる。
それくらい、ウィットに富んだ発言がポンポン飛び出してくる。
特に僕が感銘を受けたのが、次のセリフだ。
「僕は鮨職人は甘い仕事だと思います。たとえば、スポーツ選手は試合で結果出さなかったら終わりでしょ?いっくら練習を必死にやっても、結果が出なけりゃダメな世界。でも、鮨屋は鮨を出す前に仕事を見せられますからね。それに、ストーリーを売ることもできる。夫婦2人で健気に営業してたら、誰だって応援したくなるでしょ?だから僕は、鮨屋は甘いと思いますね」
含蓄がある言葉だと思った。
清水がモテる理由その三、教育力。
清水は、弟子への教育にも抜かりがない。
大きい銅製のおろし金を使って、まるでギターを弾くようにリズミカルにワサビをおろしていた二番手。
お茶の差し替えやシャリの追加などを精力的に行っていた三番手。
2人とも、客と清水をつぶさに観察しては、次の仕事を的確にこなしていた。
清水からの指示は極々最小限。
とにかく、オペレーションの良さが半端ではない。
こんな一コマもあった。
ある客が、別の店と間違えて入ってきた。
申し訳なさそうに出ていこうとすると、清水は「ちょっと待ってください。今案内させます」と呼び止めた。
そして、清水がそう言い終わる頃には、三番手がつけ場から飛び出し、その客を案内していたのだ。
この店の心遣いに、思わず鳥肌が立った。
清水がモテる理由その四、観察力。
僕はこの日も、1人でひとつひとつの握りを味わいながら食べていた。
その姿を見た清水はおもむろにアワビを取り出した。
アワビはタネ札には書いていなかったし、他の客にも出されていなかった。
まかないでも作るのかと思いきや、なんと握りにして僕に出したのだ。
鼻孔を突き抜ける、アワビの芳香。
そして、噛めば噛むほどに魂を揺さぶる官能的な味。
清水は完全に見抜いていた。
僕が鮨屋No.1決定戦なる研究プロジェクトを企画し、毎週自腹で鮨屋に行っては、その店で起こったドラマをブログに書き綴っていることを。
清水の観察力とアワビの旨さに、開いた口が塞がらなかった。
清水がモテる理由その五、予約システム。
ただしその一方で、当日予約枠をいつも確保してくれているのだ。
気づいた人も多いと思うが、上記5つのファクターは鮨職人ならば兼ね備えていなくてはならないものばかりだ。
それらが全て超一級レベルであることこそ、清水が鮨界一モテる男たる所以なのだと思う。
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