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俺にはひどい体臭があった。

だが自覚がなかったため周囲の反応をことごとく他の理由によるものだと解釈していた。

事実を知らされ対策を講じるも、空気が読めなくて改善していないというシグナルを見落としていた。

そして水面下で同僚やクライアントの不満が蓄積してゆき、退職勧告が突きつけられた。

自覚できなかったことを激しく責められた。

あれから手術した。デオドラントも石鹸も洗剤も、脆弱な皮膚にダメージ蓄積させない程度には強力なものに切り替え、どうにか再就職できた。

でも、外出先でまた臭いと言われた。だからどうしても不安になる。

職場では文句言われていない。だがそれは気を遣って言わないだけじゃないか? 空気読めないから、改善していないシグナルを見落としてるんじゃないか? 周りの人のあらゆる行動が、俺の体臭への反応に思えてしまう。

他の理由だと考えようとすればするほど、俺が臭いためだと判断する根拠を見つけ出してしまう。

自覚できないまま周りに迷惑かけていた頃と、今とどう違うのか区別がつかない。

臨界点を迎え、トイレに駆け込み、狂ったようにデオドラントを吹き付ける。そんな日々が続いた。

正月の帰省は決定打だった。

車で迎えにきた父は咳き込み、鼻すすりをしていた。風邪引いたという。嫌な汗が出てくる。

前の職場で俺の体臭を必死で堪えていた同僚も、頻繁に咳き込み鼻すすりをしていた。

でも俺は、寒暖の差が激しい職場なのですぐに風邪を引くのだろうと考えていたのだ。

あの状況と区別がつかない。

不安を必死で堪え、風邪という言葉を信じて車に乗り込む。

そして到着した実家では咳と鼻すすり、そして火がついたような泣き声で出迎えられた。

両親も、婆ちゃんも、兄夫婦も、1歳の姪も、みんな風邪ひいたという。

信じられない。相変わらず俺は臭い、それこそ、赤ちゃんが泣き出すくらい臭いと考えてしまう。

正月だからと並べられたご馳走の山、俺の好物だったもの、そして酒。

どれも体臭の元である可能性が指摘されており、長い間断っていた。もう食べたいという気持ちも失せた。

でも、頑なに拒んだらそれまた場の空気を悪くする。

親は俺が臭いという事実を決して受け入れようとせず、気のせいだと言い張る。俺が納得できる根拠など何一つとして出そうとせず。

そのあと何度も体臭でトラブルになったのに。

無理して食べた、飲んだ。これらに含まれる普通の人なら奇麗に分解できる何かが、俺には分解できずニオイとして排出してしまう。そう考えてしまい、全然おいしくない。下手したら悪化した体臭でまた仕事クビになるかも。もはや、生ゴミを口にするような気分になっていた。

母さんや婆ちゃんや義姉さんが作ってくれたのに、父や兄が俺と酌み交わすために買った取って置きの酒だったのに。

婆ちゃんの料理は、もしかしたらもう食べられないかもしれないのに。

義姉が、薬を飲ませたり鼻水のケアのためと言い頻繁に姪を連れ茶の間から出る。

臭いから退避してると考えてしまう。

実際、風邪引いたと言っていながら誰も俺の前で風邪薬を飲んでいなかった。

脳裏に口臭予防ガムのCMが浮かび上がる。

彼女から邪険に扱われ、入っていた電話ボックスは警官に封鎖され、周りの人から疎ましげに見られ、なぜそんな仕打ちを受けるのか理解できずうろたえる青年。

俺ににこやかに接する人が皆、内心ではあのCMのようにしたい衝動を必死に堪えてるんじゃないかという疑念が抑えられない。

夜、客間に来客用の綺麗な刺繍が入った布団と新品のシーツが敷かれた、眠れやしない。でも古い布団やシーツを敷いてくれという要望は聞き入れられないだろう。

俺が帰った後、親は予想以上に染み付いて落ちることのない体臭に顔をしかめ、泣く泣く高級布団を捨てる光景が脳裏に浮かぶ。

布団から出て、畳の上で自分のコートに包まった。ようやく安心して眠れた。

もう、限界だった。

翌朝、適当に用事をでっち上げ、予定を切り上げ帰ることにした。

引き止める両親。だが頑として譲らず帰ると言い張る俺に折れ、父は駅まで車を出してやると言い出した。

確かにここは交通の便が悪い。しかし車という狭い空間に他の人と一緒になんていられない。

来客の隙を突き、俺は逃げるように実家を飛び出した。客が帰るのを待ったとしても、送ってもらったほうが早く駅に着くだろう。でもそういう問題じゃなかった。少しでも早く、周りに誰もいないところに行きたかった。

肌寒いがコートを脱ぎ、汗をかかないようにゆっくりと歩く。

すると母が自転車でついてきた。駅まで付き合うという。逃げ出したい。

でも逃げようと走れば汗をかき益々臭くなる。説得もムダだ。

相変わらず母は咳こむ、鼻すすりをする。そのたびに神経がかき乱される。

どうにか平静をよそおい当り障りのない会話を続けて駅に着いた。発車ぎりぎりまで母と話す。名残を惜しむためではなく、車内の人に極力迷惑をかけないよう時間を潰すためだ。

そして発車したら、隅っこでおとなしくしていた。

自分はたまらなく臭い迷惑な奴だという前提で、周りに最大限の配慮をすることに安らぎを感じるようになっていた。

田園風景が広がる中、ただ一人、駅までとぼとぼと歩いていた。母が追ってくるまでの短いあのときが一番安心できる時間だった。

仕方なく外に出る仕事以外では家に引きこもる日々が続いた。こんな人生に何の意味があるのかと思いながら、それでも自分が楽しむために悪臭撒き散らし他の人の楽しい時間をぶち壊しにするのが耐えられなかった。

こうして迎えたGW、どうやって時間潰すかと考えていたら、両親から誘いの電話が来た。

頑なに断っても話がこじれるだけなので誘いを受けることにした。

こんな体の俺に結婚やら孫の顔見せろって話を振ってきたら速攻でブチ切れ、もう縁を切ってやる覚悟で実家に乗り込んだ。

1歳半の姪がパタパタと駆けより、俺の脚に抱きついてきた。彼女は数秒間、そうしていた。

呆然としながらしゃがみこんだ。

姪は泣き出すこともなく、顔をしかめもせず、満面の笑顔で改めて抱きついてきた。

彼女の行動は、俺が臭いという前提では説明がつかなかった。

どんなに考えても、俺がまだ臭いという根拠は見つからなかった。

婆ちゃんや母さんや義姉さんが作ってくれた料理食べた。美味しかった。

親父や兄貴と酒飲んだ。美味しかった。

皆と色々話した。楽しかった。

勇気を出して姪を抱き上げ、あぐらをかいた膝に乗せた。彼女はぐずることもなく俺に身を任せ人形で遊んでいた。

人のぬくもりを心地よいと思えた。

脳裏に、これまで差し伸べられた暖かい手を跳ね除けてきた悔やみと、生まれてきてくれた姪への感謝の気持ちが入り混じる。

俺が、体臭とは異なる、風邪とも花粉症とも異なる理由で鼻をすすった。