有限会社はんだ|島根県|江津市|自然栽培|有機栽培|ごぼう|米|大豆|
| ■会社名 | 有限会社はんだ(旧 有限会社反田組) |
| ■所在地 | 〒699-4225 島根県江津市桜江町小田42-4 |
| ■電話番号 | 0855-92-1001 (ご連絡は090-4922-8848に!) |
| ■代表者 | 代表取締役 反田 孝之 |
| ■設立年月日 | 昭和36年(農業開始2004年) |
| ■業務内容 | 自然栽培農産物 及び 有機栽培農産物 の生産 |
| ■社員数 | 常時:2名(代表夫婦) 臨時:生産3~4名 出荷1名 |
不肖反田、東京農工大学卒業。専攻は森林科学。在学中は国内外の山々を放浪し、遊び呆ける。また造園会社の「(株)日本ガーデン」に庭造りのアルバイトで4年間通い続け、3度のクビを通告されるが、粘りに粘って最後には少しだけ認めてもらう。
◎1998年
第1の農業人生の始まり。当社「(有)反田組」を辞め、岡山県の農業生産法人「(有)吉備路オーガニックワーク」で研修を受ける。来る日も来る日も草取りをやらされ、農業の心を骨の隋から学ぶ。
◎1999年
千葉県に水田を借り、夜の仕事で生計を立てながら、有機栽培も含めた稲作の自己研修を開始。様々な農法に取り組み、様々な失敗をする。
何もしなくても田んぼに雑草が生えない農法を偶然発見。この発見が以後の取り組みの支えになる。
◎2003年
自己研修が当初予定の5年目を迎え、本格的な農業開始を模索していたところ、故郷の町役場から「農業をやらないか」という甘い誘いがある。
◎2004年
第2の農業人生の始まり。「桜江農業特区」を利用し、当社に農業部「桜江オーガニックファーム」を設立し有機農業を開始。農業機械が揃わないうちに2haの有機稲作に取り組んだが、コナギだらけになってお米がチョボ出来。 ゴボウ、鳩麦の栽培に取り組むが、両方ともほぼ全滅。鳴り物入りで開始したぶん、大ヒンシュクをかう。一方で10年以上荒れてジャングルのようになっていた遊休地を畑に戻し、9haの農地が揃う。秋には待ちに待った農業機械が揃いだす。有機JASを取得する。
◎2005年
シロウトを常時スタッフとして2人雇う。死ぬ気で取り組んだら全作物でまずまずの進歩が見られ、前年比6倍の売り上げになる。
◎2006年
7/19に江の川が氾濫。95%の農地が冠水するが、なんとか前年比売り上げ微増を達成。10月にも田津の一部が冠水。ゴボウの栽培について大きなヒントを得る。土木部の規模を縮小。
◎2007年
水害に懲りずゴボウの面積を広げ、多くの収穫がある。米・大豆・大麦・大麦若葉も過去最高の収量を上げる。一方で、ゴボウの集出荷・加工施設をJAから取得。体制をそのまま引継ぎ、地元産のゴボウの集出荷及び加工、地元特産の「赤ずいき漬け」の製造・販売を始める。生産・加工部門で合計8名の常時スタッフを雇う。有機稲作の「まずまずの実践者」として県内で多くの注目を浴びる。管理面積は16haまで増える。
◎2008年
加工部門の採算が合わず、地元産のゴボウの加工を休止する。自社栽培のゴボウの生産量・販売量が運よく飛躍的に伸びる。生産部門が縮小し常時スタッフが1名となる。開始後5年目にしてようやく極度の赤字を脱する。
◎2009年
調子にのってゴボウの作付けを増やすが、新たに試した雑草対策が失敗し草だらけになる。その対応の影響が全ての作業におよび、多くの損害をこうむり赤字に転落。栽培作物を増やすためにニンジン・サトイモの試験栽培を開始する。見ず知らずの人のお誘いで「自然栽培」に目覚める。多くの岐路に立ち、唯一の常時スタッフの退社に伴って、自然栽培への転換のリスク回避と、洪水を前提とした経営の骨太化を目指し、「夫婦2人+パートさん」体制に望む。
◎2010年
地元産のゴボウの集出荷を中止する。今田地区での営農を開始。自然栽培を目指し、第3の農業人生の始まりと意気込むも、7/14の江の川の2度目の洗礼で大きな打撃を受ける。土木部をさらに縮小し農業部をメインにしたのを機に、9月に会社名を「(有)はんだ」に変更。不肖反田、代表取締役に就任。サイトを開設。好評だった赤ずいき漬けの製造を中止し、農産加工から撤退する。年度末で土木部を廃止し、長い営みに終止符を打つ。
◎2011年
バカは死ななきゃなおらない、ほとんどの圃場で自然栽培を実施したため相次いで問題発生。年末には大豆で大きな落ちが付き、厳しい経営となる。一方で農産物の評価は更に上がり、内外の評価のギャップが広がる。まさかの5/11~12に田津地区の一部が冠水。ゴボウと大麦に被害。この時期に冠水するのは初めて、と古老談。
◎2012年
これまでで最大の16haを作付け(管理面積は20ha)。特に水稲の管理に手が回らなくなってしまったが、秋まきゴボウと、とりわけ大豆のまぐれ豊作のおかげで全体としては初の黒字、しかも大きな黒字となり、なんとか息を吹き返す。7/7に昨年と同様規模で田津の一部が冠水するも、幸い大きな被害は出なかった。
◎2013年
管理面積を18haに縮少。主力の秋まきゴボウが過去最悪の出来となった上に、8/24に八戸川、9/4の江の川の3度目の洗礼を受け、全圃場が冠水、2011年並みの厳しい経営となる。一方で冠水による恒例の有機JAS問題は大きな前進を得る。自然栽培水稲育苗3度目にして初めて一定の成果を上げる。田津の築堤関連の測量が実施される。下ノ原地区から撤退する。
◎2014年
管理面積を17haに縮小。渡地区での営農を再開。8/6の田津地区の部分冠水で秋蒔きゴボウに大きな被害が出る。それを筆頭に各作物でそれぞれに問題が出るが、全体では良い成績となる。大きな洪水さえなければ経営は成り立つという手ごたえをつかむ。夏には自然栽培5年目の取り組みを公開すべく圃場見学会を実施、反響を得る。経営の骨太化も進んできたことことから、久しぶりに正社員の募集を再開する。
◎2015年
管理面積を16haに縮小。全体として大きな崩れはなく、すべての作物で前年を下回るものの、2年連続で安定した成績となる。江の川の水が安定して2009年以来の冠水のない年となる。「地域への出番」が増え、地元地域コミュニティでの自然栽培の普及に関わることとなり、田津地区の農地を守る仕組みの新体制にも参画。時代の流れの中での地域の変化を改めて肌で感じることになる。
◎2016年
2年連続で農地の一角すら冠水しない年となる。主力の1つの大豆が発芽不良で大コケしたものの、洪水さえなければ着実に利益は出せるという実感を得る。年度末には、次年度に向けて今田地区を新たに2ha強拡大。一方で、田津の農地を2ha弱縮小、田津地区からは大豆と大麦栽培を撤退することにする。