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亜鉛四核クラスター触媒を用いた有機反応

有機金属触媒は、これまでの有機合成に変革を与える強力なツールとして注目されています。我々の研究グループでは金属それぞれの特性を知ることで反応基質に見合った触媒設計を行い、これまでの有機合成では考えられなかった反応を目指しています。

我々は有機化学において最も一般的な官能基であるエステルに着目し、直接縮合反応に用いようと言う研究を進めています。以下に、最近の研究成果を紹介します。

エステル結合はカルボン酸とアルコールとの縮合反応反応によって形成される化学的・物理的に極めて安定な結合であるために、エステルを直接縮合反応反応に用いるのは困難なことが知られています。そのため、有機合成的には一度加水分解により、より反応性の高いカルボン酸とした後に縮合反応反応へと展開していくのが一般的な手法となります。一方で、エステルは化学的に安定である上に実験操作上取り扱い易いという利点があるので、エステルを直接縮合反応に用いることが出来れば加水分解などの余分な反応を必要としないばかりか実験操作も容易になります。

そこで、有機金属触媒によってエステル結合を活性化し、加水分解などの操作を必要としない直接縮合反応の開発研究を行ってきました。エステルは酸素原子を含む官能基であることから、酸素に対して親和性が高く、毒性もない亜鉛原子を中心金属に有する亜鉛四核クラスター触媒1を設計しました。この触媒は、亜鉛原子によりエステル結合を活性化すると同時に隣接するもう一つの亜鉛原子が縮合反応相手をも活性できる設計になっています。

1. 触媒的エステル交換反応

エステル交換反応とはエステルとアルコールとの反応によりアルコール由来の置換基を組み替える反応です。例えばメチルエステルのように入手容易なエステルと複雑なアルコールとの反応により複雑なエステルとメタノールが得られます。この反応の利点は、1) 入手容易かつ取り扱いも容易なメチルエステルを加水分解などの反応なしに直接反応に用いることが出来る。2) 副生成物がメタノールのみであるので廃棄物が少ないことなどが挙げられます。

我々は、亜鉛四核クラスター触媒1をこのエステル交換反応の触媒に用いると温和な条件で効率的に反応が進行することを見いだしました。

例えば、この反応を利用することで安価に入手できる吉草酸メチルとイソペンタノールからリンゴの合成香料である吉草酸イソペンチルを一挙に100 g以上合成することが出来ます(Scheme 1)。

2. アミン存在下における水酸基選択的なアシル化反応

医薬品や天然物などの複雑な化合物は、多段階の工程を経て合成されています。この「多段階の工程」には新しい化学結合の形成や官能基化反応以外に、反応性の高い官能基の一時的な保護といった本質的には必要でない反応つまり「過剰な修飾」が含まれています。

例えば、水酸基とアミノ基のアシル化反応ではそれぞれエステルとアミドが得られますが、水酸基とアミノ基の両方を有する化合物であるアミノアルコールの水酸基のみをアシル化してエステルだけを合成することは容易ではありません。なぜなら、水酸基に比べてアミノ基の反応性が極めて高いため通常のアシル化反応を用いるとアミノ基が優先的に反応するためです(Scheme 2, 上)。

そのため、アミノアルコールの水酸基選択的なアシル化には、アミノ基の保護・水酸基のアシル化・保護基の除去の3段階の反応が必要でした(Scheme 2, 下)。しかし、この3段階のうち水酸基のアシル化以外は本質的には必要のない反応であるので、保護基を用いない方法論の開発が求められていました。

我々は、亜鉛四核クラスター1を触媒に用いると水酸基とアミノ基を有する分子に対して水酸基選択的なアシル化が進行し、アミノ基の保護を行わなくてもエステルを選択的に合成できることを見いだし、この問題を解決することに成功しました(Scheme 2, 中)。

この反応は、触媒内の複数の亜鉛によって水酸基を選択的に活性化することによって水酸基とアミノ基の反応性を逆転させるもので、人工触媒として初めての例です。この反応は、保護基を使わずに反応性が低い方を選択的にアシル化できることから保護基を用いない有機合成手法として活用されることを期待しています。

3. エステル交換反応を利用したアセチル基の導入と切断反応

酢酸のエステルであるアセテートは、アルコールの水酸基の保護基などに用いられている重要な官能基です。従来このアセテートを合成するためには、アルコールと等量の無水酢酸や塩化アセチルといった強力な試薬が必要でした。また、これらの試薬は反応後に酸を副生してしまうため、これを中和するための塩基が必要となり、結果生成する塩が廃棄物になっていました。

一方、エステル交換反応を用いて、酢酸エチルからアセチル基を移動させることが出来れば、副生成物はエタノールだけというクリーンな反応を達成することが出来ます。また、酢酸エチル自体は安価な有機溶媒ですので経済的にも有用であると言えます。私たちの研究室では上に述べた亜鉛四核クラスター触媒により、酢酸エチル溶媒中でアルコールを加熱するだけでアセテートに変換することに成功しました。

さらに、先程の反応とは逆にアセテートからのアセチル基を切断してアルコールを合成する反応も、有機合成では重要な反応の一つです。従来の方法では強塩基の水溶液を作用させたり、塩基性のアルコールを作用させる方法が一般的でした。しかし、このような方法では、使用するアセテートによっては他の部分の分解が起こってしまいますので、より温和な条件での反応が望ましいとされています。

この、私たちは逆反応も亜鉛四核クラスターを用いることで進行させることに成功しました。メタノールやエタノールといった低級アルコール溶媒中で、亜鉛四核クラスターとともにアセテートを加熱するとアセチル基が脱離し、高い収率でアルコールに戻すことが出来ました。

すなわち、アセチル基の着脱を同一の触媒を用いて、溶媒を変えるだけで行うことが出来たことになります。

4. エステルとアミノアルコールからのオキサゾリンへの直接変換反応

亜鉛四核クラスター触媒1を用いてエステルとアミノアルコールとの縮合反応を行うとエステルとアミンが縮合し、アミド結合を形成した後にさらにアミドとアルコールとの縮合反応が一挙に進行し、複素環化合物の一種であるオキサゾリン環を効率よく合成できることを見いだしました。さらに、この反応は環状エステルであるラクトン類にも適用可能であることを見いだし、アルコールを有するオキサゾリンの形成に成功しました(Scheme 3)。エステル結合を触媒により直接的に縮合反応を行い、オキサゾリンを形成した初めての例であることからもこの触媒の有用性が示されました。