「熊手」とはよく言ったもので、辞書で引くと。
熊手=長い柄の先に、竹製の、熊の手のように曲がったつめ状のものを扇形につけた道具。落ち葉や穀物などをかき集めるのに用いる。
熊手性=なんでも自分のものにしようとする欲深い性質。
まあ、この意味は野生のツキノワグマに当てはまり、あながち作り話とはいえないところがある。
ツキノワグマをみていれば、それはそれは手を器用に使い、穴掘りも見事にこなしてしまうからだ。
そんな事実があるから、オイラは以前このようなブログを書いた。
「山の神」とツキノワグマ
http://tukinowaguma.net/archives/798
そうしたら、情動的なカキコミがあったり、肯定的な意見もあって実に面白かった。
作家の吉村昭さんは、いまの日本人に何を伝えたいのかといった確固たるメッセージを送っているからオイラは共感している。
現代社会では、毎日風呂に入れるし、シャンプーで毎日だって頭も洗える。
デオロラント効果のきいた生理ナプキンもある時代だから、行間から何も読み解けない世代は多いと思う。
しかし、大正時代の北海道での開拓集落では「人間」としてどんな生活があったのかを、吉村昭さんは的確に史実している。
そこにはまさに、人間の女の「素」の野生動物としての「臭い」を伝えている、からだ。
そして、土葬にされた墓をヒグマがあばいて人間を食う。
そんなことは普通にあったことだし、クマたちはそうした性質を今の時代にも宿して生きている。
だから、開拓仕事で汗と垢だらけとなった働き盛りの女性の体臭は、クマにとって魅力的そのものだったのである。
日本人として全国的に平均社会を迎えて自然環境を計るモノサシが一つとなってしまった現代人には、こうした野生動物の性質を理解することはできないだろう。
「土葬」をしなくなって半世紀もたてば、埋められた人間を動物たちがカンタンに掘り起こして食べてしまうなんてことは想像もつかないにちがいない。
しかし、オイラは19歳のときに、祖母が死に「土葬」を経験している。
そのときは、2m以上の深さに穴を掘って埋葬したことを覚えている。
たぶん時代的に、祖母の土葬が最後で以来「火葬」ばかりとなった。
だから、現代人は土葬の意味するモノサシをどんどん忘れてしまったと思う。
ところが、今回の東北地方の地震と津波。
多くの犠牲者を出してしまったが、火葬が間に合わない。
そこで、急きょ「土葬」にされるケースが増えた。
そうした詳しい情報は日本人にはマスコミも伝えないが、海外メディアでは知ることができる。
ニューヨークタイムスのネット配信記事を見れば、土の掘りかたがあまりにも浅いのでオイラは驚愕した。
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#60
土のなかは、温度と湿度がある程度保たれるから、遺体の鮮度保持はかなり長期間続く。
その土中から漂う腐臭は、人間より数十倍の感度をもつクマやキツネやタヌキの敏感な鼻腔をくすぐるからだ。
なかには80cmくらいの深さしかないケースもあるが、「熊手」だったら5~6分だろう。
穴掘り名人のキツネだって、20分もかからずに掘り当てるにちがいない。
キツネのあとには、タヌキがその穴を利用して侵入するのが日本の野生動物たちの棲み分け生態である。
時間経過とともに土葬現場も深めに掘られてきてはいるが、まだまだ2mには達してないようだ。
そんな状況なので、もっと深く掘るようにと、ある仏教関係者には連絡をいれた。
オイラよりはるかに若い坊さんなので、大慌てで「関係者にさっそく伝えます」ということだった。
吉村昭さんといえば、「三陸海岸大津波」という本も出している。
まさに、今回の地震と津波を完璧に予測してのメッセージである。
政治家や地震学者、専門家、原発関係者、マスコミキャスターたちがこの本を読んでいれば、もっともっと違うカタチで日本列島の国づくりをやってきていたにちがいない。
高名な学者や優良企業の社員が、いかに白痴のまま現代社会をリードしてきたかがこんなところでも暴露されよう。
それは、ツキノワグマを全国的に語っているいまの状況ともよく似たものがある、と思う。
オイラも著作物は60冊余ほどあるが、それぞれにメッセージを込めているところは吉村昭さんと同じである。
たった1枚の写真に原稿用紙でいえば何枚のメッセージが込められているかといったことをいつも念頭に置きながら、全体像を複眼的発想で見届け一枚を撮影している。
そして、写真を読み、行間を読んでもらうことを心がけながら全体を構築し1冊の本に仕上げているのである。
こうしてたくさんのヒントを行間に散りばめてはいるのだが、ドングリでしかツキノワグマを語ることのできない人たちにはまったくもって、その意味も「読めない」だろう。
吉村昭さんには、あるパーティーで一回会っただけである。
ほんとうは、もっともっと親しくなりたかったが故人となられてしまっては、それも叶わない。
作家姿勢としては深いところで理解できているから、まあ、オイラは自分のペースでやっていけばいい、と思っている。
お正月に解体した鹿の頭や皮を埋けた穴。相当深く掘って、土をかけたあとには娘と二人掛かりで大きなコンクリートブロックをのせておいたのに、暴かれました。凄い根性だ。
この間立ち会ったヤギの埋葬、石灰をかけて「あとから灯油を撒きに来る。そうすれば獣に掘られんに」とのこと。
被災者の共同埋葬の写真を見ると、やはり石灰を撒いてあるようだ。まさか灯油かけたりはしないでしょうね。それよりも棺の間をベニヤ板一枚で仕切ってあるのが、なにかわびしく寒々しい感じがします。
Comment by あーる — 2011/4/14 木曜日 @ 21:22:42
26、7年前、私の祖母が土葬でした。
ついつい思い出してしまいました。
穴掘りは「お組合い」の男の人たちの仕事でした。
組長さんがすっぽり入るくらい深い穴でした。
棺は、もちろん「棺桶」で、
桶の蓋の上で動き回る組長さんに、
「おばあちゃんが起きちゃうに、、、」
と、おばさん達が言ってましたが、
怒るというのでもなく、
ごくごく日常のようにみんなで埋めました。
被災地の土葬問題・・・震災発生直後から一週間被災地入りし復興支援の任務に就きました。 私の印象では沿岸部の被害は甚大でしたが、内陸部の被害は少なかったように思います。 もし、沿岸部で亡くなられた方々を彼らにとっても、遺族の方にとっても縁もゆかりも無い山間地に埋葬し その結果、野生動物が墓を暴く事で【羆嵐】のような二次被害が発生するきっかけに成るようなら・・・これ以上悲しい事は在りません。
Comment by ヨンケイ — 2011/4/15 金曜日 @ 1:36:54
いま、東北地方の被災地を何箇所か見て回ってますが、泥濘地にはタヌキの足跡がみられました。
こういった足跡を追跡することで、行方不明者も見つかる可能性はあると思います。
それと、カラスの動き。