竹内淳一郎の景気公論
2010年12月27日 低成長の罠からの脱却、「覚悟」が大事
わが国の景気は秋口以降、その回復が足踏みしている。もっとも、新年度辺りには薄日が射し、徐々に緩やかな景気回復基調に復すると見ている。企業部門はかつての「3つの過剰(雇用、債務、設備)」を抱えていない上に、リストラを進めてきたことで、収益基盤はしっかりしている。外需環境は新興国を中心に良好なため、輸出主導の景気回復は無理なく展望できる。
外的ショックさえなければ、今回の景気も長期化する公算が大きい。ただ、根強いデフレは続くため、今回も景気回復の実感は伴いにくい。デフレ下においては、実質ではなく名目成長率が意味を持つ。
低成長の罠=合成の誤謬
わが国は、次にみるような低成長の罠に陥っている。長引くデフレの根底には、需要の弱さがあり、その背後には期待成長率の低下、企業や家計の合理的自衛行動(=支出抑制)がある。筆者には「デフレの罠」よりも「低成長の罠」が、しっくりする。
(1)企業行動:値下げ+コスト削減
「稼ぎ頭」の製造大企業は、新興国の台頭もあって、厳しいグローバル競争に晒(さら)されている。このため、多額の研究開発投資の成果を、価格引き下げに振り向ける。これ自体がデフレの原因である。この点で、消費者は機能や品質が向上した製品を安価に入手するメリットを享受している。大企業は、採算確保の観点から、コスト削減に傾注する。取引先への納入価格引き下げ要請を通じ、中堅・中小企業にしわが寄る。また、企業が利用する清掃や保守等のサービス価格の引き下げを通じ、非製造業にもデフレが伝播(でんぱ)する。
人件費削減意欲も根強い。「団塊の世代」が退職しても、バブル大量採用世代の人件費増加圧力が経営を圧迫する。そこで、退職者は非補充ないし非正規雇用で充当する。その結果、就職戦線は厳しくなる。若年層の非正規雇用化やニート現象は、人的資本の蓄積を阻み、成長力を低下させる。
正社員に対しては、人事制度改正などを通じ、賃金カーブのフラット化を推進する。企業収益は結構、回復している。家計は経営に対し、成長の果実を要求してもよい。もっとも、「働く場」の確保を優先し、企業の存続に協力する。連合総研の調べによると、「5年後に先輩の賃金に追いつくか」との問いに対し、4割以上が下回ると回答するなど、期待所得は低下している。
(2)家計行動:労働供給増+節約志向
恒常所得の低下は、支出抑制ひいては需給バランスを悪化させ、物価に下押し圧力として働く。所得の目減りを補填するために、家計は労働供給を増やす。第1は残業代を当てにし、長時間労働を厭(いと)わない。健康を害するだけでなく、新卒採用抑制という副作用をもたらす。第2は夫の期待生涯年収の低下を踏まえ、配偶者が労働市場に参入するが(ダグラス=有澤の法則)、これも新卒採用枠を狭める。
社会の厳しい現実は親子間で伝承される結果、大企業や公務員志望が強まる。受験競争の低年齢化、学生の「就活」対策が過熱する。ベンチャー気質は育たず、企業の新陳代謝が進まない。教育費は、他の支出の節約で捻出される。これもデフレの一因となる。切り詰めている以上、「ばらまき」は大歓迎。一方、各種の増税への不満は隠さない。頻繁に選挙があるため、政治はこれに迎合し、分配重視の政策が続く。
(3)政策:彌縫(びほう)策続く
国の「財布」を預かる財政当局は、消費税率引き上げが実現しない中、あれこれパッチワーク的に増収策をひねり出す。納税額に関係なく投票(=声)は、「1人1票」(「1人0.2票」とも言う)である下では、「取りやすい」ところから手をつける。およそ、高額とも呼べない所得層への増税策が並ぶ。まだ、相続税強化の方が筋は良い。
法人税率引き下げに必要な代替財源を企業に求め、税収中立が模索される。企業は「もういいや」と海外移転を加速させる。当然、景気にはマイナスであり、雇用や税収の減少をもたらすことになる。
環境整備を通じ、安心の提供を
やや単線的に聞こえたら、ご容赦願いたい。皆が「椅子取り」ゲームに「座る」ため、合理的に行動する結果、椅子が減る。典型的な合成の誤謬(ごびゅう)に陥っている。低成長の罠から抜け出すことは、容易ではなく、時間が掛かる。だからこそ、その一歩を早く踏み出すことが重要だ。
まずは「安心の提供」であろう。企業や家計の過度な自衛行動を和らげるよう、政府は環境を整備する。規制緩和しかり、企業のリスクテイク支援が該当する。家計には年金不安の解消が真っ先に浮かぶ。
企業も家計もかなり合理的に動いている。であれば、制度設計を上手く施せば、個々の合理的行動が総和としてプラスになるよう仕向けられる。椅子を分け合うタイプの事後的平等を排し、椅子を増やすべく、インセンティブを付与する。椅子を増やした人・企業には「優座席」を与え、残りを皆で分かち合う。成果を正当に配分しなければ、誰もリスクをとらない。
上記は、厳しい競争社会を意味する。グローバル競争が激化する中で、わが国だけがユートピアではいられない。リスクとリターンの正当化を「旗」に掲げ、機会の平等、セーフティーネットの構築、再チャレンジの仕組みを、社会や制度設計の中心に据える。当然、軋轢(あつれき)も生じるし、「抵抗勢力」も現れよう。そこに、政治のリーダー・シップが求められている。意思決定に問題があるとすれば、参議院の在り方、1票の格差についての是正が求められよう。ジリ貧回避に向け、2011年こそ「覚悟」を決める。そんな年にできないものか。
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(日本経済研究センター 短期経済予測主査、主任研究員)
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