こんにちは、うゆです^^
ブログを始めてから、発症した頃まで遡って、色々思い返しつつ記事を書いてきましたが
今日は箸休めというか、家族とのお話を少ししたいと思います。
髪が抜け始めてからというもの、わたしのことをわたし以上に心配し、悲しんでいたのが母でした。
わたしの母も以前、円形脱毛症を患ったことがあるというのは以前にもお話ししたかと思いますが
どんどんわたしの髪が抜けていくにつれて
母の心配の仕方は、非常に思いつめたものになっていきました。
抜け始めた部位が頭頂部から後頭部にかけてだった、ということも大きかったと思います。
髪が抜けていることはわかっていたけど、鏡の前に立っても
わたし自身はそんなに脱毛部位が見えなかったんですね。
前髪が抜け始めて、改めて「ああ、私こんなに髪の毛なくなっちゃったんだ」と実感したのが8月上旬頃でしたので…(一応記述しておきますが、髪が抜け始めたのは5月の上旬です)
ですから、本人よりも周囲にいる人の方が、髪がなくなってきていることをより強く実感するわけです。
実家に帰るたびに、母が眉を下げて、泣きそうな顔でわたしを見ていたのを今でもよく覚えています。
その頃からずっと母は、事あるごとにわたしに
「丈夫に産んであげられなくてごめんね」
「お母さんが代わってあげたい」と、口癖のように言っていました。
その頃はわたしも、まだ笑って返せる元気があったので
「お母さんの髪がこんな風になっちゃったら、今度は私たちがすごい心配しなくちゃいけないじゃん~」とか、ふざけて返答していました。
母は、わたしの髪が抜けていくことを夢にまで見る、と言いました。
まだわたしの髪が完全にはなくなっていなかったけど、ずっと抜け続けていた頃の話です。
母の夢の中では、わたしの髪はもうすべてなくなってしまっていて
わたしが、鏡に映った自分の姿を見て泣いていたんだそうです。
その夢が正夢になった、という話は今は置いておいて…
そんな風に、わたしのことばかり心配した母は、食も細くなり、
おまけにそんな夢ばかり見るもんだから、夜もぐっすり眠れなくなってしまっていたそうです。(後から聞いた話です)
そして脱毛がわたしの前髪にまで及んだ時
わたしは母に「お母さん、もう部分ウィッグじゃ隠せなくなってきちゃった」とさらっと言いました。
母は、言葉を失ったようでした。
いつかこうなるんじゃないかと思っていた。わかっていたけど、でも…
というような感じだったんでしょうか。
そして、いよいよもうフルウィッグでないと人前に出られない、といくらいまでになったとき
ちょうど、お盆休みくらいだったかと思います。
部分ウィッグじゃもう無理かな?と思い始めてから、「もうフルウィッグじゃないと無理だ」と思うようになるまで
ほんの1週間足らずでした。本当に早かったです。
家族が寝静まった後、ひとり洗面台の鏡の前に立って
わたしは自分の姿を改めてちゃんと見ました。
髪はなく、顔はステロイドの副作用の影響でむくみ
惨めでした。本当に情けなく、辛い、と思いました。
ああ、わたしこんな風になっちゃったんだ
こんなに髪の毛なくなっちゃったんだ
どうしてこんな風にならなきゃいけないの
わたしが何か悪いことをしたの
自分の現状を改めて目の当たりにして
自分の姿に、とてつもないショックを受けました。
行き場のない怒りや悲しみがどっと溢れ出して
わたしは初めて、この病気になったことを恨み、初めて、この病気になったことで泣きました。
知られれば家族がまた心配する、と思ったので
お風呂のシャワーを出しっぱなしにして、声をあげて泣きました。
「髪がなくなる」なんて、考えたこともありませんでした。
髪があることは「普通」で「当たり前」だと思っていました。
でもそれが、「当たり前」じゃなくなりました。
わたしは「普通」ではなくなりました。
そんな現状を受け入れるなんて、到底できない、と思いました。
次の日、家族に初めて自分の胸の内を明かしました。
「わたし、もうがんばれない」
と、一言だけ言って、家族の前でまた声をあげて泣きました。
自分で言うのもなんですが、わたしはいつも面白おかしいことを言って家族を笑わせるような立ち位置で
その影響もあったのかもしれませんが…
「わたしが笑わなくなっちゃたら、みんなが心配する」と、自分でも気づかないうちに
家族にさえ言えない辛さや苦しみを抱え込みすぎてしまっていたのかもしれません。
お母さんもお姉ちゃんも泣いていました。
そしてわたしに、「もうがんばらなくていいよ。お休みしよう。」と言いました。
お父さんは泣いてはいなかったけど、堪えているようでした。
父は、わたしの髪が抜け始めてからも、改まって声をかけてくれたり、心配するような素振りは見せませんでした。もともとあまりおしゃべりなほうではないですが…
いつも通り、今まで通り。
そんな父の変わらない接し方が、わたしはとても嬉しく
そしてそれが父の優しさで、父なりの思いやりの示し方なのだとわかっていました。
そんな父が、そのときばかりはわたしに正直に、自分の思いを告げてくれました。
「思いつめて、このままじゃいつか早まったことをしちゃうんじゃないかって、気が気じゃなかった」と。
そうしてわたしは、お仕事をお休みさせてもらうことになりました。
この休みを経て、復帰して、そしてまた今現在はお休みさせてもらっているのですが…
ここらへんの詳しい経緯についてはまた改めて、順を追って書きます✐
髪が抜けたこと、この病気になったことは
わたしの心も蝕んでいきました。
「外に行けば、人目を気にしなきゃいけなくなる」
そんな思いから、わたしは外出することを極力避けるようになりました。
こんな病気になったから、外に出られなくなった
こんな病気になったから、仕事もできなくなった
こんな病気になったから…
この病気になったせいで、人生狂わされたと思いました。
本当だったらもっとおしゃれを楽しみたいのに
人目を気にせず、旅行にだって行きたいのに
海やプールだって思い切り楽しみたいのに
仕事だって、同期と同じように進んで、続けたかったのに
そんな思いばかりが頭の中を占領しました。
考えたくもないことを、永遠と考えてしまうのです。
一度負の連鎖に巻き込まれると、そこから抜け出すのは大変なことで
どんどんマイナスの方へ引っ張られて行ってしまうのです。
②へ続きます。→→