甲状腺は、頸部中央で下の方に、気管の上を覆うような形で存在します。ほぼ左右対称な、蝶々のような形をしており、新陳代謝をつかさどるホルモンを分泌しております。
ホルモンが過剰に産生される甲状腺機能亢進症の代表的な病気がバセドウ病です。反対に、徐々にホルモンが減少する病気もあり、その代表的なものが慢性甲状腺炎(橋本病)です。
ホルモンが過剰になると、汗をかきやすくなり、動悸がしたり、いらいらしたりします。食欲旺盛なのに体重が増えないといった症状もあります。バセドウ病では、この他に眼球が飛び出してきたり、甲状腺そのものが腫れてきたりします。
逆にホルモンが減少すると、疲れ易くなったり、寒がりになったりします。食欲がないにも関わらず太ってきたり、体がむくんだりします。コレステロールなどの脂肪が代謝されずに体に残り、しいては動脈硬化の原因となったりします。
甲状腺がんの頻度は、全悪性腫瘍の1%とされ、頭頸部がんの中では比較的多い病気です。
日本では治る確率の高い乳頭がんが多い一方で、欧米では遠隔・転移しやすい濾胞がんが多いという地域性があります。
日本で甲状腺がんの90%以上を占める乳頭がんはおとなしい癌で、特に直径が1cm以下のものは一生を通して大きくならないばかりか、消失してしまうものもあるとされています。他の領域で用いられる「早期がん」といった概念は甲状腺がんにはなく、1cm以下のものは「微少がん」と呼ばれ、そのほとんどは生命に影響を与えないと考えられています。
ただしその乳頭がんも、高齢になるにつれて周囲へ拡がったり、遠隔転移をしたり、未分化がんへ姿を変えたりする率が高くなるとされています。同じサイズ、同じリンパ節転移でも、45歳を境に病期分類を変えているほどです。
ほとんどは症状がありません。したがって、甲状腺がんのほとんどは、検診や、他疾患で診察を受けた際に偶然発見されます。
進行し、周囲の反回神経(声帯を動かす神経)や気管、喉頭に浸潤すると、声嗄れが起こったり、咳が生じ、その進行が顕著になれば呼吸困難を生じます。
食道に浸潤すれば、嚥下時の違和感、嚥下障害も引き起こしますが、ここまで進行したものはハイ・リスク癌と呼ばれ、治療も難しくなり、再発も起こりやすくなります。
稀ではありますが、急速に頸部の腫れが進行することがあり、未分化がん、悪性リンパ腫が発見されることがあります。
頸部から細い針を刺して腫瘍から細胞を吸引する「穿刺吸引細胞診」によって、ほとんどの癌は診断可能です(一般に90-95%)。
癌の広がりは超音波検査、CTで行います。従来から行われてきたシンチグラムは癌の診断や病期確定には無力です。
日本では、甲状腺外科学会が提唱する「甲状腺癌取扱い規約」によって病期を決定しています。
T0:原発腫瘍を認めない。
T1:甲状腺に限局し、最大径が2cm以下。
T1a:最大径が1cm以下の腫瘍。
T1b:最大径が1cmを越え2cm以下の腫瘍。
T2:甲状腺に限局し、最大径が2cmを越え、4cm以下の腫瘍。
T3:甲状腺に限局し、最大径が4cmを越える腫瘍、または 大きさを問わず甲状腺の被膜外に微小浸潤する腫瘍。
T4:大きさを問わず、甲状腺の被膜を越えて胸骨甲状筋、周囲脂肪以外の臓器に浸潤する腫瘍。
T4a:周囲臓器に浸潤するが、頚動脈、縦隔の大血管などへの浸潤を除外する。
T4b:頚動脈などの大血管、椎骨前筋群の筋膜へ進展する腫瘍。
N0:所属リンパ節転移なし。
N1:所属リンパ節転移あり。
N1a:頸部中央区域リンパ節に転移あり。
N1b:一側もしくは両側・対側の頸部外側区域リンパ節、または上縦隔リンパ節に転移あり。
M0:遠隔転移を認めない。
M1:遠隔転移を認める。
病期分類
乳頭がんまたは濾胞がんの場合
45歳未満ならば
病期1:腫瘍のサイズ、浸潤程度、リンパ節転移の如何に関わらずM0。
病期2:腫瘍のサイズ、浸潤程度、リンパ節転移の如何に関わらずM1。
45歳以上の乳頭がん、濾胞がん、髄様がんの場合
病期1:T1N0M0
病期2:T2N0M0
病期3:T3N0M0
T1,T2,T3N1aM0
病期4A:T1,T2,T3N1bM0
T4aN0,N1M0
病期4B:T4bN0,N1M0
病期4C:T1,T2,T3,T4N0,N1M1
未分化がん の場合
病期4A:T4a AnyN M0
病期4B:T4b AnyN M0
病期4C:AnyT AnyN M1
分化がんには切除可能であれば手術を行います。たとえ遠隔転移があっても、甲状腺を全摘した後にアイソト-プ治療という放射線治療に期待できる場合が多く手術が選択されます。
通常は癌の存在する側を半分切除し、気管・食道近傍のリンパ節郭清を行います。外側頸部のリンパ節転移があれば必要に応じた頸部郭清を行います。
甲状腺の切除範囲、リンパ節の郭清範囲については、日本と欧米では大きく異なります。また、日本でも施設によって異なるのが実情で、これを統一する目的で、2010年に本邦の治療のガイドラインが作成されました。
当科では、必要最小限かつ十分な甲状腺切除とリンパ節の郭清を行っています。全摘を可及的に避け、転移がない場合には外側頸部のリンパ節には手をつけないというものです。
そして、およそ20年にわたる長期の経過追跡を行い、経過中にリンパ節への再発を認めた場合にはそのときに手術を行うものです。
未分化がんは非常に悪性度が高く、手術をしても助からないと考えられてきましたが、中には手術、放射線治療、化学療法を組み合わせた治療(集学的治療)で延命が望めたり、QOLが維持できたりする症例もあります。当科では、治療の可能性を追求して、症例によっては手術を行っています。
A.放射線治療
甲状腺の細胞にのみ取り込まれるヨードを放射性ヨードとして内服させて、転移した癌を選択的に治療するアイソト-プ治療という、甲状腺がん特有の放射線治療があります。
一般には甲状腺が全摘されていることが前提です。ただし、日本ではこの治療を行える施設が非常に少なく、当院でも、他施設にお願いしております。
手術も不可能となった骨転移などで、痛みが強い場合には外照射を行うことはあります。
B.化学療法
未分化がんの治療の一環として化学療法が行われることはありますが、2015年から根治切除不能な分化がんや未分化がんに対して、分子標的薬が使用できるようになりました。
当科では、年間約60人程の甲状腺がんの手術を行っております。
ここ10年ほどは微少がんの手術を避けることを原則としておりますが、健診などで発見される機会が増え手術数は増加しています。
分化がんの10年生存率は95%を超えていますが、最近は高齢者のハイ・リスク癌が増えており、今後の動向が注目されます。
1年生存率が10%もないとされてきた未分化がんにも積極的に手術を含めた治療を考えております。