ツチノコ
目撃談などによる特徴
普通のヘビと比べて、胴の中央部が膨れている。
2メートルほどのジャンプ力を持つ。高さ5メートル、前方2メートル以上との説や、10メートルとの説もある。
日本酒が好き。
「チー」などと鳴き声をあげる。
非常に素早い。
尺取虫のよう体を屈伸させて進む、尾をくわえて体を輪にして転がるなどの手段で移動する。
いびきをかく。
味噌、スルメ、頭髪を焼く臭いが好き。
猛毒を持っているとされることもある。
テレビ番組などで、ツチノコ捕獲に成功したとする話も取り上げられるが、「たたりを恐れて逃がした」「死体が消えてしまった」といった理由で追求が打ち切られ、客観的にその存在を証明できた事例は無い。
仮説
獲物を飲み込んだ蛇説、新種または奇形の蛇説、青舌トカゲ誤認説などがあります。
河童
体格は子供のようで、全身は緑色または赤色。頭頂部に皿があることが多い。皿は円形の平滑な無毛部でいつも水で濡れており、皿が乾いたり割れたりすると力を失う、または死ぬとされる。口は短い嘴で、背中には亀のような甲羅が、手足には水掻きがあるとする場合が多い。
両腕は体内で繋がっており片方の腕を引っ張るともう片方の腕が縮み、そのまま抜けてしまうこともあるという。中国のサル妖怪「通臂猿猴」の特徴の通臂である。
肛門が3つある。体臭は生臭い。猿やカワウソのような姿とすることもある。 亀人形態と類人猿形態に二分される
仮説
現在でも稀に目撃情報がある。いくつかのミイラは捏造でしたが未だに解析していないものも多数あり。享和元年水戸藩東浜で捕まったとされる記述もあり詳細は不明。
ぬっぺふほふ(肉人)
文化時代の随筆『一宵話』に、ぬっぺふほふに似たものが現れた話がある。
1609年(慶長14年)、駿府城の中庭に、肉塊のような者が現れた。形は小児のようで、手はあるが指はなく、肉人とでもいうべきものだった。警戒の厳しい城内に入り込む者は妖怪の類であろうと思われたが、捕まえようにもすばやく動いて捕まえられない。当時の駿府城に住んでいた徳川家康が、その者を外へ追い出すよう命じたため、家来たちは捕獲をあきらめて城から山のほうへと追い出した。
後にこの話を聞いた薬学に詳しい者は、それは中国の古書にある「封(ほう)」というもので、白澤図にも記載があり、この肉を食べれば多力を得る仙薬になったと口惜しがったという。
仮説
肉の塊なので現存するミイラなどはありません。また非常にすばやく動くそうで捕獲したと言う記述もありません。都市伝説でも時々目撃情報があります。拍手(かしわで)を打つと動きが止まるとか。謎です。
人魚
最古の記録は619年とされており、摂津国(現・大阪府)で漁師の網に人魚が捕えられたという記述が『日本書紀』にある。
日本各地に伝わる人魚伝説は恐ろしいものとされることが多い。江戸時代の越中国(現・富山県)では、角を持った全長11メートルの人魚を人々が450丁もの銃で撃退としたといわれる。若狭国(現・福井県南部)でも漁師が岩の上に寝ていた人魚を殺した後、その村では海鳴りや大地震が頻発し、人魚の祟りと恐れられたという。
仮説
見間違い説、ジュゴン説など。ただ「八百比丘尼」の伝説や中世遺跡から出土した「人魚供養札」など実際に人魚が居て関わった為に起こったような話や書物、遺物もあるので謎である。
興味がある方は「人魚 ミイラ」で画像検索してみてください。ワンサカ出て来ますが人魚のミイラは殆どがグロテスクで閲覧注意なので一番安心して見れる画像を選んでおきました。
人面犬
その「目撃例」は、大別して以下の2種類に分かれる。
深夜の高速道路で、車に時速100キロメートルのスピードで追いすがり、追い抜かれた車は事故を起こす。
繁華街でゴミ箱を漁っており、店員や通行人が声を掛けると、「ほっといてくれ」と言い返して立ち去る。など。
更に人間の顔を持つ犬の民間伝承は、少なくとも江戸時代から存在する。
石塚豊芥子『街談文々集要』より「犬産人面狗」
江戸時代の文人・石塚豊芥子の著書『街談文々集要』によれば、文化7年(1810年)6月8日に江戸の田戸町で、ある牝犬の産んだ子犬の1匹が人間そっくりの顔であったという。1人の興行師がこれを聞きつけ、さっそく人面犬の見世物として売り出したところ、押すな押すなの大人気となった。当時、「梅毒患者は牝犬と性交すると治癒する」との迷信があり、その結果、産まれたのがこの人面犬だと噂された。
仮説
死んだ男性が犬に憑依した、元々霊的なもので霊感がある人にしか見えない、梅毒患者が「梅毒が治る」という迷信を信じて犬と交わりそれで生まれた人間と犬のハーフである、など。江戸時代のブームでは実際に見せてもらった記述もある。
タキタロウ
タキタロウ は山形県鶴岡市(旧朝日村)の大鳥池に生息していると言われている巨大魚で体長が2mから3mともいわれるが、捕獲例が非常に少ないので詳細は不明である。しかし、過去に何度も大型魚がこの大鳥池で目撃されており、何らかの大型魚が存在するものと考えられている。最も古い文献は、松森胤保『両羽博物図譜』(1885年)で、この中の「岩名」の項目に「大物ヲ瀧太郎ト云 五尺計ノモノ大鳥川ヨリ流レ来ルコト有ト聞ク」という記述がある。
1917年には、水門工事の際のダイナマイトによる爆破作業の際、2匹の大型魚が浮かび上がってきた。この2匹は2人の作業員が持ち帰ったのだが、4日間かけて食べたという話が伝承されている。その後、十数年おきに何度かタキタロウと思われる怪魚が捕獲されたという話が出ており、1975年には、矢口高雄の漫画『釣りキチ三平』の中で紹介され、全国的に名が知られるようになる。
最後に話題にあがったのは1985年で、刺し網に150cmほどの大型魚が捕獲された。それ以降は新しい発見例はない。
仮説
1985年で、刺し網に150cmほどの大型魚が捕獲された際、2人の専門家に鑑定を依頼したが、「アメマス系のニッコウイワナ」と「オショロコマに近いアメマス」という2つの返事があり、その正体ははっきりとはしなかった。日本各地に巨大魚の目撃例はあり巨大魚が生息する可能性は高い。類似のUMAで新潟県糸魚川市の高浪の池で目撃されたナミタロウが居ます。
タキタロウ画像を探していた時に見つけました。写ってる人は日本人のようなのでタキタロウかは不明ですが巨大魚が捕獲されたのは確実です。画像の詳細がわからないのが残念。