ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 [chapter:守護霊の呪文] クリスマスを間近に控えた十二月の半ば、ホグワーツは深い雪に覆われた。湖はかちかちに凍りつき、さすがのイツキも朝の日課の日光浴を諦めた。雪にはしゃいだ生徒たちは早速校庭で雪合戦をして遊んだ。ロンの兄の双子が、雪玉に魔法をかけてクィレル教授に付きまとわせ、ターバンの後ろでポンポン跳ね返るようにしたという理由で罰則を受けた話は、その日のうちにホグワーツ中に広まった。 クリスマスが近づくにつれホグワーツは一段と寒くなった。談話室や大広間には轟々と火が燃えていたが、廊下は隙間風で氷のように冷たく、身を切るような風が教室の窓をがたがた言わせた。スリザリン寮は地下室にあるので、特に冷え込みが激しく、イツキもカナタも、廊下を歩くときはいつも俺にぴったりとくっついて暖を取っていた。 誰もがクリスマス休暇を待ち望んでいた。ホグワーツからロンドン行きの汽車が出ることを知ったイツキは飛び上がって喜んだ。スネイプ教授は先週、クリスマス休暇に寮に残る生徒のリストを作成していたが、スリザリンの生徒でその用紙に名前を記入した者は少なかった。「クリスマス・イブは我が家のパーティーに招待するよ。父上と母上にぜひ紹介したいんだ」 魔法薬の授業の時ドラコがイツキとカナタに向かってそう言った。ビンセントもグレゴリーも毎年参加しているという。クリスマスパーティーに招待してもらうなんて初めてのイツキは、嬉しそうな笑みを浮かべた。「ありがとう、ドラコ。嬉しいな」「家に着いたら連絡をくれ。詳しい内容を教えるから」 しかし、イツキ達とはこんなに仲のいいドラコだったが、クィディッチの試合以来、彼はハリーたちとますます険悪な仲になっていた。クリスマス休暇にホグワーツに残るというハリーをからかったり、ハリーにちゃんとした家族がいないことを嘲ったりした。イツキもカナタもドラコのこういう悪質な意地悪には加わらなかったのでハリーたちとの関係は崩れなかったが、それがドラコにとっては面白くないのか、機嫌が悪いとカナタとハーマイオニーが魔法薬学でペアを組んでいることにケチをつけた。 魔法薬のクラスを終えて地下牢を出ると、行く手の廊下を大きな樅の木が塞いでいた。木の下から二本の巨大な足が付き出して、ふうふう言う大きな音が聞こえたので、ハグリッドが木を担いでいることが分かった。前を歩くハリーたちがハグリッドに話しかけている。「クリスマスの飾りつけかな?」「きっとそうだ。ホグワーツのクリスマスツリーは圧巻だ、って兄上が前に話していたよ」「どこに飾られるんだろう?」 イツキとカナタは心を躍らせていたが、ドラコはむすっとした表情で前を見つめていた。そして、ずいっと一歩前に出ると、気取った声でハグリッドに話しかけた。「すみませんが、そこどいてもらえませんか」 ハリーたちが嫌そうな顔で振り向いたので、イツキとカナタは顔を見合わせた。どうしてこう、ドラコはハリーたちに絡んでいくんだろう。「ウィーズリー、お小遣い稼ぎですかね? 君もホグワーツを出たら森の番人になりたいんだろう……ハグリッドの小屋だって君たちの家に比べたら宮殿みたいなんだろうねぇ」 その言葉を聞いた瞬間、ロンが自分の髪の毛と同じくらい顔を真っ赤にしてドラコに飛び掛かろうとした。胸ぐらをつかまれたドラコはややひきつった顔をしていたが、そこにスネイプ教授が現れ、ロンを一喝したので、ロンはしぶしぶドラコを掴んでいた手を放した。「スネイプ先生、喧嘩を売られたんですよ。マルフォイがロンの家族を侮辱したんでね」「そうだとしても、喧嘩はホグワーツの校則違反だろう、ハグリッド。ウィーズリー、グリフィンドールは五点減点。これだけで済んでありがたいと思いたまえ。さあ諸君、行きなさい」 スネイプ教授はよどみなく言い放ったので、ドラコ、ビンセント、グレゴリーはにやにやしながら樅の木の脇を通り抜けていった。「覚えてろ。いつか、やっつけてやる……」「マルフォイもスネイプも、二人とも大嫌いだ」 ロンがドラコの背中に向かって歯ぎしりするのを聞き、ハリーが苦虫をかみつぶしたような顔をするのを見て、イツキとカナタは少しすまなそうな顔をした。「ドラコのあれは性格なんだろうな。機嫌が悪いと僕にも噛みついてくるよ。魔法薬学でハーマイオニーと僕がペアを組んでいるのが気に入らないらしい」「まぁ、失礼しちゃうわ!」 ハーマイオニーが憤慨した声を出し、イツキがくすくすと声を出して笑った。「ドラコは嫉妬してるんだよ。何でも自分の思い通りにならないと気が済まないタイプだから」「嫉妬? あいつが?」「まあまあ、元気出せ。もうすぐクリスマスだ。さあ、一緒においで。大広間がすごいから」 ハグリッドがハリーたちを励ました。ぶつぶつ文句を言い続けるロンをなだめすかしながら、俺たちはハグリッドと樅の木の後について大広間に足を運んだ。大広間では、マクゴナガル教授とフリットウィック教授が忙しくクリスマスの飾りつけをしているところだった。「ああ、ハグリッド、最後の樅の木ね……あそこの角においてちょうだい」 大広間の眺めは素晴らしかった。柊や宿木が綱のように編まれて壁に飾られ、クリスマスツリーが十二本もそびえたっていた。星詠館のクリスマスツリーは毎年一本だったから、こんなにたくさんのツリーを見るのは初めてだ。小さな氷柱できらきら光るツリーもあれば、何百という蝋燭で輝いているツリーもあった。「うわぁ……すごいね、ラセン」 フリットウィック教授が魔法の杖からふわふわした金色の泡を出して、ハグリッドが持ってきた新しいツリーに早速飾りつけを始めるのを、イツキは目を輝かせて見つめていた。「飾りつけを手伝ってみるかね、ミスター・ナルセ」「いいんですか、教授」「ああ、きっと君ならできるだろう」 昼食が始まるまでの三十分間、イツキはフリットウィック教授にくっついて、大広間の飾りつけを手伝った。教授は泡を出したり氷柱を作ったりする魔法をイツキに教えてくれた。あまりにも楽しすぎたのか、イツキは俺にまで星の形をした飾りを施し、カナタが声を出して笑っていた。 ハリーたちは時間がある限り、ニコラス・フラメルについて調べているようだったが、成果は良くないようだった。イツキもカナタも、ホグワーツで守られているものが何であれ、自分たちには関係のないことだと思っていたので、積極的に彼らの調べものを手伝ってはいなかった。 翌日の朝早く、クリスマス休暇に帰省する生徒たちのための汽車に乗り込んだイツキ達は、その日の夕方にキングズ・クロス駅に到着した。ホームは生徒たちを迎えに来た親でごった返していた。みんな厚着をしている。「それじゃ、イブのパーティーで」「うん。良いクリスマスを」「君達も」 ホームの一番端に降り立つと、イツキはすぐにヒューとイーノックの姿を見つけた。ドラコとカナタにあいさつをし、軽い抱擁を交わすと、ヒューとイーノックに飛びつくように走っていった。カナタもドラコも迎えをすぐに見つけたようだ。汽車を降りる生徒たちは皆幸せそうな顔をして出口に向かっている。 来た時と違って荷物が少ない分、星詠館に帰るのは楽だった。イツキがヒューにつかまり、俺がイーノックにつかまると、二人はその場で姿くらましをした。イーノックの腕がぐるんと捻じれて引き抜かれてしまうような感覚がして、俺は力強く握りしめた。いつのまにか真っ暗な闇の中で、四方八方からぎゅうぎゅうに締め付けられているような感覚に気分が悪くなる。それをどうにか耐えると、一瞬身体がふわりと軽くなるような感覚がした。 しっかりと地に足がついた感覚を取り戻してから、俺は恐る恐る目を開けた。大きな螺旋階段が目の前にある。屋敷しもべ妖精が手すりを滑り降りながらクリスマスの飾りつけをしている……「ラセン、いつまでしがみついてるの? もう着いたよ」 イーノックの笑い声にはっと気が付いて、俺はイーノックの腕を慌てて離した。元の姿に戻ると照れ隠しに毛並みを整える。イツキが笑いながら俺を抱きしめた。「姿くらまし、何だか変な気分だったね」(ぎゅうぎゅう締め付けられて苦しかった)「そのうち慣れるよ。ほんの一瞬だしね」 俺とイツキが会話するのを眺めて、ヒューが笑っていた。 屋敷しもべ妖精たちがわらわらと集まってきて、イツキの荷物を受け取り、ヒューやイーノックのマントを手にした。 久しぶりの星詠館はとても美味しい匂いが漂っていた。 星詠館で過ごすクリスマス休暇は幸せに満ちていた。イリアは、イツキがクリスマスパーティーに誘ってくれるような友人を持ったことに大喜びした。ドラコの家のパーティーはそれはそれは豪華で、ビンセントとグレゴリーが何度おかわりしてもなくならないほどの料理がたくさん並んでいた。部屋の中央には巨大な樅の木が一本、丁寧に飾り付けてあり、ペットの孔雀さえも飾り羽根にクリスマスの装飾が施されていた。ドラコの両親がイツキをいたく気に入ったので、ドラコは大満足だったし、イツキも友達って素晴らしいね、と終始笑顔だった。 クリスマスの日には今までで一番の御馳走が星詠館の食卓に並んだ。まるまる太った七面鳥のローストはきっとホグワーツのご馳走にも負けない美味しさだろう。屋敷しもべ妖精はみんな服に星の形をしたバッジをつけてクリスマスのお祝いをし、互いにプレゼントを贈り合っていた。ヒューもイーノックも休みはずっと星詠館に滞在していたので、イツキの顔は緩みっぱなしだった。午後のティータイムには必ずイリアお手製のお菓子が並び、みんなイツキが語るホグワーツの話を興味深く聞いた。 さらに冬休みの課題をすべて終えた後、ヒューとイーノックが特別授業をしてくれると言った時のイツキの喜びようはすさまじかった。興奮して頬を赤らめ、ヒューとイーノックに交互に抱きついた。 久しぶりに入る星詠館の講義室はいつもの通り綺麗に整頓されていた。部屋の中は甘いチョコレートの匂いで満たされている。「守護霊の呪文は非常に高度な呪文だから、すぐにできなくても気にしなくていいからね」 イツキの目の前に立ったイーノックは、右手で杖をくるくる回しながら無邪気な笑みを浮かべてそう言った。俺はヒューと一緒に少し離れた場所に腰を下ろし、二人のやり取りを見守っている。ハロウィーンの日にイツキがトロールに襲われたのを知ってから、二人は絶対にこの魔法をイツキに教えようと思っていたのだという。「イーノック、真面目にやってくれ」「えー。僕はすごく真面目だよっ」 ヒューが呆れたため息をつくと、少し頬を膨らませたイーノックは、ヒューに向かって小さく舌を出して抗議した。「ヒューはね、この呪文がちょっと苦手なんだ」「……そういう情報はいいから」「でも本当でしょう? 守護霊の呪文はね、一番幸せだった思い出を渾身の力で思いつめた時にできるんだ」 イツキは幸せな思い出を辿りだした。一番幸せな思い出を探すのはなかなか難しかった。イツキの人生はいつも幸せにあふれていて、嫌なことの方が少なかった。しばらく考えて、イツキは初めてヴォルデモート卿と会話をした思い出に決めた。あの時の驚きと喜びが胸の中に溢れてくる。「呪文は、『エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ』だよ」「エクスペクト・パトローナム……」 イツキは口の中で何度か呪文を唱えた。ぐっと杖を握りしめる手に力が入る。「じゃあ、僕が一回やってみるね」 イーノックは軽快に杖を振り、呪文を唱えた。杖先から銀白色で半透明の光が飛び出したかと思うと、それは小さな子どもサイズの猿に姿を変えた。イーノックの周りをすばしっこく動き回り、それから俺とヒューの周りを飛び跳ねるようにしてくるくる回った。「僕の守護霊はリス猿の姿なんだよね」「一人一人違うの?」「うん。術を使う人によって形は変わるんだ。守護霊は希望とか幸福の塊だから、術を使う人の精神状態とか人間関係の変化とかでも変わるらしいよ」 イツキは初めて見る守護霊を赤い瞳でじーっとみつめ、自分の守護霊はどんな形をしているんだろうと想像した。「じゃ、やってみよう」「うん」 イツキは想い出に集中した。初めてヴォルデモート卿に逢った時、ヴォルデモート卿の目を覗き込んだとき……吸い込まれそうだと思ったあの気持ちが蘇ってくる。「エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ」 杖の先からしゅーっと銀色の煙のようなものが噴き出した。ヒューが少し驚いた表情を浮かべ、イーノックがにこにこと笑みを浮かべた。「凄い凄い!」 煙はすぐに消え去ってしまい、イーノックの守護霊のように形にはならなかったが、イーノックはイツキに飛びついて、イツキの頭をこれでもかというくらい撫でまわした。「……どんな形になるのかな、って思ったけど、形にならなかったね」「この調子ならきっとすぐに習得できるよ。だって、あの銀色の筋すら出すことができない魔法使いがいっぱいいるんだから」「もう一回やってもいい?」「もちろん」 今度は別の想い出でやってみよう……イツキはまた思考を巡らせた。ホグワーツので秘密の浴室を見つけた時の気持ちはどうだろう。大理石で作られた荘厳な浴室を見つけた時の興奮が頭の中によみがえってくると、すごく晴れやかな気持ちになった。「エクスペクト・パトローナム!」 イツキの杖から、また銀色の筋がすーっと飛び出した。今度はぼんやりとした霞のようなものが広がった。空中でうねうねと動きながらしばらくそこにとどまっていたが、イーノックのようにはっきりとした形にはならなかった。「二回目であそこまで行くか……」 イツキはうーんと唸っていたが、ヒューは感心してイツキを見つめている。俺が首を傾げてヒューを見上げると、ヒューはにっこりとほ微笑んで俺の額を優しく撫でた。「たぶん、イツキは次で成功させるよ」 ヒューの言うとおりだった。ハロウィーンの日の夜、夢の中に現れたヴォルデモート卿がイツキに初めて「誕生日おめでとう」言い、イツキを優しく抱きしめてくれた想い出が頭の中で強く思い描かれたとき、イツキが呪文を唱えた。杖先から出た銀色の筋は、すぐに大きな蛇へと姿を変え、イツキの周りを素早く動き回った。銀白色の美しい大蛇だ。首をもたげ、イツキをまっすぐに見つめるとイツキに礼をするかのように頭を下げた。イツキは手を伸ばしたが、イツキの手が触れる前に大蛇はすっと空気の中に掻き消えてしまった。 自分でも、まさか本当に守護霊が出てくるとは思ってなかったのかもしれない。イツキは守護霊に触れようとした自分の手をじっと見つめている。まだ実感がわいていない。 部屋の中にヒューが手を叩く音がこだました。「まさか初日でできるとは思ってなかったんだけど……」「イツキ、君、凄いよっ!」 イーノックがイツキに抱きついて初めて、イツキははっと顔を上げた。震えるような興奮が足元から徐々にイツキの全身に広がっていく。 ヒューが大きな板チョコをイツキに渡し、おめでとう、と握手をした。「……蛇?」「蛇だったね」「すっごく大きかった!」「父上のこと、思い浮かべたからかな?」 イツキはチョコレートの包み紙を剥がしながら呟いた。甘い香りがより一層強くなる。ぱきっと板チョコが折れる音がした。 イーノックがイツキを離すまで待ってから、俺はイツキの傍にのそのそと歩み寄っていった。イツキの出した銀白色の大蛇はきらきらとしていてすごく綺麗だったな、と思い返す。(すごかったよ、イツキ)「ありがとう、ラセン。でもなんだかまだ実感が湧かないよ」 イツキが俺にぎゅっと抱きついた。チョコレートの匂いがお日様の匂いと混ざっている。「さて、そろそろ先生が午後のティータイムだと呼びに来るころだ。イツキが上手に守護霊を作れたことを報告しなくちゃいけないね」「先生もきっと驚くよっ」 二人の言葉を聞くと、イツキはさっと頬を赤らめた。 イーノックが手早く講義室を片付け、三人は連れだって部屋を出た。ホグワーツと違い、星詠館は廊下も心地良い温度に保たれていた。しかしイツキは俺にぴったりくっついて階段を下りた。階段では、屋敷しもべ妖精たちがクリスマスの飾りつけを片付けている最中で、きらきら光る星型の紐や、ふわふわの綿に埋もれていた。 そして今のイツキの心は、クリスマスの飾りよりもずっと輝いていた。