漢方エッセイ肥満と漢方薬
【建設業労働災害防止協会発行「建設の安全」平成14年12月号 健康管理コーナー 14~15ページ】
食生活の欧米化や自家用車の普及に伴う運動不足により、肥満が深刻な問題になりつつあります。肥満は高脂血症、糖尿病、高血圧などの「生活習慣病」の原因であり、かつまた増悪因子となります。
また、これとは別に、女性のやせ願望には強烈なものがあり、客観的には肥満といえなくとも、やせたいという女性の甚だ多いことは男性諸氏の苦笑をいつも誘うところであります。しかし、女性が妊娠と更年期に体重増加をきたしやすいホルモン環境にあることは認識すべきです。男性でも、「生活習慣病」以外の、例えば事故などで傷めた足の関節の負担を減らす目的で、緊急な減量を要する病気もありえます。太ることは容易ですが、痩せることはとても難しいのです。
最近おこった中国製「やせ薬」による健康被害は、こうした背景と無縁ではありません。あの事件の原因は、人為的に混入させた、甲状腺末とフェンフルラミン(自然界には存在しない)のために生じたので、漢方薬とは何ら関係がないことを強調しておきたいと思います。ぬれぎぬを着せられた漢方薬こそいい迷惑なのであります。
もっとも、「中国製の薬でないと、やせられないのではないか?」との誤った、認識が現代日本人にあるために、あの事件が起こったのかもしれません。我が国では中国、韓国に比較すると、漢方薬に対する認識レベルが一般に低いと思われます。漢方薬であれば、あるいは自然の物であれば安全だといった、根拠のない妙な安心感があるように思われます。実際、漢方薬の作用は西洋薬に比較すればはるかに穏やかなものですが、副作用がないわけではありません。漢方薬に対するこうした無知は明治政府以来、教育行政レベルで漢方医学を100年以上教えてこなかった我が国の歴史に起因しています。しかし、状況は変わりつつあります。2001年春、医学教育コアカリキュラムの中に「和漢薬を概説できる」という一項が入り、全国各地の医学部で漢方医学の講義が開始されておりますので、こうした不毛の状況はこれから次第に改善されるのではないかと期待しています。
では漢方薬でやせられるのでしょうか?
答えはイエスでもあり、ノーでもあります。漢方医学的にみて、肥満には2種類あります。それは実性(じっせい)肥満と虚性(きょせい)肥満です。やさしくいえば、かた太りと水太りです。一般に、かた太りはやせやすく、水太りはやせにくい傾向があるようです。 かた太りタイプには防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)というお薬が減量に有効です。服用して食欲が低下する方は、それほどの努力を要さずに食事を減らしてやせることができるようです。現在通院している患者さんのデータでは服用後に食欲低下した方は平均体重80kgから8週間で3.3kg減量ができていました。しかし、服用しても食欲に変化のみられない方、つまり薬の効果よりも食欲が勝(まさ)ってしまった方では、体重に変化はみられませんでした。
また、個々の事例でみても、減量に成功した方は例外なく、摂取する食事量が減っておりました。すなわち、巷でよく喧伝される「食べる量が変わらなくても、やせることができる!」というクスリや治療法は現実にはありえないのです。それは手品のようなものでそこには必ずカラクリがあるはずです。そのようなケースが現実にありましたら、それは癌や感染症などなんらかの病気を持っているか、薬で体を傷めたかのいずれかでありましょう。こうした認識を、例えばお昼の、主婦がよく見るようなTV番組でどうして放送してくださらないのかと思います。
なお、この漢方薬には下剤が入っていますので、便秘傾向の方にはよろしいのですが、便秘のない方は最初は1日3回のところ1回から始めるなど慎重に服用してください。体に合わない場合には腹痛・下痢を起こす可能性があります。そういう場合はただちに中止するように指導してから処方をすることにしています。ちなみに私の施設では漢方医学的に患者さんの体質をみてから処方しますので、そうした副作用を呈する方はごくまれです。
この漢方薬により減量に成功する確率は服薬8週間で大体50%です。減量できた方も減量できなかった方も服用後に肝障害を呈した方はいませんでした。当たり前のことですが、これは最も大切なことです。
ただし、服薬をやめたら元のように太ってしまったという方もおられました。どれだけ服薬し続ければいいのかは、個人によって違いますので、中止後の体重の変化には注意が必要です。 さて、やせにくい水太りタイプには、防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)という漢方薬を用いる場合が多いのです。その効果ですが、肥満によって生じた膝関節の痛みなどには効くのですけれど、肥満そのものはご本人の努力がないとなかなか改善しないようです。 水太りタイプには「むくみ」を伴なう方がおられます。水分のとりすぎがある方は飲む水を減らさなければ、いかに利尿剤を飲んでも体重は変わるものではありません。また塩分のとりすぎ、これでも「むくみ」を生じます。一般に、塩は体内に入ると、水を作ります。塩辛い食事はそれだけでたくさんの水を摂取しているのと同じことになります。食事は全体にうす味にしませんと、「むくみ」はとれていきません。
産業医として勤労者をみておりますと、40~50歳代の男性勤労者には、過食・過飲・運動不足による肥満が大変多くみられます。原因はストレスによるものと思われますが、自ら肥満を解決しようとする姿勢のみられない方が甚だ多いことが問題です。当センターを受診する方の男女比も1:2で女性の方が多い傾向にあります。検診のたびに肥満あるいはそれに付随する高脂血症、糖尿病、高血圧を指摘されても、症状がないので真剣になって治そうとしない方が多いのは、残念ながら事実です。なぜ受診しないのか、なぜやせることができないのか、みなさん忙しいからと異口同音に言われます。確かに、この不況の中、頑張って働かざるをえない状況には厳しいものがあります。しかし、その一方で、忙しいことを口実にして、実は生活態度を改めたくないというのも、人の本心というものでありましょう。