エルデは張り巡らされた灰角質のように
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エルデは張り巡らされた灰角質のように

2016-11-26 02:57
    エルデはサボテンに頭を突っ込んだまま動かない。
    「何やってんだ?」
    「狼男の死んだふりごっこ」
    「あれは柵に突き刺さってただろ」
    「死神から逃れるためにな」
    「じゃあどうしてサボテンなんだ?」
    「これを書いてる奴の目の暗順応が遅すぎて、廊下のサボテン列に盛大に頭を突っ込んでトゲが刺さってるからさ」
    「はあ?」


    「サボテンがさっきからこっちを睨んでいるような気がする」
    「我々が奴に盛大に頭を突っ込んだことを恨んでいるに違いない」
    「そのうち、自立歩行して人食いサボテンになったりしないか?」
    「するかもな」


    エルデは海の上の街にいる。ファヴェーラに住まうプレイガール・ラビットと灰色のエルデ(偽者)が現実に浸食しないよう、ダブルクリップを首輪に挟んで「ムクルニャオ!」と奇妙な鳴き声を上げる猫を抱えているのだ。器官は腎臓であり、色彩はオレンジであり、象徴はニンフである。幸い、マッキントッシュを着こんだ男は追いかけてくることもなければ記憶を消される心配もなし。


    海の上の街はファヴェーラのように悪意をばら撒いたりしない、しかし孤独な場所だ。人の気配がするのに誰もいないのだから。僕は以前海の上の街に行く幻想を抱いてエルデに会いに行っていたけれど、泳ぐのは嫌いだから街の海岸で帰りの電車を待つ間、素足を海水に浸すことはあれど泳いだりはしなかった。そもそも水着を持っていないのだけれど。でももう会いに行くこともない。


    エルデは黒い外套のまま泳いでいることもある。「泳いでいる」と言っても、ただ海岸の線路近くの浅瀬をただ仰向けに、浮力に従ってぷかぷか漂っているだけだ。海水を吸って服が重たくはならないのだろうか?と僕は問うけれど、奴は一笑に伏すだけだった。

    「我が身は架空の存在、そしてお前が描く作品の登場人物なんだぜ?何でもありだろう?」

    そういえばそうだった。


    「この廊下にあるサボテン、あんまり棘がないな?」
    「葉肉が平べったい種類だからかな」
    「でも今日も廊下のカーテンを閉めるときに、またこいつにぶつかったろう」
    「ぶつかった」
    「そして棘は消えた」
    「うん、消えた」
    「つまり、お前の体内に棘が入った説とどこかへと去った説がある」
    「絶対後者だと願いたい」
    「サボテンの呪いだな」
    「人食いサボテンになるかもなんて冗談めかして言ってたのが、本当になるかもしれない?」
    「それが有力」
    「嘘つけこの外道」


    「おい」
    「………」
    「聞いてるのか?」
    「聞いている」
    「今はまだやめておけよ」
    「ぶちまけたくて仕方ないくせに。言い訳やダシに使おうとするなよ」
    「分かってるよ」
    「いいや分かってないな」


    「お前を都合の言い様に使おうが、そんなの僕の勝手だろう」
    「ははあん、図星か?お前も分かりやすい奴だな」
    「五月蠅い黙れやかましい」
    「……ああ、そうか。そういうことか」


    「(無言)」
    「都合が悪いとだんまりだ、お前の悪い癖はよく知っている」
    「そりゃ、君はそういう風に出来ているから」
    「ほら、またその話になる。都合のいいように辻褄を合わせるための言い訳だ」
    「やはりお前は毒されている。『灰色の感覚質』に」
    「何だ、それは?」
    「感覚質、クアリ、クオリア、マリーの部屋。色々言い方はあるが、感覚的体験に伴う独特かつ鮮明な質感のことだ。志向性と共に心の在り方を特徴づける概念、それを感覚質と呼ぶ」


    「例えば、日常生活でどんな感覚質がある?」
    「本当に些細なものだ。『自分が感じたこと』がそれぞれ感覚質といえる」
    「君と対話していることは感覚質に入るのか?」
    「いいや、入らない。あくまでも外部からの刺激を指すからな、こうした内省的で不毛な会話は含まれない」
    「『音楽を聞いていると心地がいい』は?」
    「当てはまるな」
    「何だ、『感じたこと』全般に言えることなのか」
    「噛み砕いて表現するならば」


    「じゃあ、さっき君が言った 『灰色の感覚質』って何なんだ?何故色の名前がつく?」
    「この間、『灰色のエルデ』が起こしたことを忘れたか」
    「………ああ、あいつ。君の偽者だったな。見事にスクラップと化したけど」
    「だけど君が消しちゃったでしょう。君が一人いるだけでもアレなのに、増えるのは困る」
    「そもそもの話、あいつは悪意の塊だから二度と現れないとは限らんぞ。あの時はあんな姿で現れたが、お前の姿を取ったっておかしくはなかった」
    「……そんなに厄介な奴とは知らなかったな」
    「だろうな、教える前に直接お前に接触を図ってくるとは予想外だった」
    「それで、その『灰色のエルデ』と『灰色の感覚質』は関係あるのか?」
    「関係あるも何も、奴を一時的に消滅させたところでまた悪意を糧に蘇るぜ。今は実体化出来ずにいるが、それでも悪意をばらまいて様々なところで影響を及ぼす。それが『灰色の感覚質』だ」


    「今、君と対話しているこの瞬間にも僕は『灰色の感覚質』に毒されている?」
    「自覚出来ているのなら問題はない。でもこのエルデが説明するまで、お前はそれに気付かなかった」
    「なあ、君は『灰色のエルデ』じゃないよな?」
    「そうじゃない、と言って確証が持てないのであればこのエルデは偽者だろう。残念なことに答えは肯定だ。我が身はゼトイエルデ以外の何者でもなく、お前の忠実なる幽霊でしかない」


    「そういえば、目の色灰色だったもんな。あいつ」
    「何だ、分かっていたのか。だったらわざわざシンセサイザー・ハンマーでぶちのめす必要はなかったな」
    「君、なかなか手酷い言い方をするね」














    「それで?あのサボテンどもの種類は?」
    「オプンチアとヒモサボテン」

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