ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 「ったく。風呂場で遊ぶなっての」「ははは。刀の身で風呂など浸かればすぐさま錆びてしまうからな。体の大小に関係なく人の身を得たことを楽しんでしまうのだろう。俺も、風呂は好きだ」「風呂で背中流されんのが、だろ」「うむ。知識としては知っていたが、体を洗うという発想がなくてなぁ」「水かぶって終わりにしようとしてたのを、短刀に見られたんだったか。ははは、そりゃあおれだって見たら目ェ剥くだろうよ」 思わず歯を見せて同田貫は笑った。おかしいのだ。この美貌の刀剣ときたら、生活感がまるでない。「わかった、わかった。洗ってやるよ。髪も流したいか」「! 頼みたい。燭台切がな、しゃんぷうというものを貸してくれたのだがそれが心地よくてなあ、どらいやあは音がやかましくてつい目をつむってしまうが、あのしゃんぷうというやつはよいものだ」「ああ、気にいったのか」 真剣な三日月の様子がおかしくて、思わず同田貫はにやける口元を手で隠す。「正国も、石鹸でなくしゃんぷうを使うがいいぞ。泡立ちもよいし、髪の毛が絡まらん。いやはや、おれの知る時代では米の研ぎ汁で濯いだりしたものだが、人というのは面白いものだなあ。便利な知恵を生み出すものだ」 それを見るだけでなく、実感するのが楽しいのだろう。子どものようにはしゃいだ目がきらきらするのを見て、こんなにも―――「神」を体現した姿である付喪神たちの象徴のような存在が―――ひとつひとつに感心し、それを楽しんでいると同田貫まで面白くなってしまうのだから、ふしぎだ。 回廊を横並びに歩きながら風呂場へ向かう。同田貫たちのように、風呂を好む刀剣男士は少なくない。娯楽や息抜きの一つと考えるのだろう。特に一緒に入ると大波小波を作ってくれる岩融と御手杵は、その具現化した姿につられてかどこか幼さを残す短刀達から絶大な人気を誇る。ざぶんと湯船に飛び込めば突然海が現れるのだ。 脱衣所についたところでくるりと三日月が振り返る。同田貫は当たり前のように手を伸ばした。視線でしっかりと動くなよ、と意思を込めれば三日月は心得たといわんばかりにまっすぐぴんと背筋を伸ばし、行儀よく立ったまま。(脱ぐのは出来るはずなんだ、脱ぐのは) わかっていながらついつい、脱衣すらもたつく三日月を見るに見かねて同田貫は世話を焼いてしまう。 華美にして豪奢な装束だから、というのは理由にならない。三日月はなぜその衣装を纏って現世に降り立ったかと疑問に思うほど、己の着替えが下手くそである。 もうこの男の衣を脱がしてやるのも慣れた。紐をほどいてゆけば全部地に落ちるような仕組みだというのに、いつまで経っても遅い。いや、審神者の時代でいうところのマイペース、というやつなのだろう。それも究極のマイペースである。ひそかに同田貫らは、この三日月の時間の使い方を「三日月時間」と呼んでいる。「そら、いいぞ」「助かる。ありがとう、正国」 全裸でありながらも丁寧な所作で礼を言う三日月は、頭のてっぺんから足の指までうつくしい。 つけ慣れていないせいか、下着と呼ばれるものまでは身につけておらず、わざわざかがんで褌を解いてやらずに済むのは果たして幸運といえるのか、はたまた悪運なのかはわからない。やめたのだ。こうして、なんだかんだと三日月の面倒を見てやるようになって同田貫は深く考えることをやめた。 なぜ、実戦刀である自分が甲斐甲斐しく平安うまれの古く美しい刀剣を、小姓のように面倒を見てやっているのか、とか。そういったことはもう考えない。 どうせ手が出てしまうのだから、これはもう本能に近いものだと思うことにした。おそらく、同田貫正国は自分が思う以上に面倒見のよい性質なのだ。果物の皮をはぐようにぺろりと剥かれた三日月に、髪飾りは自分で外すよう促し、自分の着物もぱぱっと脱ぎ落していく。真面目な性格の平野藤四郎や、打刀へし切長谷部あたりが見ていれば慌てるか眉をひそめるだろうが、ここはふたりだ。気にはしない。どうせ三日月も皺になったところで袖を通すぶんには気にも留めないだろう。焦るのはまわりだけなのだ。 さっさと風呂場の戸をくぐれば、ぺたぺたと足音が追ってくる。普段は静かに、まるで地に足をつけていないかのごとく楚々と歩くというのに、風呂場の水がしめった音が好きなのかわざと音を立てる。本当に三日月という刀は、自分ではじじいだと笑うがやることは幼子だった。 きちんとかけ湯をしないと叱られるので、流す。同田貫も粗野ではあるが、礼儀はきっちりと守るほうだった。集団で使うものは、同田貫のものではない。自分の着物は脱ぎ散らかすが、湯殿は綺麗に扱う。 木で作られた簡素な椅子にちょこんと腰かける三日月に頭から湯をかけてやると、んん、と気持ちよさそうに声がした。 容赦なくかけてやるのだが、文句は一つも飛んでこない。せいぜい行儀よく面倒を見てもらっている。濡れそぼった髪に触れてやるとくすぐったように肩が小さく笑った。 指の腹で頭皮を軽く指圧してやり、三日月が指さす容器に入った液体を手に取る。ぬるりとした感触は糊とも油とも違う。なにより花のような香りがする。 音を立てて頭を洗いはじめると、ふあ、と気持ちよさそうな間抜け声が聞こえ始めた。泡が目に入らぬよう、きゅっと閉じられた瞼と、長い半月を描くまつげ。 上から覗き込んでも綺麗な男だ。前髪を後ろに撫でつけてやると、これまた綺麗な額が剥き出しになる。「流すぞ」 そういうと、ちょっと不満そうに三日月の柳眉がしかめられた。よほど指圧が気持ちよかったとみえる。だが、燭台切いわく「しゃんぷう」も所詮刺激物の入った洗剤なのだから、あまり刺激し続けてはいかな刀剣男士といえど人の身、あまりよくないのだそうだから、甘やかすわけにはいかない。 ぴんと秀でた額を指ではじくと、いたい、と三日月の唇が動いた。痛いだなんて少しも思っていないだろうに、無邪気な真似をする、