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カルボン酸誘導体の化学

カルボン酸のカルボキシル基に結合しているヒドロキシ基をヘテロ原子(炭素と水素以外の原子)で置換した化合物群をカルボン酸誘導体といいます。代表的なカルボン酸誘導体にはエステル、酸ハロゲン化物、アミドがあります。アミドはカルボン酸から直接誘導できないためエステルや酸ハロゲン化物を経由することで合成します。

ニトリル以外のカルボン酸誘導体はカルボキシル基のヒドロキシ基をハロゲンやアルコキシ基に置換した構造をしており、カルボン酸からヒドロキシ基を除いたR-CO-の部分をアシル基といいます。

酸化数でカルボン酸と同等の炭素原子をもつことから求電子性があり、求核置換反応の基質となります。カルボン酸やカルボン酸誘導体が基質となる求核置換反応は求核アシル置換反応といいます。1-21. カルボン酸で述べたエステルや酸ハロゲン化物の合成反応も求核アシル置換反応の一種です。


Fig. 1-85 求核アシル置換反応の反応機構(クリックで拡大)

カルボン酸誘導体の反応性

酸ハロゲン化物や酸無水物が基質となる求核アシル置換反応はFig. 1-85の反応機構で表すことができます。Lは脱離基、Nu-は求核剤です。

脱離基の電子求引性が強くカルボニル炭素が十分に分極している場合はFig. 1-85に示した通りに反応が進みますが、弱い場合は酸の存在下で酸素原子をプロトン化して求電子性を強める必要があります。フィッシャーエステル合成反応に酸触媒が必要なのもそのためです。

カルボン酸誘導体の反応性を決める要素は大きく二つあり、ひとつは前述したカルボニル炭素の求電子性、もうひとつは脱離基の脱離能です。脱離能は脱離したアニオンの安定性で決まります。言い換えるとアニオンの塩基性が弱いほど脱離しやすいということになります。


Fig. 1-86 代表的なカルボン酸誘導体の反応性(クリックで拡大)

酸ハロゲン化物は触媒なしでも容易に求核アシル置換反応を起こしますが、アミドは強酸あるいは強塩基の存在下でなければ反応しません。また、求核剤の塩基性が脱離するアニオンの塩基性を下回っていた場合は中間体(Fig. 1-85中央)の時点で逆戻りしまうため見かけ上は反応しません。

カルボン酸誘導体の反応性をうまく説明するのは意外と難しく、文献によってはどちらか片方の説明しか書かれていない場合があります。もしカルボン酸誘導体の反応性を説明せよという問題が試験に出た場合は両方の答えを書くのが無難です。

しかし実際はアニオンの塩基性が弱い脱離基ほど電子求引性が強く脱離能が高い傾向があることから単純にアニオンの塩基性が反応性に関係しているという理解で十分ではないかと思います。

エステル

エステルはカルボン酸とアルコールが脱水縮合した構造の化合物で、一般式はR-COO-R'で表されます。合成法はカルボン酸とアルコールを出発物質とするフィッシャーエステル合成反応の他に、より反応性の高い酸ハロゲン化物や酸無水物を基質として効率よく合成するショッテン・バウマン反応が知られています。

低分子量のエステルはバナナやリンゴ等の果実に香気成分として含まれていて心地よい香りを呈します。酢酸とエタノールが脱水縮合した酢酸エチルCH3COOCH2CH3はバナナの香気成分の一種で除光液にも含まれます。また、有機化学の実験では溶媒としてよく使われます。

高分子量のエステルで代表的なものはグリセリンと脂肪酸が脱水縮合した中性脂肪(トリアシルグリセロール)です。詳しくは次項で述べます。

ヒドロキシ基をもつカルボン酸(ヒドロキシ酸)が分子内脱水縮合した環状のエステルはラクトンと呼ばれます。

エステルが基質となる反応には求核アシル置換反応の他にヒドリド還元、グリニャール反応、クライゼン縮合があります。

求核アシル置換反応の例としてはエステル交換反応、アミド化反応、加水分解が挙げられます。エステル交換反応は酸あるいは塩基性条件下でエステルにアルコールを反応させるとエステルのアルコール部分が置換する平衡反応です。

アミド化反応はエステルとアミンR-NH2を混合して加熱するとアミドR-CONH-R'が生成する反応です。アミンの非共有電子対がカルボニル炭素を求核攻撃することで反応します。

加水分解は読んで字のごとくエステルに水を作用させてアルコールとカルボン酸に分解する反応です。エステルは酸または塩基性条件下で水が存在すると分解します。酸性条件下での分解はフィッシャーエステル合成反応の逆反応であると考えてください。したがって平衡反応です。塩基性条件下では水酸化物イオンが求核攻撃して脱離したアルコキシド(アルコールの共役塩基)がカルボン酸からプロトンを奪うため不可逆反応です。

エステルのヒドリド還元はカルボン酸の場合と同様に水素化リチウムアルミニウムLiAlH4を用います。反応機構はカルボン酸の場合とほぼ同じで、水酸化物イオンの代わりにアルコキシドが脱離します。すなわちエステルのアルコール部分が脱離してカルボン酸部分は対応するアルコールにまで還元されます。

前述した4種類の反応をまとめてFig. 1-87に示します。


Fig. 1-87 エステルの加水分解(上)、アミド化反応(左)、エステル交換反応(右)、ヒドリド還元(下)(クリックで拡大)

エステルはカルボニル基をもつためグリニャール反応の基質となり、第三級アルコールを生成します。(Fig. 1-88) 詳しい反応機構は省略していますが、ここまで読んで頂いた読者の方は容易に想像がつくのではないでしょうか。矢印の部分に書いている1)、2)というのは最初にグリニャール試薬を反応させて次に酸で加水分解するという意味です。


Fig. 1-88 エステルのグリニャール反応(クリックで拡大)

エステルのグリニャール反応がアルデヒドやケトンの場合と異なる点は一度反応してアルコール部分を脱離させてからもう一度反応するということです。アルキル基は脱離しないので第三級アルコールまで反応が進みます。そのため基質であるエステルを完全に第三級アルコールに変換するには2等量のグリニャール試薬が必要です。

さて、以上は全てエステルが求電子剤として振舞う反応です。しかし塩基性条件下ではエステルのα水素(カルボニル基に隣接した炭素原子に結合している水素原子)がプロトンとして解離して負電荷を帯びるため求核剤として振舞うことができます。こうしてエステル同士が縮合し、β-ケトエステルとアルコールを生成する反応をクライゼン縮合といいます。


Fig. 1-89 クライゼン縮合(クリックで拡大)

反応機構はFig. 1-89に示したとおりで、これも求核アシル置換反応の一種であると言えます。求核剤と求電子剤がそれぞれ異なるエステルの場合は交差クライゼン縮合と呼ばれます。また、二つのエステル結合をもつ化合物が分子内でクライゼン縮合する場合はディークマン縮合と呼ばれます。

チオエステル

チオエステルは単純にエステルのアルコール部分の酸素原子を硫黄原子で置換した化合物で一般式はR-COS-R'です。酸素と硫黄は同じ第16族元素ですので6個の価電子を持ち、2個の電子を共有することでオクテット則を満たします。

「チオ」はチオールを意味します。チオールとはアルコールのヒドロキシ基-OHをチオール基-SHに置換した化合物で、低分子量のものは非常に嫌な臭いがするため都市ガスの臭い成分として使われています。

チオエステルは硫黄原子の原子半径が酸素原子と比べて大きいことからエステルよりも反応性が高いですが、有機化学ではあまり使われません。

しかし生体内ではその反応性の高さが重要で、チオールの一種である補酵素A(コエンザイムA)に様々なアシル基がチオエステル結合したアシルCoAは糖や脂質、アミノ酸を代謝する際にアシル基を運搬する役割を担っています。特に補酵素Aにアセチル基が結合したアセチルCoAは代謝の中心的存在であると言っても過言ではありません。

エステルと同様にチオエステルもクライゼン縮合の基質となります。アセチルCoA2分子をクライゼン縮合させたアセトアセチルCoAはコレステロールやケトン体の前駆物質です。詳しくは第二章のTCA回路や脂質代謝で述べることにします。

酸ハロゲン化物

酸ハロゲン化物はカルボン酸誘導体の中で最も反応性が高く、加水分解するも良しエステルやアミドを合成するも良し、さらに酸無水物の合成にも使える優れものです。

カルボン酸の項で述べたようにカルボン酸に塩化チオニル等の求電子性ハロゲン化剤を反応させると得られます。

水酸化ナトリウムの存在下で酸ハロゲン化物にアルコールを反応させるとエステルが、アミンを反応させるとアミドが高い収率で得られます。脱離したハロゲン原子はナトリウム塩となるため廃液処理が容易であるという利点があります。この反応はショッテン・バウマン反応と呼ばれます。

酸ハロゲン化物が基質となる重要な反応にフリーデル・クラフツ アシル化反応があります。酸ハロゲン化物に塩化アルミニウムAlCl3等のルイス酸を配位させて反応性をさらに高め、芳香族求電子置換反応(1-17. 芳香族を参照)の求電子剤として芳香環にアシル基を導入する反応です。(Fig. 1-90)


Fig. 1-90 フリーデル・クラフツ アシル化反応(Phはベンゼン環であるフェニル基)(クリックで拡大)

この反応の特徴としては生成物に二度目の反応(ポリアシル化)が起こりにくいことが挙げられます。それはカルボニル基が共鳴効果で芳香環から電子を求引して不活性化させるからです。

他には酸ハロゲン化物にカルボキシラートアニオン(カルボン酸塩の共役塩基)を求核剤として反応させると酸無水物が得られます。

酸無水物

酸無水物は2分子のカルボン酸が脱水縮合した構造をもつ化合物で、一般式はR-CO-O-CO-R'で表されます。エステルと酸ハロゲン化物の中間の反応性をもつことからエステルやアミドの合成に用いることができます。

合成法は前述した酸ハロゲン化物にカルボン酸塩を反応させる方法のほかにカルボン酸にケテン類R-CH=C=Oを反応させることでも得られます。ケテン類はカルボン酸を熱分解して得られる化合物で、カルボキシル基とα炭素からそれぞれヒドロキシ基と水素原子が脱離することで生成する強力なアシル化剤です。

ジカルボン酸(2つのカルボキシル基をもつカルボン酸)は加熱することで環状の無水物が生成します。例としてはマレイン酸((Z)-ブテン二酸)を加熱して得られるマレイン酸無水物が挙げられます。(Fig. 1-91)


Fig. 1-91 酢酸無水物とマレイン酸無水物

酢酸無水物はIUPAC命名法では無水酢酸と命名されていてこの呼称も一般的です。しかし私の恩師は氷酢酸(水が混入していない純粋な酢酸)との混同を避ける意味合いで無水-ではなく-無水物という呼称を推奨しておられたため、これだけは知っていてほしい恋愛の話でもそれに則って後者を用いることにしています。

アミド

アミドはカルボン酸とアンモニアNH3あるいはアミンR-NR'R''が脱水縮合した構造の化合物で、エステルよりも反応性が低いことが特徴です。この反応性の低さは生体内において非常に重要な意味があります。

酸ハロゲン化物や酸無水物、エステルにアミンを求電子剤として反応させることで合成が可能です。尚、カルボン酸とアミンから直接アミドを合成することはできません。なぜならカルボン酸がアミンをプロトン化して塩を形成してしまうからです。

生体内において最も重要なアミドはタンパク質です。タンパク質はα-アミノ酸がアミド結合で多数重合したポリマーで、α-アミノ酸同士のアミド結合は一般にペプチド結合と呼ばれます。タンパク質が生体を構成し、酵素として様々な生化学反応を触媒できるのはアミド結合が安定であるからに他なりません。タンパク質については1-26. ペプチドとタンパク質で詳しく述べます。

分子内にアミド結合を持つ環状の化合物はラクタムと呼ばれます。環状エステルがラクトンで環状アミドはラクタムです。よく似ていますが混同しないようにしてください。

アミドは窒素原子上の置換基の数から第一級、第二級、第三級に分類することができます。第一級アミドはR-CONH2、第二級アミドはR-CONHR'、第三級アミドはR-CONR'R''の一般式で表されます。

アミドを強酸または強塩基性条件下で加水分解するとアミンとカルボン酸になります。また、水素化リチウムアルミニウムを反応させるとカルボニル基がメチレン基-CH2-に還元されて対応するアミンが得られます。

第一級アミドを五酸化二リンで脱水するとニトリルR-C≡Nが得られます。

ニトリル

ニトリルは前述したように一般式R-C≡Nで表される化合物で、アシル基をもたないためカルボン酸誘導体の中では別格であると言えます。

官能基としてシアノ基-C≡Nを持ち、シアノ基の炭素原子の酸化数はカルボン酸と同等なので分類上はカルボン酸誘導体とされています。炭素原子と窒素原子はspに混成していてα炭素から直線上に並んでいます。

合成は前述した第一級アミドの脱水のほかにハロゲン化アルキルと青酸カリKCNを反応させることでも得られます。

ニトリルを水素化リチウムアルミニウムで還元すると第一級アミンが生成します。強酸または強塩基性条件下で加水分解するとカルボン酸が生成し、条件を調節することで第一級アミドを得ることができます。

ニトリルの多くは人体にとって有害です。なぜなら肝臓のシトクロムP450で酸化される際に猛毒の青酸イオンCN-を放出するからです。また、合成繊維であるのポリアクリロニトリルや瞬間接着剤の成分であるシアノアクリレートが不完全燃焼することでも青酸ガスHCNが発生します。

燃焼で発生する青酸ガスによる被害は1990年3月18日、兵庫県尼崎市のスーパーマーケット「長崎屋」で起こった長崎屋火災が有名です。4階のカーテン売り場から出火し、カーテンの素材であるアクリル繊維の燃焼により発生した青酸ガスが5階に充満し15名の犠牲者を出しました。

アクリル繊維は衣類や寝具にごく普通に使われている素材です。もし寝タバコをしてそれらに着火すると青酸ガスが発生し、中毒死する恐れがあります。アクリル繊維でなくても寝タバコは絶対にやってはいけません。難燃性の表示があったとしても気休め程度ですのであてにしないほうが無難です。

電子機器の基板にチップ部品を実装する際、ハンダ付けする前に汎用の瞬間接着剤で仮止めしている方は少なくないでしょう。私もその一人ですが、ハンダ付けする時に出る煙はかなり目にしみます。あの煙は青酸やそれに類するガスを含んでいますので換気を十分に行わなければいけません。

天然のニトリルはバラ科植物の未熟な果実に含まれるアミグダリンGlc-β1-6-Glc-CH(CN)-Ph(Glcはグルコース、Phはフェニル基)が有名です。アミグダリンを経口摂取すると消化酵素のβ-グルコシダーゼによる分解を受けて青酸イオンが遊離し、毒性が発現します。そのため未熟なウメやアンズの実を食すると中毒を起こす恐れがあります。

さらに恐ろしいことに毒であるアミグダリンをサプリメントとしてあたかも体に良いものであるかのように見せかけて売っている業者があります。前述したとおりアミグダリンは毒物であり、健康に良いどころか中毒による死亡例さえ報告されています。

酷いものではビタミンB17と称してがんに効くという謳い文句でアミグダリンを売っている業者もあります。アミグダリンはそもそもビタミンではありませんしがんに効くことも科学的に証明されていません。いわゆる似非科学です。

日本にはこのような似非科学が多く蔓延っています。これだけ似非科学が台頭している原因は日本の科学リテラシーが低く騙されやすい人が多いからに他ならず、一般庶民に科学的な知見を無償で提供して社会全体の科学リテラシーの向上を図ることもこれだけは知っていてほしい恋愛の話の重要な使命であると考えています。

(2010/02/16)