テーゲル空港に着いた時、実はスーツケースを取らずに出口を通過してしまうというとんでもないヘマをやらかしていた。断っておくが、あんなでかい荷物の存在をすっかり失念していたわけではない。言い訳がましいかもしれないが、テーゲル空港の設計はおかしい。それとも私がおかしいのだろうか。いや、入国審査の列に並んでいた時、日本人観光客を起筆れたツアーガイドが「テーゲル空港の設計はおかしい。」とぼやいているのを耳にしたから、やはりおかしいのだろう。なんというか、不便というか、わかりにくい。頭が悪そうなのである。例えばだ。これまでヨーロッパの主要空港からメキシコ僻地の空港まであらゆる空港を経験してきたが、どこであってもまず飛行機を降りると(パスポートコントロールがある場合はそれを抜けると)、次にターンテーブルの区画があり、そこで手荷物を受け取ってから出口に進む。理に適っている。だけどもテーゲルの場合(降りたゲートによるのかもしれないが)、出口の前にターンテーブルを一切見ない。ここではターンテーブルは出口の前に用意されているものではない。自らの力で見つけ出さなければならないものなのである。

え、ここ出口?お出迎えの群衆に遭遇してようやく異変に気付いた私はすぐに警備員に「手荷物忘れた!もう一回入れてちょうだい!」と懇願するが、「無理。入れられない。」の一点張り。仕方ない。そのようにして空港の治安が維持されているのなら、私も従わなければならない。インフォメーションで事情を話すように言われる。そして悪夢は始った。悪名高き、ドイツ流おもてなし。インフォメーションでもルフトハンザのデスクでも、人の目を見て話すのも面倒臭い女性従業員に対応され、たらい回しにされる。そして行き着いた先は薬局の裏、小さなオフィス。手荷物関係の問題を専門に処理しているようだ。ここの従業員も、愛想の無さにかけては私の期待を裏切らなかった。

いじけてしまうほど、物凄く意地悪なおばちゃんだった。私生活の不満を全力で仕事にぶつけているに違いない。

兎に角。無事電話は繋がり、受け渡し時間を遅らせることが出来た。オフィスを去る私、「多大なるご協力ありがとう!」と捨て台詞を吐く。(でも六割は正真の感謝。)この時、既に午後六時半。日はほぼ落ちていた。気丈に振る舞っていたものの、やはり気落ちしている。着いた早々からこんな凡ミスをして、その上ドイツ人のサービス精神が皆無な部分をありありと見せ付けられるなんて。

到着遅れや取り忘れの手荷物が続々と集まるバゲージサービスは、若い娘さんたちで切り盛りされていた。口調も対応も優しくて、前途のおばちゃんたちの後ということもあり、私の目にはアフロディーテだかその太鼓持ちの天使のように映った。「あなたもスーツケース取り忘れたの?よくあるのよね、この空港。」だって。ほら、やっぱり皆うっかりして忘れるのだ。後ろに日本人がいたので話しかけたところ、彼女も手荷物なしで出口を通過したらしい。テーゲルは初めてじゃないのに…と気を落とされていた。(そんなに頻繁に起こるんだったら、出口付近に『ここは出口です。スーツケース、お忘れではないですか?』のサインを空港側は設置すべきだ。そのほうが彼らの仕事も増えないで済む。しかしここはドイツ、ベルリン。他人を思いやる精神がないというか、気が利かないというか、すべてが病的なまでに『自己責任』の世界だ。) 

しかし。私の手荷物はここにまだ届けられていなかった。「私のスーツケース、本当にベルリンにあるの?」と怪しんで聞くと、「ある。係の人がまだ持って来ていないだけ。」と自信満々に返される。「明日滞在先まで届けてあげるから今日はもう行って」と言われるが、スーツケースに着替えなどの一切を詰めていたので、どうしても今夜受け取りたい。よって、ぎりぎりまで待つことにした。一時間が過ぎ、二時間が過ぎる。待てど待てど、手荷物は来ない。だめだ。このままでは、スーツケースが手に入っても鍵の受け渡しに遅れる。泊まる場所がなくなる。後ろ髪を引かれる思いで立ち去ろうとした瞬間、おばちゃん係員に引き止められる。あまりにも時間が掛かり過ぎているのを不信に思った彼女は、私の手荷物の居場所をパソコンでチェックしてくれた。(え、今更⁈)

「あー。あなたの荷物、まだフランクフルトね。今日の夜11時にベルリン到着よ。」

やっぱりここ(ベルリン)にないじゃん。そりゃ荷物がないわけだよ。二十歳の時にオランダで遭って以来、久しぶりのロストバゲッジ。ドイツ、手際の悪さに抜かりなし。

まとめ。今回のアクシデントを高次元の存在からの忠告として、私は肝に銘じることにした。『この空港の外、バトルロワイアル。夜道では背後に気をつけよ』。ここに温室のような日本人の思いやりは存在しない。私、覚悟を決める。大臀筋も締める。落胆しちゃいけない。何度も来ている欧州、利便性については何の期待もしていない。ゼロどころか、マイナスを切っている。私を失望させたいのならさせてみろ、ドイツ連邦共和国。私なりにこの不便な生活を謳歌してやるのだ。

タクシーで滞在先まで来ると、たどたどしい英語を喋るニイちゃんから部屋の鍵をもらった。(比較対象がどうしても住んだことのあるオランダになってしまうが、ドイツ人の英語はオランダ人のそれほど流暢ではない印象。オランダ人の英語力も凄いと思うが、やはりドイツ人は英語がそれほど達者ではないだけ自国の文化が確立されているのだろうな、と思う。)タオルと石鹸は持参することが条件だったので、どちらも手元にない今夜、シャワーを浴びずに寝るしかない。しかも普段着のままで。昼から何も口にしていなかったが、疲れていて空腹は感じなかった。寝る前に日本の家族にメールを送っておいた。

「なんとか無事に着きました。」

日本のおもてなし精神は国宝級だと思います。」

ドイツ生活0日目。始まり、始まり。皆さま、テーゲル空港ではくれぐれもお気をつけて。短い人生、無駄なことに貴重な時間を消耗せぬよう尽力すべし。