「予見」を考える 第三回:
遺伝子ビジネスにみる「先読み」の需要~漠然とした不安を数値化する~

「先読み」を可能にしたゲノム解読

2003年、日、米、英、仏、独、中の6カ国が、共同プロジェクトとして取り組んできたヒトゲノムの解読が完了した。
解読して、何がわかったか。
約30億個におよぶヒトのゲノムの塩基配列がわかった。ヒトという生き物の設計図が、どうなっているかがわかったわけである。
また、設計図の全体像がわかったことで、03年は、「ヒトの設計図を知ろう」というステージから、「遺伝子の具体的な機能を解析しよう」というステージに進むターニングポイントとなった。解読完了後の6カ国首脳の共同宣言にも、「地球上の全ての人々がより健康でいられる未来を建設するための重要な一歩を踏み出した」とある。
遺伝子のなかには、個人の病気や老化などに関わる情報が含まれている。それを読み取れば、将来的に起こりうるリスクが明らかできる。つまり、リスクを「先読み」して、対策することができる。
この分野の研究は、いまのところアメリカが先行を続けている。というのも、アメリカはゲノム解読完了後も、国家規模プロジェクトの扱いで、遺伝子解読のための技術を高めてきたためである。
そのかいあって、ゲノムを構成するDNAの塩基配列を解読する機械が次々と誕生し、性能も向上した。30億あるヒトの塩基配列も、たかだか1時間ほどで解読できる。ゲノム解析のクラウドサービスもある。
技術が進化すれば、遺伝子分析を行うサービスが増える。サービスが増えれば、価格が下がる。
このような古典的市場原理にしたがって、現在アメリカでは、数十種の病気の発症リスクなら、100ドルほどで分析してくれるようになった。
ちなみに、解読が完了した03年当時の日本はどんな具合だったかというと、SMAPの曲が大ヒットしたこともあって、「ナンバーワンよりオンリーワン」という表現をよく耳にしたころであった。
わざわざオンリーワンであることを主張しなくても、一卵性の双子ちゃんや三つ子ちゃんなどをのぞけば、ヒトは遺伝子レベルでそれぞれに異質であり、すでにオンリーワンである。生物学者たちは、そんなことを思いながらオンリーワンブームを静観していたのかもしれない。

病気のリスクも、離婚のリスクもわかる

さて、「ポストゲノム時代」ともいわれるなか、遺伝子の解析や分析が進んだことによって、さまざまなことがわかるようになった。
たとえば、発ガンのリスクがわかる。糖尿病や高血圧やアルツハイマーのリスクもわかる。リスクがわかれば、予防もできる。保険に入るかどうかの判断基準にもなるだろう。
太りやすいかどうかもわかるという。日本人の場合は、太りやすさに影響する遺伝子が3種あり、どの遺伝子を持っているかを分析したうえで効果的なダイエット法を指導するサービスがある。ダイエットもいまや、我慢や忍耐ではなく、科学的に取り組む時代だ。
もちろん、じっさいに発症するかどうかは、遺伝子だけでなく、生活環境も大きく影響する。ここがじつは重要で、遺伝子レベルで「高血圧になるリスクが高い」ということが先読みできることで、生活環境レベルで、「ポテチの食べ過ぎに気をつけよう」という予防ができるというわけだ。
医療から離れたところでは、アメリカでは、遺伝子から結婚相手を探してくれるサービスがある。信頼性という点では、少なくとも血液型や星座や、占い師に聞くよりかは高そうだ。
また、浮気が疑わしい交際相手の下着を持ち込んで、本人以外のDNAが付着していないかを調べてくれるサービスもある。DNAは固有のものであるから、まさかパンツのなかに他人のそれがつくはずがない。身に覚えがないといっても、科学の前では通用しないというわけだ。尚、浮気性の性格については、人間についてはわからないが、マウスをつかった実験では遺伝することが証明されているらしい。
このようなサービスのコンセプトは、かんたんにいえば、離婚のリスクや、相手が浮気するリスクの先読みに、遺伝子情報を活用するというものである。この手のサービスが増え、多様化し、浸透していくと、ひょっとするとひょっとして、離婚率が世界トップクラスであるというアメリカにとって不名誉な現状も変わるかもしれない。

人は不確実なものを嫌い、恐れる

アメリカの経済学者であるフランク・ナイトは、いわゆる「リスク」と呼ばれるものを、2つに分類した。
1つは、たとえば、A、B、Cという結果があった場合に、このうちのどこに決着するかはわからないけれど、それぞれにどのような確率で決着するかが計算できるもの。ナイトは、これをリスクと分類した。
もうひとつは、確率計算ができないもの。こちらを「真の不確実性」という。
これまで、「ガンになるかもしれない」とか「結婚相手が浮気するかもしれない」といったリスクは、漠然としており、「真の不確実性」に含まれるものであった。多種多様なダイエットが流行った背景にも、太る理由や、効果的にやせられる方法が漠然としていたことが挙げられる。
しかし、遺伝子研究の進歩によって、これらリスクは、確率という数値で表せるようになった。
ここに、遺伝子研究の最大の功績があるといってよいだろう。
先読みサービスをビジネスとして確立させていくための生命線は、一意的にとらえられているリスクを、どこまで数値化し、計算できるようにし、対策ができるものに置換できるかなのである。
誰だって、先が見通せない人生よりも、少なからず見えている方を希望する。先行きが不透明で不明瞭な時代になるほど、リスクを明確に把握したいと思うのだ。
もっとも、恋愛とか結婚といったものは、先読みできないところに魅力があると、個人的には思うのだけれど。

ライター・編集者・FP技能士:伊達直太(だて なおた)

プロフィール:
雑誌編集者を経て、2001年に独立。
情報誌にて経営関連の記事を執筆するほか、ビジネス書の執筆や、社内報や広告制作などにも携わる。
著書「30代からのお金のトリセツ」「まずはフツーをきわめなさい」、共著「28歳からのリアル」「35歳からのリアル」など。