今日は私の乳がん遍歴のことを書こうと思います。
初めて胸に違和感を感じたのは、29歳のときでした。
なんか胸の内部が痛いな、と思ってたんですが、いつも生理の前にくるあの痛みのような感じだったので
あー、もうちょっとでつきのものがくるなーと思ってたんですが
なんかツキーンと内部のおくが痛い。
ううん?と思いつつ触ってみたら
小指のほんの先くらいのグリグリがありました。
あれー?と思いながら、なんかできたんだなーくらいに思っていて、
今にして思えば本当にバカだなと思うんですけど
あたし、このしこりを
脂肪のかたまりだと思ってたんですね。そのうち、ニキビみたいににゅるんと出てくるに違いない!と信じてました。
ヒー!もう笑い話ですけれども。ていうか笑い話にするしかないというか!
そんなのんきな気持ちのまんま、二年、三年と経っていきました。
当時既に今の旦那さんと一緒に暮らしていて(まだ結婚はしていない)
そして上京したばっかりだったので、
お仕事に、趣味に生活に・・・カツカツ!!
お金もないのに趣味に興じ、本当にカツカツの生活をしていました。
アホですね。
そして肝心のしこりの方ですが、
三年も見ないフリをしていても、無視のできない存在感になっていきました。
小指のほんのさきっちょ程度のものだったのに、
右胸全体に張り付くような大きさに。
信じられないでしょうけれど、
私はそのときも、そんな大きさになっているのにも関わらず、
まだ「脂肪の塊」だと思っていたんです。
ニキビの一種に違いない。
ニキビって、触ると痛いこともあるじゃないですか。
あんな感じで、出てしまえば楽になると思いながら生きてました。
じんじん痛いのも、化膿しちゃったからだなーと。
そんで、ニキビやフンリュウみたいな出来物だと信じていたので、毎日お風呂の後にがっしがっしもんでいました。
もうすっかり岩のように固いしこりになっていたので、
これをいったん柔らかくしないとダメだ!と思って。
当然、柔らかくなるはずなんてありません。
続けているうちに、ある日「ブチ」という音がしたと思ったら、乳頭から透明な茶色い汁が出てくるようになりました。
最初は揉んだ時にだけでていたのですが、そのうち血が混じるようになり
そして常に出続ける状態になり、触ると面白いくらいにピューと出てきます。
それでも、膿が出てきた!と思っていたので、更にもみ続ける毎日。
ああ。書いててほんとに恥ずかしい!そのくらいバカだな!と思います。
無知というものは本当に罪です。
その頃ホントに生活がギリギリで、お支払いもあるので二人で働いても月末にはお支払いに消えていき。
病院なんてかかってられない。それだけを思って必死だったんだと思います。
バカだなぁ。
当時彼氏だった旦那さんも、当然色々調べて私に知らせてくれます。
それ、もしかしたら乳がんなんじゃないか?と。
でも私は認められませんでした。
いやいや、乳腺症か何かだよ!ガンなんて私がかかるわけがないじゃない!って。
何か変な自信があったんですね。私これまで大きな病気といったら
3歳のときの髄膜炎くらいしか無かったんです。それまで本当に健康で、家族の中でも一人で健康だったので
過剰な自信があったんですね。
そんな自信があるけれど、胸は本当に痛いし、触れば触るほどしこりは大きくなっていき、
そして乳頭の出血は止まらない。
そんなときにテレビで「余命一ヶ月の花嫁」の特番をみたんです。
その時丁度休日で再編集されたやつを旦那さんと一緒に見てたんですけど
頭の中にもしかしたら…という気持ちがあったのと、
ほんの軽い症状でも最悪な展開になる場合があるんだ!と思ったのと、
ネットで調べた乳がんの症状に当てはまるのと。
どうしていいのか解らなく、この症状だったら何科を受診したらいいのかも解らなかったので、
とにかく調べて、ここなら信用できるかも。という乳腺専門のクリニックに電話してみました。
最初は予約を取るのも難しいので初診の場合は二か月くらい待ちです、と言われたのですが
自分の症状を伝えて、乳頭から出血が止まらないのとしこりの大きさが5センチほどになって更に増加が止まらない旨を伝えたら、
先生に相談してくださって、翌週早々見てくれることになりました。
とにかく、ガンでも乳腺症でも、どっちなのか白黒はっきりさせよう!と思いました。
私の足が受診に向かなかった原因のひとつとして、
こんなに大きくなるまでほおっておいたので、叱られるのが怖かったのもあります。
(ヘタレ)
お金がなくて受診ができなかったのも事実ですし、
保険証もいろいろアレな感じで使えなくなっていたし(保険証だけはなんとしても確保しなくてはいけませんね!)
モロモロの出来事が病気で病院にかかる、という事を拒否してました。
いや!今の家じゃムリムリ!そんな高い治療費ムリムリ!という感じです。
状況的に本当に無理だったのです。
会社には「もしかしたらガンかもしれない」という事を伝え、
もし本当にそうだったらその際は勤務についての相談をしたいと上長に相談しておいて、
ドキドキで当日を迎えました。
当日は旦那さんと合流し、クリニックへ向いました。
初診の書類に記入して、先生に呼ばれるまで頭の中は真っ白でただドキドキしてたのだけ覚えています。
診察室へは私だけ入り、軽く問診をうけて
先生は私のしこりを見るなり「こんなになるまでよく我慢したね、痛いでしょう?」と。
怒られると思ってたので、何だかいきなり泣いてしまいました。
とにかく検査!という事で、
マンモとエコーとその後細胞針に。
細胞針は針を刺したとたん、胸の中で貯まっていた浸出液がドバーと溢れました。
しこりの中は麻酔が効かないのであたたたた!って感じでしたが
浸出液が綺麗に出たので、しこりの形があらわになって、しこりの本当の固さと形を知る事ができました。
ガッと平べったい岩のような。むんずと掴むとガツッとします。そして非常に痛い。
胸の張りがMAXの時の3倍くらい痛い。
その後再度待合室で待って、旦那さんと一緒に呼ばれました。
先生は「もんでいたということで形が不鮮明になってるんですよ。それもあるけれど、この形だと僕は悪性じゃないような気もするけど・・・でもなー。ううん…」
検査の結果は二週間後に出るとの事で予約をして病院を後にしました。
結果は見事に悪性だったのですが。
検査結果までの二週間はほんとに長かったです。もし悪性だったら、待ってる間に進行するんじゃないか。とか
色々最悪な事ばかり考えて過ごした気がします。
検査結果を聞きに言った時に、
先生の顔つきが違ってました。「これから話をする事をしっかりして聞いてください」って。
もう、かなり前のことなので先生とどんな話をしたのか詳しくは覚えてないのですが
先生は私の勤務地と家のある場所から通いやすい病院を決めてその場で予約を入れてくださり
「必ず、この日に行くんだよ!」と念を押して紹介状を渡してくれました
何故ここまでほおっておいたのか、などの話もしましたが、あきれる事なくその場合は各所に相談する場所があるからここに相談してみたら、と教えてくれたり。
これからの治療は大体こんな感じになるだろう、と教えてくれたり。
私の場合は、検査の結果、5センチほどだと思っていたしこりが8センチだった、という事もあり
多分最初に抗がん剤でガンを叩いてから縮小させて、手術になると思います、と教えてくれました。
バカなあたしは、「先生、ここで抗がん剤をしない場合どうなりますか?」
って聞いたんです。アホです。
「持ってあと一年だね」
「一年?って?」
「寿命です、一年の命です」
ギャーーーーーーーーー!!!!!!「もう、命の話になってるんだよ、だから、絶対治療を受けるべきだよ!今度は絶対にほおって置いちゃダメだよ、髪が抜けるのは嫌だし辛いと思うけど、でも命があれば又生えて来るんだよ」
そう。あたし髪の毛の心配してました。アホでしょうー!!???
でも髪抜けるの嫌なんはねー女子に男子に関係なく嫌だと思います。けど
この状況で心配するのそこかーい!と
当時のアタシに突っ込みしたい。
紹介状を貰って、診察室を出るときに、先生は「絶対行くんだよ!大丈夫だよ!命を諦めちゃだめだよ!」
もう、ここ治療受けたかったんですよ本当は。でもその後紹介された病院の先生に会ったら、
そこでよかった!とあたしは思うことになるのです・・その後のお話はまたおいおい書きますね。
ほんとに、このクリニックの先生には本当に本当に感謝しかありません。
めぐり合わせてくれてありがとう!と神様に感謝!です!
紹介された病院での詳しい検査の結果、
33歳になったばかりの受診だったので、
しんじゅんせい若年性乳がん(漢字が・・どんな漢字だっけ?)
しこりの大きさ8センチ
脇の下にリンパ節転移あり
肺に小さなしこりがある
ちょっとだけどもしかしたら胸部筋肉にも転移のおそれありかも。
な、感じのステージⅢCでした(ん?ステージⅢb??)
↑ステージ!結構重要なんですけど曖昧ですみません!!!でも転移の程は上記な感じでした。
しこり自体は8センチのデカイの一個の上に三つ、二センチくらいの子供のガンが出来ていて
MRIではデカイしこりが吸い寄せたデカイ血管がくっきりと・・・
※ガン細胞は栄養を取る為に自分で血管を引き寄せてくっつけるみたいです。
なんかそこまで検査でハイ!悪性です!って出ちゃったら・・・あたしの場合は開き直るしかなくて
抗がん剤どーんとこーい!!!!なんでもやってやるぜーーー!!!!
あっはっはっはーーーーー!!!!
って。
でもショックはショックでした。
流石に告知された時は泣きながら帰りましたもん、そして紹介先の病院の受診日までも
これから起こりうる色々な最悪な事とか、もし詳しい検査で治療ができない末期診断をされたら…
とか、
あれだけ治療費が経済的に出せないから病院にいけない!って言ってたくせに、
そんな事考えもせず、最悪な事態ばかりを考えて泣いてました。
今だから、こんな風にブログに書けるのだろうなぁ…と思うんですが、
でもこんな状態でも普通に暮らせるほどに元気になれたよ、って事と
抗がん剤治療などの中で、こんなん便利だったよー!とか
オタクゆえに知っていて便利で治療中にすごく助かった事とか、
そんな事を書いてみて、
誰かの助けになったらいいなぁ、と思ったのが
ブログをやろうと思ったきっかけの一つです。
今日はザッと駆け足で乳がんのお話をしたので…こういった話の時ってどんな絵を描いたらいいのか解らなかったので…なので絵はナシにしました、スミマセン!!!
ちなみに今の私の状態ですが
ホルモン感受性あり、HER2なし、なので
ホルモン治療と飲み薬の抗がん剤を続けています。
お腹に打つホルモン治療の注射もしたんですけど腫瘍マーカーが上がってしまったのでなしになりました。
それからずーっと腫瘍マーカーの上下にドキドキしつつ二ヶ月に一回通院しています。
手術や入院、抗がん剤治療、その後の通院治療、先生の事、病院の事
乳がんに関連しての仕事のこと、その後の気になる生活費の事などなど
なぜ私が専業主婦になったのか、そして専業主婦になって何を見てギャー!!!となったのか
などなど、
色々また、書いていきたいと思いますので、
記事が上がってたら読んでやって下さると嬉しいです。
今日は本当に長い記事になってしまいました。ゴメンナサイ!
そしてここまで読んでくださって本当に有難うございました!また凝りもせず長文書くかもしれませんが
許してやってくださいー!!!
ランキングに参加しています。ポチッッと応援してくださったら嬉しいです!!
※この、受診を決めるまでの話は私の歩んできた人生の中でも、「好きなこと」をしていて後先を考えてなかった、という非常におろかな時期の出来事です。。。この時期を思い出すともー!!!!!
恥ずかしくて今でも穴があったら入りたくなりますが、自分記録としてここに書いておくことを許してください。
ほんとにスミマセン・・・
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