「プロフィール」にも書きましたが、私は中学生から今までにかけての約20年に渡る人生の中で、30キロにのぼる体重の増減を経験してきました。
70キロくらいだった高校生の頃は、すれ違った見知らぬ男性に突然「デブ!」だの「ブス!」だの罵倒されることもしばしば。
クスクスと笑われることもしばしば。
学校ではいじめも受けてきました。
太っている私は生きる価値もないし、これからの人生、何一つ楽しい事なんかないだろうと思っていたのです。
当時私が太っていた理由としては、家庭環境が大きかったと思います。
これを語ると長くなるので端折りますがw
とにかく、10代の頃の私は、「食べること=胃に物を詰め込むこと」であり、それが唯一の心のよりどころ、ホッとできる瞬間だったのです。
今思えば、吐けない過食症、つまり「むちゃ食い障害」だったと思います。
当然、このままではまずいと思い、10代の浅知恵でひたすら寒天だけ食べるダイエットなどをしましたが、続かずに挫折。
さらにリバウンドするという悪循環に陥っていました。
母親は太っている私を苦々しく見ているのみで、食事面でサポートしてくれることは一切ありませんでした。
同居していた大正生まれの祖母には、ダイエットや栄養管理などといった概念はさらさらなく、私に幼少期同様、高カロリーの食事や食べ物を与え続けました。
今、この年になって思うのは、10代の子どもが自力で栄養管理し、ダイエットするなど不可能だということです。
「ご飯を作ってくれる人」の理解と協力がなければ、体重管理などほぼ不可能でしょう。
大学生になり一人暮らしを始めた私は、ようやく食事を自分だけで調節できるようになりました。
そして、3か月もたたないうちに10キロ以上痩せました。
これまで「太っている私は生きる価値などない」と思っていたわけですから、「痩せる」ということの快感は、ものすごいものがありました。
まるで、自分の人間としての価値が上がっていくかのように感じたのです。
痩せれば痩せるほど、周りの女性は「うらやましい」という。
男性は「ウエストが細い」などと褒めてくれる。
両親さえも、痩せていく私を心配するどころか、「痩せた娘」の姿に上機嫌で、誇らしげでした。
これまで、入学式での私を見て「新入生の中で一番足が太かった」などと吐き捨てるように言っていた母親が、手のひらを返したように「スタイルがよくてうらやましい」などと言うのです。
私は、痩せることで初めて、親にも世間にも、「生きる価値があるのだ」と認められたような気がしました。
そうしてますます痩せることにのめり込んでいき、気付くと40キロ台になっていました。
49キロまでは測っていたのですが、そこからは分かりません。
拒食のような状態が続いたので、45キロくらいまで落ちていたような気がします。
身体はだるく、精神的にも非常に不安定でした。
あのままの状態が続いていたら、危なかったかもしれません。
この危機を救ってくれたのが今の夫との出会いでした。
夫は不思議な人で、「痩せる」とか「太る」とか、見た目がどうであるかはまったく気にしない人でしたから、「見た目で判断されない」という安心感から、私も張り詰めていた気持ちを緩めることができたのだと思います。
私の体重の変遷は残念ながらここでは終わらず、その後、20代後半からむちゃ食い障害が復活してしまい、30歳からは重度のうつ病にもかかってしまうわけですが、その話は長くなりますので、またの機会ということにw
10代から20代までの私を今振り返ると、いかに「他人の価値観」「社会の価値観」というものだけにすがって生きていたかが分かります。
見知らぬ人に「デブ」と罵られようと、学校でいじめられようと、親や親戚に太っていることをバカにされようと、「私は私」であり、その価値は何も変わらなかったはずなのに。
痩せることで、人としての価値が上がるわけでもなかったのに。
もし、「太っていようが痩せていようが、あなたは大事な人間なんだよ」「あなたは愛される存在なんだよ」と言ってくれる大人が身近に一人でもいたならば、私の人生は大きく変わっていたかもしれません。
でも、こうやって遠回りしてきた人生だからこそ、見えなかったものがよーく見えるようになったのもまた、事実です。
摂食障害に苦しむ女性の多くは、私のように自己肯定感が低く、自分の価値を、誰かの(社会の)価値感で判断してしまう人なのではないか、という気がします。
私にはその気持ちが、よく分かるのです。
吐けない過食症(むちゃ食い障害)で太ってしまう人は、見た目が悪くなることなど気にしない人なのかと思われがちですが、そうではありません。
実は、拒食症や過食嘔吐症の人と同じで、誰よりも見た目や体重にこだわりがあるのです。
過食の衝動も、拒食も、見た目や体重に人一倍こだわってしまうことへの反動です。
「他人にどう映るか」、つまり、「他人の中の自分」が自分の価値を決めてしまうと思い込んでいるがゆえに、「食べること」を異常に抑圧しすぎ、その反動が過食や拒食となって押し寄せてしまうのです。
そしてその背景には、自己肯定感の低さや、「愛される」ことへの切実な渇望があるのです。
摂食障害に悩んでいらっしゃる女性は、大勢いると思います。
その方々に私が言いたいのは、「誰かの価値観が、あなたの人としての価値を決定するわけではない」ということです。
他人は簡単に「痩せている人が美しい」だとか「痩せているのがうやらましい」だとか言うでしょう。
今の社会は、「痩せている」という見た目に「美」の基準を置いていることも確かでしょう。
でも、こういう他人の価値観や社会の価値観が、あなたの存在価値を決定するわけではないのです。
あなたは、無条件で愛される、価値ある人間なのです。
どうか、私のように苦しむ女性が一人でも多く救われますように。
↓↓♬いつもありがとうございます♫↓↓