痩せ過ぎで拒食症になったモデル達というタイトルで、記事を書きたいと思います。

モデルが痩せすぎたために拒食症で亡くなってしまうという、痛ましい現実が起こってしまうことがあります。この拒食症、私も経験者ですけれど、本当に根が深いものでもありました。

モデルのように、人前で美しいスタイルを表現する仕事をしていると、いつもスリムでいるために、無理な食事制限をする場合もあるようです。最近読んだ本にも書いてありましたが、モデルでも、いわゆる食事の摂り方を知らない人も多いそうです。痩せすぎた拒食症の人間の心と、痩せすぎで拒食症になったモデル達について、この記事では繋がりや、その深みについて見ていきたいと思います。

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拒食症とは、神経性無食欲症といいますが、アノレキシア(AN)とも言います。精神疾患のひとつですが、拒食症になると、独特で病的な痩せ方をしていきます。

海外のモデルで、痩せすぎて拒食症が原因となって亡くなった人もいます。2006年11月15日に、ブラジル出身のモデル、アナ・カロリナ・レストンという21歳の女性が、痩せ過ぎの拒食症が原因となって亡くなったことがきっかけとなり、彼女の死は西洋諸地域で、「痩せすぎモデル」についての論争を過熱化させました。

イタリアとスペインの政府は、このモデルの拒食症が原因となった死をきっかけにして、BMIが18に満たないモデルの、ファッションショーへの出場を公式に禁止しています。これを受けて、フランスや英国、米国では、規制ではなく、啓蒙としてこれらの問題に取り組んでいくと発表しました。

社会的にも大きな波紋を投げかけた現役モデルが、痩せすぎただけでなく、拒食症で亡くなるという現実は、業界内外でも大きなショックとなったようです。

痩せすぎて拒食症となり、亡くなったモデル、アナ・カロリナ・レストンのプロフィールを見てみることにしましょう。



アナ・カロリナ・レストンの生年月日は、1985年6月4日(満21歳没)です。出身地はブラジルサンパウロ、生前の職業はファッションモデルでした。身長・体重 170cm・40kg(死亡時)。

1990年~2000年代にかけて活躍をしていたモデルです。イタリア系とイギリス系の、ブラジル人の中流家庭で育ち、13歳のときに、美人コンテストで優勝したのがきっかけとなってモデルとなりました。

アルマーニやベルサーチなどの広告モデルをしながら、有名デザイナーのファッションショーなどに出演し、フランスやイタリアなどの、欧州諸国を中心として活動をしていました。その後、仕事の幅が広がり、中国や日本、メキシコやトルコなど、世界各国に活躍の場を広げていきました。

モデルの仕事で、2004年に中国に滞在していたアナ・カロリナ・レストンは、周囲の人から太っていると思われていると感じ、実際に、男性スタッフから「あなたは太っている」と言われた言葉がきっかけとなって、痩せすぎた拒食症になったと言われています。

その後日本に滞在し、さらに痩せ細っていき、帰国した時には、母親が驚くほどやせ細っていたのにも関わらず、本人は、自分が痩せすぎているという現実を否定しています。これは、この後に書いてありますが、拒食症の特徴のひとつでもあります。



痩せすぎた拒食症となる人の特徴としては、本人の中に、歪んだ体形のボディーイメージがあります。わたしも、いつもそのイメージが頭から離れず、追い詰められるような心境で生きていたので、よく理解できるのですが、このモデルのように、家族から痩せ過ぎを指摘されても、食べない状態を指摘されても、痩せすぎた拒食症で亡くなったこのモデルのように「わたしは元気だ」と言っていましたし、実際に拒食症でやせ細っているのに、拒食症の人は元気になるのです。

これは、自分で体重をコントロールでき、理想の体重になることがうれしくて、心配する周囲の人たちの思いとは逆に、活動的でアクティブになっていくのです。いわゆる「ハイ」な状態でもあります。
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この亡くなったモデルも、痩せすぎた拒食症であっただけではなく、拒食症の人がやってしまう行動で特徴的な、下剤も使っていたようです。食べないうえに、さらに下剤を使っていけば、身体はどんどん衰弱するのですが、痩せすぎる拒食症は、精神疾患のひとつですから、本人に自覚はなく、痩せる状態がただ楽しいので、それが異常な行動であるとは気づけません。ここが拒食症の怖いところなのです。

最近では、痩せたいために、拒食症になりたいと言い出す女性までいるといいます。お気持ちは痛いほどよく分かります。つい最近も、わたしが、痩せすぎた拒食症などの症状を克服するために始めて、現在も健康維持のために続けている、運動をするために通っているジムで、「激やせしたい」と叫ぶ人を見かけましたが、この痩せたいという人間心理と、実際に病となっていく、痩せすぎる拒食症は、根深い思いが隠されているようです。

先ほど書いた、亡くなったモデルは、痩せすぎた拒食症による栄養失調が原因となって亡くなりましたが、本当に痛ましい出来事です。

単に痩せている身体と、いわゆる痩せすぎた身体は、かなりの違いがありますが、痩せるだけで満足できない、それ以上の痩せとなっても自覚がないという状態が拒食症ですから、経験者のわたしも、克服してきた現在、これらのことを改めて調べて記事にしてみると、恐ろしい立ち位置にいたのだなと、しみじみと実感してしまいました。

それでは、他にはどんなモデルの人たちが、この痩せすぎる拒食症となったのか見てみましょう。

ウルグアイの姉妹モデル、ルイゼル・ラモスと、エリアナ・ラモスが共に、痩せすぎた拒食症で亡くなっています。姉のルイゼル・ラモスは2006年8月に、22歳で心不全が原因となり亡くなり、妹のエリアナ・ラモスは翌年の2月に、18歳で同じく心不全で亡くなっています。

モデルではありませんが、日本人の女優で、痩せすぎた拒食症であったと告白しているのは、ともさかりえや遠野なぎこ、宮沢りえです。この摂食障害となる人は、母親との関係が原因となって発症する場合もあると言われています。宮沢りえなどは、2014年現在でも、痩せすぎている姿が話題となっています。

遠野なぎこは、拒食症となった経緯を、自分がガリガリになれば、母親が愛してくれるのではないか?存在を認めてくれるのではないか?と考えたと告白をしています。

痩せすぎた拒食症の発症は、心因的な原因が発症に関わっているということは、明らかであると言われています。1970年代までの初期の研究では、裕福な家庭環境の女性や、高学歴な女性が、痩せすぎた拒食症を発症する率が高いといわれていましたが、その後はそうではない場合も多いため、現在も様々な角度からの研究が進められているようです。

痩せすぎる拒食症などの摂食障害になる人の多くが、虐待を受けた経験があるとも言われていますが、他にはどのようなものが関連しているのか見てみましょう。

● 身体が、女性の身体に成長していくことに対する拒否反応

● 男性から、女性として見られること(性的対象になる)への拒否反応

● 肥満に対する恐怖、幼少期に太っているとからかわれたことなどが、心の傷になっているケース

● 妊娠し、母親になることを拒絶している心理

● 自分の気持ちに蓋をしているため、本心に気付かずに、それらの心が症状として身体に現れた状態

● 完璧主義、対人関係に障害が起こる場合が多い

なりやすい人の傾向としては、周囲に気を使い、自主性がなく、周りの人の言動に惑わされやすい人がなりやすいと言われています。このような人は、自ら自己主張をしないため、悩み事を1人で抱え込んでしまいがちになり、さらに、親が過干渉をしすぎるために、自分に自信を持つことが出来ず、人の評価を気にしすぎたり、物事を完璧にやらないと気がすまないという、完璧主義者に多いとも言われています。

モデルがなりやすい傾向があるのは、元々この痩せすぎる拒食症自体が、芸能人やモデル、痩せている身体が重要となる運動選手などに多い症状であることが、注目を集めているためでもあると言われています。

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痩せて美しい姿が理想的である、という一般的な社会風潮が、この拒食症を後押ししているとも指摘されており、内面より外見を重要視する現代の考え方に、一石を投じる形となっているようです。

10代から20代の女性に多いと言われる、かなりの痩せすぎとなる拒食症ですが、拒食症までにならなくても、痩せたいと願っている人は多いようです。思春期から20代の女性を対象としたアンケートでは、女性の95%がなんらかのダイエットを経験したというデーターもありますし、数値的には標準以下の体重しか無い女性であっても、「痩せたい」と考えていると言われていて、この痩せたい病は、かなり根強く蔓延しているようです。

ここからは、わたしが学んで経験を通して実感してきたことなのですが、痩せすぎた拒食症になる心のひとつには、自分でありたいと強く願う、そんな心理も働いていると考えられます。

太っている=多くの他人の意識のベールを身に纏って日々を生き抜いていると・・・自分の意見ではなく、他人の意見の中に甘んじて生き延びている。それが息苦しい、だけど自分の意見を外に向かって言い出すことが出来ず、他人と上辺だけでも上手くやっていくためには、本心を押し殺してでも、なんとか辻褄を合わせて生きなければと考えているのだけれど、本音の部分では、自分らしくありたい、本当の自分として生きたいと願っている。

という心理状態が強く働いてくる結果、そう言動出来ない部分が、痩せすぎる拒食症や、繰り返すダイエットによって、体現されているとも考えられるのではないかと思われます。

太るという状態は、他人の意識のベールを身に纏うと、先程も書きましたが、人の意識を纏えばまとうほど、実は太ってしまうとも言われていて、それらが生理的に気持ちが悪いと感じる、敏感体質な人たちの多くが、痩せすぎた拒食症までにならないとしても、何度もダイエットを繰り返して、痩せては太り、痩せては太りを繰り返しながら葛藤をしている姿であると考えると、何かとても感じるものがあると思いませんか?

人間には五感があります。その五感で感じる力が強いのが女性でもあると言われ、さらにそれが敏感になっている、10代から20代の女性に、この痩せすぎる拒食症の症状が多いというのは、なにか関連性があると感じられないでしょうか?

仮に親との葛藤などが関連して、拒食症となって痩せすぎている場合、特に母親と娘の関係は、とても強く深いものがあると言われていますから、母親の願いを受け止めているのだけれど、自分の人生なので、自分の人生として生きていきたいと願う心を、痩せすぎた拒食症で表現していると考えるのは自然ではないでしょうか?

遠野なぎこも、母親から受け入れられたいがために拒食症となったと告白をしています。母親に受け入れられたい、だけど母のように生きたくはない、この葛藤の間で生きる娘の心の叫びとして、モデルなどの拒食症を客観的に見てみると、自分らしく生きたいと願う、すべての人の心に、なにか響くものがあるのではないでしょうか?

物事は一筋縄では理解できないものがあります。「嫌よ嫌よも好きのうち」という言葉があるように、周囲の人の気持ちも汲み取りながら、だけど自分を生きたいと切望する人間の姿が、痩せすぎた拒食症などの摂食障害となって現れている、そのような角度から捉えると、本当に一筋縄ではいかないのが、人生であり、人間の心でもありますね。

モデルの、痩せすぎた拒食症姿は、現在ネット上でも写真が出回っていますが、食べ物があるのに食べなくなり、まさに骨と皮だけになった姿は、叫び声のようになにかを問いかけているようにも見えます。
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経験者として言えることは、本音で生きられない状態は、本当に辛いというものです。そして、本音を言えば誤解も受け、誤解されて人が離れていったことは寂しくもあり悲しくもあったけれど、最後まで残った家族がいたからこそ、支えられてここまで生き抜いてこられたことも事実ですから、まずは身近な人を大切にするという、当たり前な考えを、家族同士から始めなおしてみることは大切ではないかと思います。

親だから子供に対して、なんでもしていいのか?言っていいのか?親しき仲にも礼儀ありです。子供もそうですね。親だからなんでもしてもらえるのが当たり前なことなど、何一つとしてありません。すべてが有り難い贈り物であるはずなのです。お互いにお互い様ですねと、感謝の言葉を投げかけながら、いてくれる家族の存在に喜びを感じられるような、そんな関係に気づき、築き直していくきっかけとなっていけば、痩せすぎながらも症状を出しているモデル以外の人たちにとっての役割は、社会的に大きなものとなります。

病気が広がる社会は当たり前ではない、そこにはなにか不自然で不具合が起こっているのだから、みんなでアイデアを出し合い、違う意見があったとしても、「それは違うだろう」などと押し込めたり責め合ったりするのではなく、そうか、そんな考え方や感じ方もあったのかと、自分の知らない感情や考えに驚いたり、新鮮さを感じる態度で、一方通行な家族関係や人間関係に、風穴を開けていくことも大切なのだという見方で、痩せすぎた拒食症を捉えてみるのも変わっているけれど、面白い試みですよね。

本音を言えば傷つける人もいる、傷ついた人は、傷ついたのは、その言葉にではなく、本人の受け取り方に、認知に歪みがある場合もあると知り、自分の受け取り方を変えるという理解に変えていく姿勢も大切となります。

命を張って症状を出してくれたモデルの存在を、痩せすぎた拒食症だ、すごくやせ細っていると捉えるだけではなく、もっと身近なものとして考え、ひとりひとりの人生に、何か有益なものとして使う材料としていく発想も、大切ではないかと思います。

痩せすぎた拒食症は、心の病気であると言われています。病気とは、曖昧な概念であると言われています。何が病気であり、病気でないのか?というものを決めるのは、実は簡単なことではないと言われています。

ですから、モデルなどの、痩せすぎた拒食症も、病気であると定義づけることは難しいものです。この拒食症を、経験者として簡単に表現するとしたら、人(自分で)に着せられてきた(着てしまった)衣を思い切って脱いでみた・・・とも表現できます。

もう辞めた、一抜けた、これを脱いでここから新しい身体と心を作りなおすぞという、決意でもあると捉えることもできる。もちろん、痩せ過ぎは命の危険を伴いますから、そこまでやる必要はありません。周囲の人たちは、モデルの、痩せすぎた拒食症姿から、何か大切なものを学び取っていけばいい。

調べれば、拒食症については、こうだああだという概念や研究報告は多く出てきます。それで理解することは難しいのが、摂食障害の症状などでもあります。

痩せすぎた拒食症については、個人的に、症状を出す人はとても優しい繊細な心を持った人であると考えられると思います。そして、まさか自分が拒食症になるなんて、と思っている人がなる可能性を秘めている、誰にでも起こりうる症状でもあると言えます。

実はみんな同じなのだと思います。これ以上自分を偽って生きたくない、責められたくない、その葛藤が、痩せすぎた拒食症という姿だと見ると、多くの人の苦しみを代弁している状態が、拒食症であると言えるのではないでしょうか?

食べない=これ以上、それらの思考や概念を受け入れないという態度である。

痩せすぎた拒食症とモデル、いかがでしたか?個人的な経験からの見解が多い記事となりましたが、捉え方は人それぞれです。何かの気付きとなりましたら、有り難く思います。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございます!




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