そのコンセプトは「ファーム トゥ テーブル(菜園から食卓へ)」と聞き、野菜たっぷりのオーソドックスでヘルシーなコース料理を想像していました。なぜって、首都バンコクはいまやアジアを代表する美食都市の一画に食い込むほど最先端のレストランが集結していますが、地方は他の国と同様に、やっぱり温度差がある。無理に奇をてらった演出をするより、地方の、ましてやリゾート内のレストランなら、その土地ならではの食材の持ち味を素直に味わうほうがずっといい。そう思っていたのです。ところが。
シャンパンとともに登場した涼しげなトマトのアミューズと海ぶどうのアミューズをつまんだ途端、目が覚めたように背筋が伸びました。よく冷えた甘酸っぱいトマトはフレッシュなみずみずしさ、セミドライの濃厚さ、パリッとクリスピーの三つの食感がハーモニーを奏で、のりを混ぜ込んだライスクラッカーにのせた海ぶどうは磯の香りが絶妙です。これはイケそう。期待が高まりました。
予感は的中し、自家菜園で育てた食材をメインに用いた料理は、最後まで驚きの連続でした。この強いメッセージがこもったコース料理を手がけたのは、弱冠27歳の若き料理長、ジミーことジム・オフォーストさん。オランダの地方都市出身で、地元のレストランで働きはじめ、アジアに可能性を感じて移住してきました。ヨーロッパ時代のネットワークを頼ってアジアのトップシェフと交流し、バンコクの超有名店「ガガン」(「アジアのベストレストラン50」授賞式の回参照)などで働き、意識が変わったといいます。
「食への意識が高まっているバンコクで、料理人はより高品質な食材を求めています。しかし、都会のバンコクでこれだけの規模の菜園、しかもオーガニックファームを手がけることができるでしょうか」
これからはタイにも地方の時代がくると読んだジミーさんは、まず「トリサラ」を世界の美食リゾートに押し上げるために、昨年レストランを一新したそうです。「30歳までにアジアのベストレストラン50に入り、自分の発言力を強めて、将来的にはプーケット全体を世界へ発信していきたい」というから頼もしい。
そんなジミーさんとトリサラが応援している地元の生産者のひとつに、プーケット産クラフトビール「フルムーン ブルーワーク」があります。オーナーのスキジュさんによると、タイではビールの売り上げの大半を「シンハー」「チャン」「リオ」という3大銘柄を有する大企業が占め、小規模なブルワリーが新たに規参入するのはなかなか難しいとか。しかし、若いスタッフが集まって起業した地方の極小ブルワリーに、バンコクの有名シェフが着目し、地元の大手リゾートが取り引きしてくれるというシンデレラストーリーがもたらされました。
「フルムーン ブルーワーク」のテイスティングセットは、醸造したてのフレッシュな5種類のビールがなんと無料! この中から気に入ったものを注文します。奥に見えるビア樽(だる)の後ろが小さな醸造スペースになっています
「とにかく味に妥協せず、自分たちを信じてコツコツと生産を続けてよかった」とスキジュさん。一番人気のメニューが「日本料理」と聞き、登場したのが「ラーメンバーガー」だったのには苦笑しましたが、こういうヘンテコなメニューと遭遇するのも外国の地方ならではです。
■MEMO:旅とレストラン
「旅先で良いレストランをどうやって探すのか」というお問い合わせをいただいたのでお答えします。私の場合は「ラグジュアリーホテルのおしゃれな女性コンシェルジュ」「その土地でレストランをやっているシェフ」「その土地の言語が話せるフードジャーナリスト」の3者が主な情報源。この方法は新しいお店を知ることができる反面、外れに当たる確率も高い。このコラムでは「あたり」だけをご紹介していますが、実は失敗も多いのです。
PROFILE
- 江藤詩文(えとう・しふみ)トラベルジャーナリスト
トラベルジャーナリスト、フードジャーナリスト、コラムニスト。その土地の風土や人に育まれたガストロノミーや歴史に裏打ちされたカルチャーなど、知的好奇心を刺激する旅を提案。趣味は、旅や食にまつわる本を集めることと民族衣装によるコスプレ。著書に電子書籍「ほろ酔い鉄子の世界鉄道~乗っ旅、食べ旅~」シリーズ3巻。「江藤詩文の世界鉄道旅」を産経ニュースほかで連載中。