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江戸女性の洗髪江戸名所百人美女 今川はし/歌川豊国 安政5年(1858)
洗髪後なのか前かがみになって長い髪を梳いている女性、着物が濡れないように肩に前垂れが掛かっている。婦人たしなみ草/歌川国貞 弘化4年(1847)
上)江戸時代のシャンプー材料:海蘿とうどん粉
下)江戸時代のシャンプーを制作(再現)江戸時代の洗髪には、一般的には海蘿(ふのり)を熱いお湯に溶かし、その中にうどん粉を溶かして用いた。
現在では、入浴や洗髪は特別感のない日常的なこととなっていますし、シャンプーやコンディショナーで毎日洗髪する女性も少なくないようです。この髪を洗う習慣、定着したのはいつ頃だったのでしょう。
古代の日本では、身体を洗い清めることは、神道や仏教などの宗教的な儀式として行われていました。平安、鎌倉時代を経て、“清潔”を目的とした洗浄の習慣が一般庶民にまで浸透していったのは江戸時代になってからのこと。「糠」(ぬか)や「洗い粉」といった洗顔料も登場して、スキンケアの習慣化を促しました。(第17回 美肌意識とスキンケア美容の表れ<洗顔料>:参照)それでは、江戸時代の女性はどのように髪を洗っていたのでしょうか?今回は洗髪と整髪についてお話しましょう。
江戸時代になると洗髪は身近なものになっています。江戸女性の髪型は、長い髪を結い上げた日本髪でしたが、その長い髪を庶民でも月1~2回洗髪しています。家の縁側、勝手の土間、井戸端などで洗っていたようですが、江戸の町屋の女性は、銭湯での入浴のおりに髪も洗っていたようです。
江戸時代の風俗や事物の百科事典というべき『守貞謾稿』(喜田川守貞著、1837年に起稿)には、江戸の女性の洗髪について、つぎのような記述があります。
「・・・江戸の婦女は毎月一、二度必ず髪を洗ひて、垢を去り臭気を除く、夏月には特に屢々(しばしば)沐して之を除く。蓋近年匂油を用ひることを好まず。又更に髪に香をたき染ること久しく廃て之を聞かざるなり。・・・・江戸も御殿女中は髪を洗ふこと稀也。京坂の婦女も之を洗ふ者甚だ稀。・・・大凡(おおよそ)髪を洗はざる婦女は唐櫛を以って精く梳り垢を去り、しかる後匂油を用ひて臭気を防ぐ、・・・。」
江戸の女性は必ず月に1、2度髪を洗い、夏季には洗髪回数が増えたとあります。・・・そして、京坂の女性や江戸の御殿女中は、あまり髪を洗わず櫛で梳き匂油を使うとあり、洗髪頻度は季節や地域によって差があったことがわかります。
寛政5年(1793)に書かれた洒落本『取組手鑑』(とりくみてかがみ)という本には、「かみあらい日は、二十七なり、・・・・庭のおおがまでたくゆへ、二かい、しんとしているゆへ、ま木のはねる音きこへるなり、・・・・」とありますが、これは遊郭内の話で、遊女は月一回髪洗い日が決められていたようで、毎月27日は洗髪日だということがわかります。庭に大釜で湯を沸かし、一斉に髪を洗ったのでしょう。
それでは、具体的にどのように髪の毛を洗っていたのでしょうか。
江戸庶民の風俗、生活を描いた浮世絵には、女性の洗髪姿を描いた作品があり、当時の女性が、どのように髪を洗っていたのかを知るよい手がかりとなっています。
左に髪洗い風景の浮世絵を掲載しました。金盥(かなだらい)に水を入れて解き櫛で髪をほぐしながら洗っている様子がわかります。また、上半身もろ肌を脱いだ格好で、当時は洗髪していたのですね。そして、気になることは江戸時代にもシャンプーの役割をしていたものがあったのかですが、あったのです。それは「海蘿」(ふのり)と「うどん粉」。えっ海藻と小麦粉? と思いますが、これがなかなかのスグレモノ。 その作り方はというと、文化10年(1813)に出されたベストセラー美容本『都風俗化粧伝』の「髪を洗う伝」に、「ふのりをさきて、熱き湯につけ置き、箸にてまわせば、よく解くるなり。その中へ、うどんの粉(こ)を入れ、掻き交ぜ、熱きうちに髪へよくよくすり付け、また、手にすくいためて髪をよくよくもめば、髪につきたる油、ことごとく取れる也。そののち、あつき湯にて髪を洗えば、とくとけ、さばけるなり。その次に、髪を水にて洗いてのち、よく干し、髪を結えば、色をよくし、光沢(つや)を出だし、あしきにおいを去る也。」とあります。ふのりを熱いお湯に浸けてよく溶かし、そこにうどん粉をプラスしてよく混ぜ合わせたら、江戸の手作りシャンプー のできあがり、といったところです。髪にすりつけよくもんで、そのあと熱いお湯ですすぎ、最後に水で洗えば、油や匂いまでもきれいに落ちて艶も出たとあります。
髪型も江戸時代後期になると多種多様になり整髪料となる髪油の需要が増しました。ゴマ・クルミ・ツバキ・丁子などの油が広く用いられましたが、髪を整えるのに重宝されたのが伽羅(きゃら)の油でした。武家に仕えた奴(やっこ)の間で髭の先をピンとはねあげるのに、練製の鬢付け油(びんつけあぶら)が用いられたのですが、それは、蝋(ろう)に松脂(まつやに)をまぜたもので、のちにこれに香料を練り合わせ商品化したのが「伽羅油」だったそうです。鬢付け油を結髪に使い始めたのは遊女でしたが、髪型の多様化した元禄頃には、一般女性にも愛用されたといいます。
長い髪に鬢付け油をたっぷりつけてぎゅっと結い上げた日本髪。光沢があり、カッチリ形の決まった髪型を長い時間美しく保つのはさぞかし大変だったことでしょう。ですが、その仕上がりの裏には、「汚れや髪につけた油を落とす」という現代のシャンプーと同様のケアが行われていたのです。江戸時代のシャンプータイムは、固められた長い髪を解きながら洗って、乾かす一日仕事でした。そうしたことをやり続けていた江戸女性の美しさへの実践パワーには感嘆せずにはいられません。次回は、江戸時代の香りについて引き続きお伝えします。5月19日更新、お楽しみに!