17日付けの朝日新聞<夕刊>で、久し振りに目を引く見出しと記事が一面に掲載されていた。それは、「縄文肌? 弥生肌?」と題するもので、副題としては、「シミ遺伝子2種 古代人と照合実験へ ポーラ.国立科学博物館」と掲載されたものが其れで在る。

 何が興味を引くかと言えば、其れは紛う事なく今もなお生き続ける列島横断的民族特性の、異なる確かな存在(?)ではあったろうし、即ち、日本列島の先住民であるとされる縄文人と、明確なる渡来人である弥生人と云う、単一明瞭なる2種類の歴史的民族区分で示される、所謂、日本の正史をして中心的に構成する(日本)民族概念を、共同実験(研究?)者となる国立科学博物館を除き、民族学研究者でもなければ生物学者でもなく、史学研究者でもなければ考古学者でもない、要するに専門家以外の民間人(企業)が、日本人には2種類しかないと言われるMCIR遺伝子(メラニンを作る細胞の表面に在る蛋白質)所有者の仮説を通じて、現代に住まう日本民族に関わる二種類(シミができやすい=縄文型とできにくい=弥生型)の、体質に関わる僅かな特異性が遺されている事を、其の解析実験を以って明らかにしようと云うものなのである。

 十年以上前に遡るものと記憶するが、NHKが或る番組で特集を組んだ日本民族のルーツを探る中でのナレーションに、即ち、「現代社会に住まう日本民族75%のDNAは、大凡、朝鮮半島からのものと推測される、、」との言葉が今でも鮮明に残り、其れは今回の新聞に掲載された記事内容をも凌ぐ、新鮮なる驚きをも引き出して呉れたものである。

 日本列島に人が住むようになったのは四、五万年前とされ、縄文時代の始まりは縄文様の土器が使われるようになった、即ち、固有なる土器等の発掘に因って明らかとなった、一万五千年、或いは、一万七千年前に始まった時代に遡るとされるもので、また、弥生時代とは、中国黄河流域に発生始原を持つと言われる稲作が、大陸からの渡来人達に拠って列島にもたらされた、大凡、紀元前四、三世紀から始まり紀元後三世紀に至る間の時代を指して云うもので、狩猟を以って生活の糧とする列島の先住民でもある縄文人との間に、様々な諍いや懐柔、或いは、強力な武器を手にした弥生人に因る縄文人を排斥したであろう後の植民政策や、これまた武力に因る強制的隷属化等々を以って、大陸からの渡来人が列島に領地を拡げ始めた時代へと移り変わる歴史で在る事を教えているのである。

 基より、縄文時代と一括りにくくっても、一万五千年前には既に、列島内に住まっていた先住民も当然に居り、西や北の大地から、或いは南の島々からと多岐に亘り、南北に長い列島に移り住んでいた人々もまた居た事は言う迄もなく、また、同様の移住が途切れずに進んでいたであろう事を推し量れば、体型的にも面相的にも異なる、勿論、ミトコンドリアDNA的にも異なる、複数の民族群が、上記した縄文人と呼ばれる人々の中にも混じり、其れは当然に、一万数千年を経た弥生時代に引き継がれる、所謂、稲作文化を持ち込み、水稲や陸稲をして列島内に伝播させた人々の中にもまた、先人でもある縄文人と同様のルートや行程を辿った弥生人もまた多かったろう事は、容易に推察出来る事である。

 朝鮮半島や大陸からの移動は、後氷河期ともなる一万数千年前と云う時代に在っては、現在に見られる様な列島と大陸を隔てる日本海は存在しなかったと言われているもので、列島への移動は当然に容易であったとも言われ、食糧確保や新天地への移動の為に、より暖かい地域を目指す人々の群れは、陸の終わりとしての朝日の昇る東の地、若しくは、北北東の地でもある現日本列島に、陸行や水行を以って渡島、腰を落ち着ける者もまた少なくはなかったと想定されるのである。

 朝鮮半島南部や中国黄海の沿岸部からは、対馬や壱岐を経由して、若しくは、直接に九州北部や南部へと上陸し、朝鮮半島の東部や現ロシア領土等からは、北は北海道から西は九州北部に至る日本海沿岸部へと、陸行、水行を駆使して渡り、移り住み、或いは、引き返し、左もなければ列島を出て、新たな土地探しに移動する人々も当然に居たのである。

 鹿児島県を中心とする南部九州と、秋田県を中心とする東北地方、並びに、稚内地方を中心とする北海道は縄文型(人種)が、また、島根県を中心とする山陰地方や三重県を中心とする近畿地方は弥生型(人種)が多くを占めると、現時点では見られている様だが、当たらずとも遠からず、何れ興味ある結論として、シミ実験等の積み重ねでもたらされる結果とはなるのだろう。

 現代社会に住まう日本人の中には、日本民族は完全無欠なる純血種であると思い込む者、また、その様に思いこまされる者も少なくはなく居るが、千四百年前、或いは、二千年前、更には、一万年以上も前に自らの先祖を探し求めれば、等しく、シベリアを含む現アジア大陸から、或いは、南洋諸島から集まりし民の、其々が血の混交を繰り返した末裔で在る事が理解され、同時に、「日本」と云う名称が確立する飛鳥時代あたりまでは、朝鮮半島出自の、其れこそ多岐に亘る民族群が最大の権力者群となって列島に君臨し、現日本国を、即ち、呼称としての日本民族を構成していく事となるのである。

 古代史の紐解きは様々な事を私たちに教えて呉れるのだが、知り得た事実が過ちの解釈で満ち溢れていれば、其れは真実を知った事にはならずのもの、誤解や曲解の積み重ねは傲慢や独尊をもたらすだけに止まらず、「無知に勝るテロル無し」を具現化させても終うのである。

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