私は35週の妊婦です。
35週となると、そろそろ出産間近で色々考えたりします。
初産なため、出産に対するドキドキや不安もたくさんあります。
鼻からスイカって言うけどどんな痛さなんだろうとか、ちゃんと元気に生まれてくるかなーとか、まあどれも、すべてのお母さんが思うことだと思います。
でもそんなことより最近思うのが、
生まれてほしいけど、まだお腹の中にもいてほしい。
どういう意味かというと、早く我が子にあいたい!顔をみたい!抱っこしたい!けど、お腹にいる我が子、とっても愛おしいんです。生まれたら、可愛いけどちょっと痛い胎動や、たまにピクンピクンとなるひゃっくりも、生まれたその瞬間になくなってしまうわけです。当たり前だけど。
今まで私自身の中にいた我が子が、
外へ出てしまうわけです。
そう考えると、まだまだお母さんのお腹の中にいていーよ?まだまだお腹いっぱい蹴っていーよ?って、少しさみしくなってしまうんです。
なので、毎日毎日出産までのカウントダウンで日にちが減っていくたびに、あと少しであえるぞー!というワクワク楽しみな気持ちと、あと少ししかお腹にいないんだねっという2つの気持ちが闘うわけです。多分、どの妊婦さんも思うことなのかなーっと思いつつ、今日もまた出産へのカウントダウンスタートです。

現在1才の息子の妊娠中の話です。私の妊婦生活は二度と経験したくないほど辛い1年間でした。
妊娠が発覚しすぐにパートをやめて専業主婦になった私は、重いものはもたない、しゃがまない、自転車に乗らないなど赤ちゃんに悪影響と言われるものは全てやめ、お腹に気を付けて生活していました。2か月目からつわりがひどくなりました。最初は吐きづわりで唯一食べれる蒟蒻ゼリーぶどう味ばかり食べていました。寝ても覚めても常に気持ち悪く、主人を見送った後はずっと横になっていました。それでも気持ち悪さは収まらず一日に5回は吐いていて喉が痛くなりました。吐きづわりの次は食べづわりになり、空腹になると気持ち悪くなるので常に食べていました。それでも食べられるものは決まっていて、クッキーばかり食べていました。こうして妊娠初期は食べづわりと吐きづわりを何度か繰返し寝たきり生活でした
妊娠4か月目にやっとつわりが収まりました。それもつかの間、朝起きたら出血していたのです。私は気が動転しすぐにタクシーで病院へ行きました。気が動転しすぎてタクシーの料金を払う時に鞄の中身を全部車内にこぼしてしまったほどでした。幸い赤ちゃんには問題なく、ただし全置胎盤との診断が下ったため自宅安静を余儀なくされました。こうして安定期に入ったもののまたしても寝たきり生活が始まったのです。
妊娠6か月目、私は早々に里帰りをしました。理由は、もしまた出血したら里帰りができなくなると医者から言われたためです。実家でもなるべく安静にし、それでも里帰り先の病院で、出血も落ち着いたので出産のために体力をつけるよう言われ毎日30分の散歩を始めました。半年のほぼ寝たきり生活で体がなまり、最初のうちは10歩くだけて息が上がりました。それでもようやく30分歩けるようになった妊娠7か月目、またしても出血してしまったのです。
今度の出血は前回よりもひどく、時間外診察で早朝に病院へ行きそのまま入院となりました。急な人生初の入院で心細くまた赤ちゃんが心配で毎日泣いていました。私の診断は切迫早産でした。子宮けいかんが短くなっているため動くと赤ちゃんがオリテきてしまうということで今度は食事とトイレとシャワー以外病院のベッドで寝たきりを指示されました。また、赤ちゃんの発育も遅くこのままでは未熟児と言われ、帝王切開で早めに取りだし保育器で大きく育てることを提案されました。相変わらずの全置胎盤、それにさらに加えて逆子。もうどうしていいかわからない状況でした。そしてそこに追内をかけるかのように入院中に親知らずが虫歯になりました。今まで親知らずなんて一度も生えてこなかったのに何でこのタイミングで、とても悲しくなりました。虫歯は放っておくと菌が子宮に回り早産を引き起こすため即抜くことになりました。しかし親知らずを抜くのは普段でも体調に変化を起こしやすく、抜いたショックでこれまた早産になる可能性もあると言われました。そして通常は歯を抜く際には神経を傷つけないようにエコーで確認してから治療をするのですが、妊婦はエコーがとれないため神経の場所を確認しないまま治療をすることになりました。誤って神経を傷つけると唇に一生麻痺が残ると言われました。早産で未熟児で生まれてくるかもしれない、もし無事に生まれても麻痺で赤ちゃんにキスしても感じられないかもしれない、ただただ恐怖しかありませんでした。天に祈りながら治療を終え、熱も出ることなくまた早産にも麻痺にもならずに済んだことは本当によかったと思っています。
妊娠9か月目、ようやく退院許可がおりるも自宅絶対安静で入院中と同じ生活を余儀なくされました。実家の両親に食事から何から全て任せ、私は寝たきり生活でした。そして11か月目、もうそろそろ体力をつけようと今度は一変、散歩をするよう言われました。私はまた一から体力を戻すため行きを切らしながら毎日散歩をしました。
出産予定日1週間前、私は管理入院をしました。赤ちゃんもギリギリ順調に育っており全置胎盤も何とか治ったため普通分娩をすることになりました。毎日病院内を散歩し、スクワットをしましたが生まてきません。予定日からは陣痛促進剤を2シュルイ打ちましたが効果はなく、結局41週目に自然陣痛で生まれてきました。生まれたわが子は2900グラムあり未熟児ではありませんでした。あんなに小さいだの早産だの言われたのに、と思いましたが無事に生まれてくれて何よりです。