右手の人さし指と中指に布を巻き付け、指の全体を使ってクリームを靴に押し込める。上っ面だけだとクリームが乾いてはがれてしまうため、パワーがいる。そのためか、千葉さんの右腕の手首は左腕よりも太い

新品以上の輝きを放つ仕上がりは、客自身が「そもそもこんな靴じゃなかった」と驚くほど。普段の手入れも水拭きをするだけで、輝きがよみがえる

靴を磨き続けて約20年。「靴にはその人が表れていますよ。もうてきめんに」

手の内側は意外なほどふわふわ。肌荒れしやすい冬場は食材を混ぜて作った自作の肌専用クリームで潤して、けば立った部分をナイフで削ってケアしている

改良を重ねてきた「千葉スペシャル」は完成形に近い。あとは革靴にどう埋めるか、職人の腕にかかっている

3人の弟子とともに椅子を並べて客を迎える

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 たとえて言うなら、ビーフジャーキーがステーキになるような。靴磨き職人の千葉尊(みこと)さんは、自身の靴磨きをそう表現する。「おいしく見えるように仕上げる、という考え方が非常に大切なんです」。汚れを落とすことだけを考えているうちは、いい手入れができない。靴用クリームは調味料、道具類は食器だとイメージすると質の高い磨きができるようになるんだ、と。

 千葉さんの靴磨きは、革靴にはタブーとされている水拭きから始まる。ほこりを取り、適度に湿らせて革を軟らかくしてから、古い靴墨を溶かして抜き出す。そこに人さし指と中指を使ってクリームを力いっぱい押し込んでいく。最初は下仕上げ用の軟らかいクリームを。次に少量ずつ重ねて厚みを出す硬いクリーム。そして最後に乾いたクリームの凹凸を滑らかにするためにもう一度、軟らかいクリームを塗る。仕上げだけで3種類あるクリームはすべて手作りだ。

 レシピは企業秘密だけれど、クリームに触れている千葉さんの手が意外なほどふっくら柔らかいのがヒントになる。「冬場は特に、自作のお肌専用クリームをゴム手袋に入れて潤すようにしています。ちょっと教えると、お酢やヨーグルトなんかを混ぜて作るんです。荒れるから薬剤は使わない。靴のクリームも当然、食べ物を使っています」。革はもともと動物の皮膚だから、美容クリームなどに含まれる成分も混ぜている。なるほど、このスペシャルな調味料なら、靴だってふっくらツヤツヤ、「おいしそう」にも仕上がりそうだ。

経験生かし41歳で靴磨き職人に

 「書き物ができるわけでもないし、学歴も財産も名声もない」。そんな自分に何ができるか思い悩んでいた41歳の時、靴磨きと出合った。それまで転々としてきた農業や電気工事士、材木業、溶接工、製缶工、とび職はいずれも服が泥だらけになることが多く、汚れを取るのはお手の物。必要な道具を自分で作ることもできたから、靴磨きにはそれまでの仕事のすべてが生かせると思った。

 既成のクリームではダメだと感じたのは、商売を始めて3日たった時。それから9カ月かけて市販のクリームに足りないものを調査し、独自のクリームを作り上げた。付けた名前は「NHKスペシャル」から発想して「千葉スペシャル」。「歴史的な出来事がいっぱい出る番組じゃない? だから千葉スペシャルも歴史に残そうって思ってね。もう歴史になっていると思いますよ。だってほかの人にはマネできないから」

ファンの中には国会議員や俳優も

 それを証明するかのように、東京・有楽町駅前の東京交通会館に構えた店には千葉さんの技術を求める人の列が絶えない。並んでいる人の中には国会議員がいれば俳優も、大企業の社長もいる。いつからか客の間ではご利益がある、ともうわさされるようになった。真偽のほどを尋ねると、あっさり「ありますね」。

 新幹線の中で靴の上にマニキュアを落とされたという人が、千葉さんの店を調べて駆け込んできたことがある。聞けば就職活動中で、磨いてやると後日「受かりました!」と報告に来た。「見た目がピカピカになって目立つだけじゃないんです。私が提供しているのは革を軟らかくして、足の形に合った履きやすい状態にすること。だから疲れないし、就活でもビジネスでも活動能力が抜群に上がるんです」。これがご利益のタネ明かし。就活生もきっと、その恩恵を受けたに違いない。「だからって、わざわざ報告に来なくてもいいのにね」。そう話す千葉さんの顔はちょっと誇らしそうで、実にうれしそうだった。

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ちば・みこと 1956年生まれ。さまざまな職業を転々とした後、41歳で靴磨きを始める。場所は当時都庁をはじめとした官公庁が集まり、東京駅からも銀座からも近い有楽町の路上。現在は有楽町駅前にある東京交通会館のピロティで営業する。靴磨きは所要時間約10分で、料金は1100円。営業時間は午前9時~午後7時(土曜は9時半から)。日曜・祝日休み。問い合わせは080・5374・2233。東京駅前の八重洲口会館に八重洲店もオープン。