OHGA閉店のお知らせ
オーナーシェフ 本多 敏
1999年にオープンさせていただいた当レストランを本年12月末日を持っ
て閉店させていただく事にいたしました。
中国四川料理 枉駕として営業を始めましたが、間もなくオーガニック食材
に目覚め、オーガニックレストランへと少しづつ舵を切りました。
食材・天然水・調味料・調理法についてはもちろん、食器類や布類の洗浄
方法や店内外の清掃方法などにおいてオーガニックレストランとしてのあ
るべき姿勢を模索した16年間となりました。
数多くの失敗や困難がありましたが、心温かいお客様に支えていただいた
おかげで、現在まで営業を続けることができました。
お客様に心から感謝をしております。
残り少ない営業期間となりましたが、もう一度OHGAをご利用いただきます
ようお願い申し上げます。
これからもお客様が安全な食生活を通して、心を体の健康が保たれますよ
うにお祈りしております。
晴屋の青い扉 その80
枉駕の閉店と私の闘い
枉駕の閉店が決まったようだ。
まだ何時というはっきりした期日はわからないけれど、年内には営業
をやめるという。
十数年の間に持っていた貯金を使い果たし、気力も尽きてしまっ
たのだろう。
洗練された感覚と選りすぐりの素材で、何処にだしても恥ずかしく
ない中華料理を提供しつづけた。
手間を惜しまず働き続け、これまでやってだめなのだから仕方
ないという安堵感も感じられる。
けれど私から見て、あまりの完全さがかえって仇になったかもしれ
ないと感じられる。
隙のなさは時として息をつまらせる。
東久留米には相応しくない高級感が気楽には立ち入れない雰囲
気を作ってしまった。
お客さんへの誠実さと、自らの技術に対する自信や意識の高さも
必ずしも伝わらなかった。
私にもいくぶんの責任があるかもしれない。
中華料理は安い素材を使っても美味しい料理を作れるのがコック
の腕という風潮の中、当初の本多シェフは良質の素材を使っては
いたけれど、無農薬とか無添加ということには興味がなかった。
私が棒々鶏を食べている時、どうしてこんなに胡麻を焦がすまで
炒るのだろうと思っていたとき、ふと思い当たった。
市販の胡麻は石油系の溶剤で油を抜き取った胡麻油の残りカス
で、味も香りも栄養もない。
それに香りを出そうと思うと延々と炒め続け深炒りするしかない。
それで晴屋の生胡麻をすすめてみると効果は絶大で、私的には
もう少し炒ったほうがいいのではないかと思うくらいに浅炒りになり、
胡麻本来の香りをたっぷりと楽しめるものとなった。
それから醤油や洗糖、塩などにはじまり、多くの素材を晴屋でま
かなうようになった。
それによって得られた料理の高み、上品さやすっきりともたれな
いのにえられる深い満足感などは確実にあったけれど、一般の
ひとたちが中華料理に求める勢いや気楽さを失わせることにつな
がったかもしれない。
枉駕の前に晴屋がなかったら、まったく違う仕事の仕方をしてい
たに違いない。
行列のできる繁盛店になり、支店をいくつも出していたかもしれな
いと思うのだ。
枉駕は私にとって愛着のあるかけがいのない場所ではあるけれど、
私は枉駕に何ができたか。
枉駕にお世話になったことの大きなもののひとつに料理教室がある。
当初の数年間毎月開かれた料理教室に私は欠かさず通った。
もともと料理好きだったけれど、私の料理は劇的に変化し、レベル
が上がった。
料理の仕上がりを予想して素材の切り方や火の通し方を決めて
おく。
火の通し方は最低限か、徹底的にするかで中間はありえない。
味付けは直前にして、調味料の切味を生かす。
炒め物は中華鍋の中で作る和え物で、時間と手の動きの速さと火
力の見極めと調味料のバランスのここ一瞬の勝負であるなど、多
分100を超える料理の作り方を見ながら、料理にドラマをこめる技
術を教えられた。
もうひとつがシェフが普段の営業の形態を離れて腕を振るった「旬
宴の会」だ。
オーディオの会とも呼ばれるこの集まりでは私が長年手塩にかけた
オーディオシステムを使い、テーマを決めてトークと音楽と料理と
酒を堪能した。
生活と文化のひとつの究極のかたちであったかもしれない。
数々の料理と酒と音楽にまつわる思い出が作られた。
話す側にとっても、聴く側にとっても、食べる側にとっても、作る
側にとっても、新しい出会いと発見の場となった。
これがもう枉駕で開催できないのは本当にさびしいと思う。
けれどこのさびしさにはもう少し深いものがあると自覚している。
これも私が反省しなければならないことと関わりを持っている。
晴屋という安全な食べ物をお客さんに届ける仕事を、ただ物を届
けるだけでなく生産者の心意気や自然の息吹きもいっしょに手渡
そうとしてきた。
それは精神的な部分にも及び、世のシステムから離れ、与えられ
た常識を検証し、人間が生き物として健全に生きる方法を模索し
提出しようと願った。
政治や法律、特定の個人といった具体的な対象ではなく、精神の
あり方を問うという浮世離れしたある種の孤独な闘いだ。
そして人一倍のすぐれた感性を持つ本田シェフを共に戦う同志
として扱ってきた。
これは本多シェフには本当に迷惑なことで、自らの方向を見失わ
せることにつながったかもしれない。
けれど私の思い入れと期待はやはり大きかった。
もう少し正直に言えば、今回の枉駕の閉店は、期待していた後
輩が戦線を離脱してしまったような虚脱感と疲労感、そして自分
の力不足への後悔の念が入り混じっている。
料理だけでなく、自身の深い要求やそれを表現する手段と機会
を与えてくれた枉駕に改めて感謝するとともに、本多シェフと奥さ
んのみまさんの2人の個性が生かされる場を見つけ、より才能を開
花させていくことを願わずにはいられない。