ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 2周目ぐだ子の完全犯罪22017年3月4日 20:15表紙注意必読O.K?[newpage] きっと感動の再会になるんだろうと誰もが思った。 苦手だという魔術――冠位持ちが確定している魔術師のクセに!――をゆっくり唱え瞬く間に彼女の傷を癒したマーリンは、わかりやすすぎるくらいに上機嫌。頬に残る霜をそっとのける指は優しく、ほら起きて、と囁く声は聞いているこちらの背中がかゆくなるくらい甘ったるい。「ロクデナシの気配が!」なんて言って駆けこんで来た謎のヒロインXも困惑顔だ。そっくりさんですか? との問いに、マスターである俺、藤丸立香は呻くことしかできない。 ふる、と彼女のまつ毛が震えた。思わず、という風に誰かが息を呑む。 ゆるゆると開かれていく瞳の色は、残念ながら俺のいるところからはわからない。 彼女のぼんやりとした視線が揺らぐ。やがてゆっくりと焦点が合わさっていくのを、マーリンは急かすことなく、辛抱強く待っていた。 そうして、彼女の視線がまっすぐマーリンを捉えた時。きょとんと目を丸くする彼女に、マーリンは会心の笑みを浮かべる。「……ぁ」「うん?」 絵に描いたように美しい光景。なんですかこれはいったい何のイベントですかと、こそこそ聞いてくるヒロインXは、円卓の良心によって口をふさがれていた。うん、雰囲気壊さないようにね。 俺も、マシュも、居合わせたサーヴァントも、カルデアの職員たちも。これから繰り広げられるだろう感動の再会を思い描いて、固唾をのんでみまもっていた。のに。 彼女の目がカッと見開く。震えていた指先は固く握りしめられ、そして。 目にも止まらぬ速さで、マーリンの顎を殴り上げた。「――マーリンシスベシフォーウ!!」「ドフォーウ!?」「いや、なんで!?」 マルタさんが捻りの入ったいい拳ね、と感心している。こら、同意してんじゃない、ベオウルフ![chapter:彼と彼女の後始末][newpage]「大変、ご迷惑をおかけしました」「いやいやいやいや」 何が何だかわからない。それでも医務室に「彼」の姿が見えないことで、ああ終わったのかと察することはできた。 冷凍睡眠状態にあった体はどこもかしこも衰えている。ベッドに半身起こしておくことさえ億劫で、全身まるで酔っ払いみたいにぐでんぐでんだ。 支えがなきゃ座ることさえできないとか、これから待ち受けるリハビリの日々を思うと涙が出るよね! 青い瞳の男の子と、デミ・サーヴァント、それにカルデア職員まで勢ぞろい。流石に全員はいないけどね。サーヴァントまでいるのは、ちょっと面倒なことになったかもしれない。こんなの想定してなかったぞ、私。 ……それもこれも、この背もたれ男のせいなんだろうけど。「どうしよう、マシュ。突っ込みどころが多すぎて何をどうすればいいのかさっぱりわからない」「……ファイトです、先輩!」「おおっと丸投げ」 藤丸立香と名乗ってくれた男の子の目が死んでいる。なるほど、ここのデミ・サーヴァントちゃんは中々のスパルタと見た。 もし、仮に、彼と私の立場が逆だったとして。まあ、すこぶる困惑するだろうってことはわかるから、ぜひ焦らず慌てず落ち着いてほしい。無茶ぶりしている自覚はある。「マーリンさんや」「何だい? 藤丸くん」「そのお姉さんとは、どういうご関係で?」「どういうも何も」 黙っていれば、さっきからしつこくマーリンが人の頭に頬ずりしてくる。人がろくに抵抗できないと思ってコノヤロウ……。 でも、こんなに密着していても、花の匂いしかしないとか、もしかしてマーリンは体臭自体も花の匂いだったりするんだろうか。なにそれファンシー。「ずっと見ていた子だよ。なのにいざ会いに行こうと重い腰を上げたら、そのタイミングで見失ってしまってね。ようやく見つけたというわけさ」「説明が説明になってない……だと……?」「つまり私はこの子をマスターに選んだ、ということだね」「うわ、なにそれ初耳」「ご本人こうおっしゃってますが!?」「今初めて言ったからね! そういうわけでよろしく、マイロード」「いやいやいやいや」「おや、天丼」 ねーえ、この押しかけ女房ならぬ押しかけサーヴァント、さっきからどさくさ紛れに人の胸揉んでるんですけど! やはりシスベシ。フォウくんはどこだ。 ぎりぎりと不埒な手の甲をあらんかぎりの力で抓りあげていると、立香くんが憤然と拳を握った。「お姉さんはそれでいいんですか!? なんかさっきから死んだ魚の目してますけど!」「冠位持ち千里眼付き魔術師に、木っ端魔術使い、しかも寝起きでロクに歩けもしない私が抗えると思うのかな、青年」「その割に寝起き直後、いいパンチかましてませんでした?」「おかげでもう右肩が上がらない」「あ、文字通り捨て身の攻撃でいらっしゃった……」 なんでそんな無茶を、とか聞かれても。 ああよく寝た、でももうちょっと寝かせてほしい、とかいう時に強引に起こされてさ。渋々目を開けたら何か妙に得意げな笑み浮かべたロクデナシがいたわけ。そりゃ殴るよね反射的に。防衛本能的な野生の勘が働いてごく自然に。わかるでしょ?「いや全然わかんないです」「ちっ、これだから鈍感系ハーレム主人公は」「初対面の相手にすげえ暴言吐きますねお姉さん!?」 おや、何やらショックを受けている。私に抗議する前に、否定しなくて大丈夫? ドアのところに清姫の角見えてるけど。不穏な気配漂いまくってるけど。 立香くんが仕切り直すように咳払いする。真面目な顔をすると、なかなかの男ぶりだ。「お姉さんは時計塔の魔術師だって聞きました」「あはは。そんなご立派なものじゃないなあ。いいとこ魔術使いだよ。それも、素人よりちょっとマシなくらい」「そうなんですか? でも、とてもそうは見えないです。もっとこう、なんて言えばいいのかな。うーん」 言葉選びに悩む立香くんを、デミ・サーヴァントちゃんが引き継いだ。「その、ずいぶん落ち着かれてませんか? 私たちの話は、かなり荒唐無稽なものだったと思うのですが」「そういえば、すんなり信じてくれたけど」 一年にも及ぶ、七つの特異点を巡り人理を取り戻す戦い。語られたのは当然そのごく一部だったわけだけれど、それでも奇想天外な話だ。 疑わなかったことが不思議だと、自分のことだろうに難しい顔をする彼に、私は、そりゃあね、と困ったように笑ってみせた。「だって君、古傷だらけじゃない」 はっと、誰かが息を呑んだ。 言われた当人である立香くんも目をまん丸に見開いて、その隣でデミ・サーヴァントちゃんも、何かに気づいたのか、立香くんを凝視している。 唯一の外部枠、数合わせの一般人。レイシフトは生身の体をそのまま転移させるわけじゃない。だから、傷痕なんて残らないと。そう――多分、失念していたんだろう。 傷には、目に見えないものだってたくさんあるっていうことを。「無茶ばっかりしたんだね。怖かったでしょ」 彼の旅路もまた、平坦なものではなかった。言ってしまえばそれだけのこと。それはそうだ。魔術王を名乗った存在には、慢心はあっても手加減はない。 一度目と、今と。変わったことも変わらないこともきっといくらでもある。私は所詮世界の果ての蝶のはばたき程度に過ぎない。それでも間違いなく、変化のひとつだった。そう自惚れていたい。 ぼろ、と立香くんの瞳から雫が落ちる。喘ぐように口が開閉して、でも言いたいことは音にならないみたいだった。 私も、察してあげられるほど、彼と親しくはない。 だから、言いたいことだけを、言うことにした。「『人類最後のマスター』なんてものにしてしまってごめんなさい。そしてありがとう。私たちにできなかったことをやり遂げてくれた君に、最大限の感謝を」 今の私から言えるのは、これだけ。[newpage] 怠惰に寝転がって、天井を見上げる。白は少しくすんで見えた。 立香くんと彼のサーヴァントたちがいなくなった部屋はとても静かで、空調が吐き出す風の音だけが聞こえてくる。「マーリン」「なんだい?」 何が楽しいんだろう。さっきからずっと、人の髪をくるくる指に巻き付けて遊んでいるマーリンは、鼻歌なんか歌っちゃっている。傷んでるから、あんまり触らないでほしいのに。「私のペンダント、取ったでしょ」「預かっておこうと思って。大丈夫、ちゃんと大事にしまってあるよ」「どこに?」「塔の中」 ……それはちょっと大事にしまい込み過ぎじゃなかろうか。 ジト目で見ると、マーリンは少し苦笑したようだった。「君にはもう、必要のないものだろう?」「そりゃ『中身』はそうだけど」「残ってる分の聖杯でも四つもあるんだ。ちゃんと保管できるのは、彼女の盾くらいだよ。ここには厄介な英霊もいる。心細いのはわかるけど、私が代わりに傍にいるから」「……あの可愛い後輩と自他共に認めるロクデナシを一緒にするとか……」「その辛辣さも、久しぶりと思えばうれしいものだね」 花の匂いがする。彼女はどんな香りを纏っていただろう。もう思い出せない。思い出せないことが寂しい。「十年は、長かったなあ」 帰りたかった場所が、もうないことを。私はずっと知っていたのに、わかっていたはずなのに、いざこうして目の前にすると、結構しんどい。 立香くんのことを、デミ・サーヴァントちゃんは本当に、心の底から信頼しているみたいだった。時間神殿からの未帰還者、一名。誰も還らなかった一度目とは、比べようのない戦果だ。 それでも、彼が守ってくれた世界に、私の帰りたかった場所はない。最初からなかった。 マーリンの手が頭を撫でてくる。やめてほしい、セクハラだ。「君は少し、頑張りすぎだね」「一年間、ただ眠っていただけだよ」「その眠りも、穏やかなものじゃあなかっただろう」 嘘はいけないよ。マーリンが囁く。無駄にいい声を、少し掠れさせて。 眠っていただけなのだ、私は。何に傷つくことも、何を傷つけることもなく。放り出して、逃げただけ。それを「頑張り過ぎる」なんて言われたら、もうこれは侮辱にも等しいんじゃなかろうか。 目を閉じて、開いて。瞬きの間に終わってしまった一年だ。衰えたのは体だけじゃないだろう。今から、時計塔に戻った時が怖い。「ねえ、マイロード。私は――」「お取込み中すまない! でも邪魔するのが主な目的だから許してほしい!」「……うーんこの、フラグクラッシャーぶり。懐かしいようなやっぱりそんなオチだよねというか」「なんだいなんだい、もしや本当にちょっとイイ感じになってたのかい? それは結構! 流石私、いい仕事をした」「正直ですね、ダ・ヴィンチちゃん」 台無しである。なんかもう、色々と台無しである。私にはゆっくり感傷に浸る暇もないというのか。 何か言いかけていたマーリンが肩をすくめてみせるのに、ダ・ヴィンチちゃんに気にする様子はまるでない。 それどころか、一応仮にもレディの部屋だというのに、ダ・ヴィンチちゃんはずかずか入り込んでくるし、勝手に椅子に腰を落ち着けてしまった。あ、これ長くなるやつ。せめて許可を求めるポーズくらいしてくれても罰は当たらないと思う。 マーリンが体を起こしてくれる。そのまま、さっきみたいに私を抱え込んで後ろに座り、背もたれになってくれた。私の体、本当にぐでんぐでんだからなあ。 私が話を聞ける体勢になるまで待って、ダ・ヴィンチちゃんは口を開いた。「さて、早速だけど本題に入ろう。脈絡もなにもないけど、そろそろ君もおねむの時間だろうからね」 伝言だよ、とダ・ヴィンチちゃんが言う。マーリンにかと思えば、君にだよ、と私の瞳を見て、謎めいた微笑を浮かべた。「うん、君というか、多分君なんだろうなと言おうか。確証はないけどね、でも何故だか、君で間違いないと確信できてもいる」「伝言なのに、誰に伝えるか曖昧なんですか?」「私に伝言を預けた本人も、よくわかっていなかったみたいだよ?」 マーリンは何も言わない。黙って静観するつもりみたいだ。 私はといえば、心当たりがありすぎてちょっと身構えてしまう。なんだ、毒舌ツンデレ指導教授か、それとも大家のおばちゃんから家賃の督促状でも届いたんだろうか。「『ありがとう』、だってさ。まったく、この天才に伝書鳩の真似事をさせるなんて、才能の無駄遣いもいいところだと思わないかい?」「――……感謝されるようなことは、なにも……心当たりがないんですけど……」「嘘だね」 ダ・ヴィンチちゃんの声音は穏やかだ。眼差しも、とても優しい。 マーリンは相変わらず私の髪を弄んでいて、私を抱え込むように座っているからだろうか。表情はわからない。「集まりすぎるなんてことに気づいたのは私だけれどね。仮説を立てたのはロマニだ。正直、半信半疑ではあったけれど、まあ」 ダ・ヴィンチちゃんが目を細める。 私の顔を覗き込んで、うん、と頷いた。「その顔は、アタリかな?」 このカルデアにいるサーヴァントは、実に五十を超える。霊基が記録されているだけなら、さらにその倍近く。 七つの特異点それぞれで縁を結んだ英霊たちが集ったにしても、たったの一年、ただひとりのマスターが召喚した数としては、異例だ。異様、と言い換えていいかもね、とダ・ヴィンチちゃんはおどける。「立香くんが持つマスターとしての特性と、マシュと融合したサーヴァントの特性を鑑みても、うん、まあやっぱり異常だった。いくらカルデアスのバックアップがあったとしてもね」 なにか原因があるはずだと、ダ・ヴィンチちゃんが言った。もしかして、と、ドクター・ロマンが仮説をたてた。 もしかして、冷凍睡眠状態にあるマスター候補たちのなかに、その原因があるのではないかと。 まさか四十七人のコフィンを全て開けて確かめていくわけにもいかず、仮説は仮説のまま。仮にも、英霊召喚システムにマスター候補として招集された魔術師たちだ。なにか触媒になるものを持ち込んでいるのかもしれない、と。そういう理解でいたらしい。「じゃあ、カルデアスの下にコフィンを安置しておいたのは」「僅かな可能性でも、賭けてみるしかなかった。そのくらい、いろいろギリギリだったんだよ」 なら、あの時も。一度目の世界でも、そうだったんだろうか。あの下に眠っていたマスター候補たちが、本人たちも知らない内に、力になってくれていた? 一緒に、戦ってくれていたのか。ひとりじゃ、なかったの、かな。「君がなにを持っていて、どうしてそこの魔術師を引き出してこれたのか、聞いてみたいところだけれど。これ以上無理をさせたら、それこそ本末転倒かな。でもなあ、気になるなあ」「秘密を上手に持っていることも、いい女の条件らしいですよ、ダ・ヴィンチちゃん」「ははーん? つまり、あれかな。『ふたりだけの秘密♡』とか言うつもりだな?」「そりゃあもう。私と彼女の仲だからね」「その『仲』がどういうことなのか気になるんだけどなーこっちは!」「マーリン抱きつくのやめて」 そろそろ頬ずりされ過ぎてこっちの頬が痛い。ただでさえ髪も枝毛ばっかりなのに、これで肌もボロボロになるとか勘弁してほしい。 ダ・ヴィンチちゃんがやれやれ、とこれ見よがしにため息を吐いた。まあいいよと、立ち上がる。「とにかく、伝言は伝えたからね。まずは体調を戻すことに専念して、ゆっくりお休み」「はい。ありがとうございます、ダ・ヴィンチちゃん」 ありがとうございました、ドクター・ロマン。