「あせり」「オーガニック」「差別化」「ソレタベタイ」「独り言」「ある夜の夢」 〔松藤博人さん〕
《あせり》
今、私の中で最も考えておかなければならないことは、有機栽培と循環型農業の未来性だ。本当は、もうなんらかの形で実践していなければならないと思うほどである。東京や千葉にいる私の友人や知り合いに会う機会がある時、農業の話になれば必ずと言っていいほど無農薬だの有機栽培の話になる。私も、その話になればとても興味のあることなので熱心に聞いたり話したりするが、ある種の恐怖心に似た「あせり」を持ち合わせながら、それらの話を進めていっていることに私は気がついている。
《オーガニック》
今、というか、このところなんというか「オーガニックな感じ」らしい。全国的に見て有機栽培(オーガニック)、無農薬、環境保全型農業、循環型農業、食育、スローフード、ロハス、マイクロバイオテックは一時的なはやりの言葉ではなくなってきている。20代半ばから60代くらいまでの成功者のご褒美的な考え方となりつつある。農産物の生産者からしてみれば手間のかかるやっかいなものだが、人の世は常に強者が動かす。バンバン農薬や化学肥料を使用した安価な農産物、ぼかしやコンパニオンプランツを使ったお手間な農産物という二極化は、まるでこれから確実に棲み分けされるお金持ちではない階層とお金を沢山持っている階層の、食物における供給と需要の姿を現しているように見える。
《差別化》
私も、近頃首都圏へ行って、どのような農業がキテルかなんて調査できる立場にないので確実とは言えないが、テレビを見てればわかるでしょ、だいたい。二極化なんて柔らかく表現しているけど、貧富の差はそんなに顕著じゃないにしろ、もはや確実にある。今はその差は極端ではないから、その階層の構図をシャープに理解したメジャーな生産者(トヨタとかマックとか)が今ターゲットを階層ごとにはっきり区別して、儲けている。でもここ数年で本当に右肩あがりなのは(数字の大きさは違うけど)、俗に言うブランド品生産会社でしょ。ヴィトンだとかその手の高級ブランドということだ。エルメスだってヴィトンだってかれらの環境に配慮する姿勢はトヨタのプリウス並だ。かれらのいわゆるオーガニックな考え方はマイクロバイオテック的なものまで引き出した、と私は思っている。かれらは差別した。まず高級素地と一流の技術と歴史で差別した。それを継続しながら、かれらはある特定の自然環境や地域文化を守ることを(当然代価を払って)、新たなプロパガンダにして自社商品を差別した。そのプロパガンダを通して、商品の値段を差別する正当性を間接的に表して見せる。
現代人は、その差別化を特別と理解して商品を購入する。まあそれだけで企業が成功を継続できる訳ではないだろうけど、一例として現代で差別化に成功するとはそういったものの考え方だ、と私は思うのだけど、、、。
《ソレタベタイ》
ここで農業にとって重要なのは「自然環境や地域文化を守る」ことがお金になったということだ。私の理解では「自然を守る」ことがこのプロパガンダの中心で企業はそれをとても良い企業イメージとして捉えた。もっと突っ込むと『自然』を企業イメージの一部としたかった。実際には出来ないけれど「自然回帰」そんなイメージ。
なぜなら高級ブランドをご購入あそばされる方は自然が好き、ん〜というか自然も好き。高級品と自然をどちらとも持ちたい。この一見矛盾しているような考え方が「オーガニックな感じ」だということを農家として客観的に理解していなければなるまい。
それは地産地消や村を守れ的な考え方とはかなり距離がある感じがする。農家が自分の家で食べる野菜だけは無農薬!なんて言ってしまうと犯罪者扱いされてしまわれるような、、、圧倒的な経済力をバックにした首都圏に居る人の購買動向、自然=オーガニック=無農薬、無化学肥料=「ソレタベタイ」。それを私はひしひしと感じる。
《独り言》
多分ブランド品を買って有機栽培の野菜を食べたい人は、牛糞の臭いのしない完全発酵した堆肥の方が好きだろうな。それがお金で買えるのだったらなおさらそうして欲しいのだろな。果樹ではできない、無農薬は、でも無化学肥料はできるよな。やらなきゃな。あせるよな。金も時間ももっと掛かるよな。肥料も農薬ももっと勉強しなきゃな、あたりまえだよな。山形県でも西村山郡でも朝日町でもなんかその辺援助とかないかな〜。あ〜有機栽培コースとかのプログラムないかな〜本格的な。どこの県にも負けない有機栽培のプログラムあったらいいな。農薬問題ってどうして起こったんだっけな〜?りんご農家一人一人が使用する農薬の種類を全て説明できるようになるってそんなに難しい事かな?俺だけかなこんなつぶやき。
《ある夜の夢》
いきなり中国人に「ユウキサイバイワタシイマヤレルカ」と問われても、私は「うーん」と。中国人はまた聞く「ウーンナイイマヤレルカ」。デジタルな話し方で私につめよる。すごいスピードだ。時代の波とはこのことか? 私はそれでも「うーん」と目の前を見るばかり。あのトヨタだってレクサスをシリーズ化した。高級な商品を高給取りに。オーガニックな農産物を全消費者に。それが農業じゃん。出来たらいいね。22世紀。なんで今できることができないのか?
今、私の中で最も考えておかなければならないことは、有機栽培と循環型農業の未来性だ。本当は、もうなんらかの形で実践していなければならないと思うほどである。東京や千葉にいる私の友人や知り合いに会う機会がある時、農業の話になれば必ずと言っていいほど無農薬だの有機栽培の話になる。私も、その話になればとても興味のあることなので熱心に聞いたり話したりするが、ある種の恐怖心に似た「あせり」を持ち合わせながら、それらの話を進めていっていることに私は気がついている。
《オーガニック》
今、というか、このところなんというか「オーガニックな感じ」らしい。全国的に見て有機栽培(オーガニック)、無農薬、環境保全型農業、循環型農業、食育、スローフード、ロハス、マイクロバイオテックは一時的なはやりの言葉ではなくなってきている。20代半ばから60代くらいまでの成功者のご褒美的な考え方となりつつある。農産物の生産者からしてみれば手間のかかるやっかいなものだが、人の世は常に強者が動かす。バンバン農薬や化学肥料を使用した安価な農産物、ぼかしやコンパニオンプランツを使ったお手間な農産物という二極化は、まるでこれから確実に棲み分けされるお金持ちではない階層とお金を沢山持っている階層の、食物における供給と需要の姿を現しているように見える。
《差別化》
私も、近頃首都圏へ行って、どのような農業がキテルかなんて調査できる立場にないので確実とは言えないが、テレビを見てればわかるでしょ、だいたい。二極化なんて柔らかく表現しているけど、貧富の差はそんなに顕著じゃないにしろ、もはや確実にある。今はその差は極端ではないから、その階層の構図をシャープに理解したメジャーな生産者(トヨタとかマックとか)が今ターゲットを階層ごとにはっきり区別して、儲けている。でもここ数年で本当に右肩あがりなのは(数字の大きさは違うけど)、俗に言うブランド品生産会社でしょ。ヴィトンだとかその手の高級ブランドということだ。エルメスだってヴィトンだってかれらの環境に配慮する姿勢はトヨタのプリウス並だ。かれらのいわゆるオーガニックな考え方はマイクロバイオテック的なものまで引き出した、と私は思っている。かれらは差別した。まず高級素地と一流の技術と歴史で差別した。それを継続しながら、かれらはある特定の自然環境や地域文化を守ることを(当然代価を払って)、新たなプロパガンダにして自社商品を差別した。そのプロパガンダを通して、商品の値段を差別する正当性を間接的に表して見せる。
現代人は、その差別化を特別と理解して商品を購入する。まあそれだけで企業が成功を継続できる訳ではないだろうけど、一例として現代で差別化に成功するとはそういったものの考え方だ、と私は思うのだけど、、、。
《ソレタベタイ》
ここで農業にとって重要なのは「自然環境や地域文化を守る」ことがお金になったということだ。私の理解では「自然を守る」ことがこのプロパガンダの中心で企業はそれをとても良い企業イメージとして捉えた。もっと突っ込むと『自然』を企業イメージの一部としたかった。実際には出来ないけれど「自然回帰」そんなイメージ。
なぜなら高級ブランドをご購入あそばされる方は自然が好き、ん〜というか自然も好き。高級品と自然をどちらとも持ちたい。この一見矛盾しているような考え方が「オーガニックな感じ」だということを農家として客観的に理解していなければなるまい。
それは地産地消や村を守れ的な考え方とはかなり距離がある感じがする。農家が自分の家で食べる野菜だけは無農薬!なんて言ってしまうと犯罪者扱いされてしまわれるような、、、圧倒的な経済力をバックにした首都圏に居る人の購買動向、自然=オーガニック=無農薬、無化学肥料=「ソレタベタイ」。それを私はひしひしと感じる。
《独り言》
多分ブランド品を買って有機栽培の野菜を食べたい人は、牛糞の臭いのしない完全発酵した堆肥の方が好きだろうな。それがお金で買えるのだったらなおさらそうして欲しいのだろな。果樹ではできない、無農薬は、でも無化学肥料はできるよな。やらなきゃな。あせるよな。金も時間ももっと掛かるよな。肥料も農薬ももっと勉強しなきゃな、あたりまえだよな。山形県でも西村山郡でも朝日町でもなんかその辺援助とかないかな〜。あ〜有機栽培コースとかのプログラムないかな〜本格的な。どこの県にも負けない有機栽培のプログラムあったらいいな。農薬問題ってどうして起こったんだっけな〜?りんご農家一人一人が使用する農薬の種類を全て説明できるようになるってそんなに難しい事かな?俺だけかなこんなつぶやき。
《ある夜の夢》
いきなり中国人に「ユウキサイバイワタシイマヤレルカ」と問われても、私は「うーん」と。中国人はまた聞く「ウーンナイイマヤレルカ」。デジタルな話し方で私につめよる。すごいスピードだ。時代の波とはこのことか? 私はそれでも「うーん」と目の前を見るばかり。あのトヨタだってレクサスをシリーズ化した。高級な商品を高給取りに。オーガニックな農産物を全消費者に。それが農業じゃん。出来たらいいね。22世紀。なんで今できることができないのか?
発信者/山形県立農業大学校研修部 山崎彩香
問合せ先/新庄市大字角沢1366 TEL・FAX0233-22-8794
更新日/2006年 4月 25日