モラハラは精神的な暴力、DVは肉体的な暴力。
それが並行して行われる、ということもよくあるという。
テーマから外れるのでここでは割愛するが、夫と出会う前に付き合っていた男がこのタイプだったので、そのあたりはよく分かっているつもり。
DVの方は証拠も残るし、受けている本人も「自分は被害者だ」という認識が持ちやすいのではないかと思う。
暴力は明らかに犯罪なわけだからね。
モラハラは、明確な証拠が残りにくい。録音・録画等があればいいんだけど、その証拠を取るのはなかなか難しいと感じている。
だって、ことばの拳は、いつ、どこから飛んでくるかわからないのだ。もうね、レコーダーのスイッチを24時間入れて、常に持ち歩くしかないのかな、と。
何より、モラハラをする人というのはあの手この手で相手を悪者に仕立て上げ、
「こうなったのはお前のせいだ」
「お前の受け取り方がおかしい」
と自分を被害者に見せる術に長けている。
仮に自分が「え、それおかしくね?」と思っても、日々「お前が悪い」と責め立てられることで疲弊し、「ハイハイそうですか」と黙って相手の言うことを聞いているうちに、だんだんと「もしかして、私が悪いのかな」なんて思い始めてしまうのだ。
特に、「自分が変われば相手も変わってくれる」と信じているうちは。
その手法は洗脳に近くて、私も人に指摘されるまで「自分が悪かったんだ」と思い込んでいたことが多々あった。
ちょっと脱線した。
モラハラとDVが並行する、と冒頭に書いたが、多分多くのモラハラ加害者は、直接手をあげるようなことはあまりないんじゃないかと思う。
だって、自分が悪者になりたくはないんだからさ。
そのかわり、何をするかというと、
・ 物を投げたり
・ ドアを強く閉めたり
・ 壁を叩いたり
・ 物を壊したり
といった威嚇行為ね。
人を殴ってるんじゃないからいいだろ、というのが、うちの夫の言い分。
この辺りのことは、今後の記事の中にも度々出てくるんじゃないかと思う。
だが、DVの徴候は結婚する前〜妊娠前に何度か見て取ることがあった。
ただ、これはあくまでも受け手の感じ方次第、というところもあるのだろうが…でも、今でも気になっていることなので、一応書き記しておく。
・ ふざけて叩くふりをする
昭和の青春ドラマなんかでよくある「バッカだな〜コイツ♡」
みたいなアレね、頭小突いたりするやつ。
あんな感じでよく顔や頭をペチンとはたかれた。しかも、けっこう痛い。
特に、友達や自分の後輩の前などでされることが多かったが、あれは何だったのだろうか。
私は相手が手をあげると反射的に頭を守ろうとするクセがついているので、それを見ると非常にしらけた顔をされ、不機嫌になった。
妊娠後、次第にしなくなっていった。
・ 突然、技をかけてくる
なんの脈絡もなく、突然プロレス技をかけられたり、背負投げされたり、腕をひねり上げられたりした。
やめて、と言うと本人はいたって上機嫌で
「ふざけてるんだよー(゚∀゚)」
と言っていたが。
大外刈をかけられた時には受け身がとれず、敷居に顔をぶつけて怪我をしてしまった。
それ以来、技をかけられることはなくなった。
ちなみに、その傷跡は色素沈着してしまい、今でも顔に残っているが、先日「それ、どうしたの?手入れが足りないんじゃないの」と言われて逆に驚いてしまった。
お前がやったんだろwwwww草生えるわほんとに。
この、おふざけの姿を借りたちょっとした暴力は、「自分の方が立場が上である」ということを、自分と、相手と、そして周りにも知らしめるための示威行動なんじゃないかと思う。
ついでに、相手に肉体的なプレッシャーを与えて、どこまで耐えられるかということを探っているんじゃないかな、と。
それはいじめと同じで「まだ泣かない」「まだ大丈夫」「ふざけてるだけじゃん」とやっているうちにエスカレートしていく。
でね、何を言いたいかというと、物を投げたり壊したり、壁を叩いたり、っていう、モノへの暴力は、単なる威嚇じゃないと思うんだよね。
一見、壁を叩いているように見えるが、そこに私の姿をイメージしているはずだ。夫が叩いて傷めつけているのは、間違いなく私なのである。
だからこそ、その行為や、バタバタと立てる大きな音に強い恐怖感を覚えるのだ。
だからこそ、その行為や、バタバタと立てる大きな音に強い恐怖感を覚えるのだ。
もうちょっと想像を膨らませてみる。
夫が投げつけて壊したのが子供の玩具ではなく、生身の子供だったらどうだろうか。
この想像は、私が離婚を決意した理由のひとつでもある。
実際は生身の子供を投げつけるようなことはしないが、その間接的な暴力は、私の心だけでは飽きたらず、いつか子供の心も壊してしまうだろう、と。
実際は生身の子供を投げつけるようなことはしないが、その間接的な暴力は、私の心だけでは飽きたらず、いつか子供の心も壊してしまうだろう、と。