香水、それは香料をアルコールなどに溶かしたもので、身体や衣服に付けて香りを楽しむもの。世界中で、性別も年齢も問わず幅広く使われている嗜好品のひとつです。しかし今、香水業界に激震が走っている……かもしれません。アイルランドの科学者たちが、なんと『汗をかくほどいい匂い』のする香水を開発してしまったのです。
『汗をかくほどいい匂い』。
どこかフェティシズムを感じるとでもいいましょうか、なんだか危険な匂いのする言葉です。
しかし、そもそも香水は汗をかいている時に使ってはいけないといわれます。汗の匂いと混ざり合うと、もともとの香水の匂いが失われてしまうからです。つまり『汗をかくほどいい匂い』の香水は、常識を打ち破る、汗と混ざることが前提のものだといえるでしょう。
しかし香水業界は、これまでにも様々なチャレンジを続けていた業界でした。他の匂いと混じってはいけない……どころか、自らとんでもない匂いを生み出してきたのです。その冒険の歴史を、まずは一部振り返ってみましょう。
へんな香水たち
自然と化学と想像力
まずは、なぜ身にまとう必要があるのか、なぜ身にまといたいと思うのか疑問な香水たちです。
この「DEMETER」というメーカー、実は奇妙な香水ばかりを発表しています。そのラインナップたるや、ほかには土の匂いやタイヤの匂い、ペンキの匂いにビニールの匂いなどが存在するようです。しかし、それらはまだ『匂い』がイメージできるだけわかりやすいといえるでしょう……。
もちろん、香水業界がこんな荒唐無稽な匂いばかりを開発してきたわけではありません。なかには外食産業とのコラボレーションによって、食べ物の匂いを香水化する例も存在します。
焼きたてピザ(ピザハット)
懸賞の商品だった。
もはや食べ物ならそのものを持ち運べば……という気もしますが、どちらも香水としての評価は高かったといいます。
香水で訪ねるミステリースポット
一方で、有名化粧品メーカー・LUSHは、実際にはあるらしいがまったくイメージできない、大きなスケールの『匂い』を小さな瓶に閉じ込める挑戦をしていました。たとえば、こちらは4,000年前に死者を埋葬するために使われていた巨石『ヘルストーン』をイメージしたという香水です。
―Amazon.co.jp
あまりにもスケールが大きすぎて、とても香水瓶には収まりきらないような気がしますが、そのチャレンジ精神だけは伝わってくるというものです。しかしこの『ヘルストーン』、その匂いはとてつもなく強烈だったようで、歌舞伎俳優の市川海老蔵氏は「ワキガの香り」と評しています……。
歴史を変える革命児
なにはともあれ、このような挑戦の果てに誕生した革命児、それが『汗をかくほどいい匂い』の香水なのかもしれません。開発したのは、なんとアイルランドにあるクイーンズ大学イオン液体実験室の研究チームです。
そう、この香水はまったく『へんな香水』ではありません。いたってマジメな香水なのです……。
意外とスマートな革命児。
『汗をかくほどいい匂い』。その香水の正体は、無臭性の『イオン液体』(液体状の塩)に香料が含まれたものでした。『イオン液体』と香料は、混合すると元々の香料の匂いが消えてしまいます。しかし、そこに水が加わると再び香料の匂いが甦るのです。つまりこの香水は、『人間の汗によって香料が放出される』仕組みになっていました。
また、この香水は汗の臭いを消す効果も持っています。もともと汗の臭いは、汗そのものが放っているものではありません。人間の皮膚にいる常在菌が、汗の栄養分を分解しながら繁殖する際に、臭いの原因である物質・チオールが発生するのです。しかし、『イオン液体』にチオールが付着すると、その悪臭は消えていくといいます。
汗に含まれる栄養分は常在菌のごちそう。
プロジェクトリーダーのニマル・グナラトネ博士は、この発明は大きなビジネスの可能性を秘めているといいます。すでに研究者たちは、商品化のために香水の製造会社とアイデアを検討しているようです。またニマル氏は、『イオン液体』が持つ「特定の物質をゆっくりと放出できる」という特性は、科学の他分野にも活かすことができるだろうと述べています。
緊張の汗もいい匂いに?
周りはリラックスできそう。
現在の制汗剤やデオドラントの多くは、臭いを紛らわせる、発汗自体を一時的に止める、皮膚の細菌を殺す、といった方法で汗の臭いを抑えようとしています。『汗をかくほどいい匂い』の香水が実用化されれば、それはまさに業界の革命児になるはずです。その効果は、おそらく香水のみにとどまらないことでしょう。
一般的に『臭い』というイメージの汗。その存在によって『いい匂い』が放たれるという発想の転換は、私たちの『匂い』についての考え方を変えることになるかもしれません。いろんな臭いに悩まされている人も、きっとそこから解放されることになるのではないでしょうか。今はじっと息を殺して、実用化を待つことにしましょう……。