呼吸器感染症の予防
①感冒症候群の病態解明と予防法・治療法の研究開発
感冒症候群は若年者にとっては、症状は軽微であっても、日常生活の質を変化させ、精神活動や運動機能を低下させる。そのため、社会・経済活動、あるいはライフステージにおける重大な活動に支障を来すことがある。また、特に高齢者において感冒症候群は二次性細菌性肺炎の併発や慢性閉塞性肺疾患増悪・気管支喘息増悪をもたらし、高齢者の死亡や呼吸困難、ADLの低下、QOLの低下に密接に関係する。感冒症候群ではライノウイルスやRSウイルス、インフルエンザウイルスが高頻度に検出される。私たちは培養細胞を用いた基礎研究および臨床研究において感冒症候群における炎症性物質の検出など、免疫状態の変化を明らかにしてきたが、今後さらなる病態の究明が必要である。
ライノウイルスやRSウイルス感染はこれまで予防薬・治療薬の開発が遅れてきたが、私たちは、これらのウイルスの感染受容体の抑制やウイルス侵入経路の遮断に着目し、カルボシステイン(喀痰調整薬)、β2刺激薬、マクロライド、プロトンポンプ阻害薬、ステロイドなどによるライノウイルス感染抑制効果および慢性閉塞性肺疾患増悪予防効果を明らかにしてきた。これらの医薬品およびニュ-キノロン抗菌薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬などを含めて、安全性が確立した臨床治療薬品のライノウイルス、RSウイルスやインフルエンザウイルス感染治療への応用、気管支喘息増悪抑制作用への展開が期待される。
本講座では基礎的・臨床的研究を通じて、感冒症候群の病態解明と感冒症候群の治療薬・予防薬の開発を行う。
②感冒に随伴する慢性炎症性肺疾患増悪の予防法・治療法の研究開発
感冒症候群は慢性閉塞性肺疾患・気管支喘息患者において増悪をもたらし、死亡や呼吸不全、ADLの低下、QOLの低下に密接に関係する。私たちは、これらのウイルスの感染受容体の抑制やウイルス侵入経路の遮断に着目し、カルボシステイン、ステロイド、マクロライドなどによるライノウイルス感染抑制効果および慢性閉塞性肺疾患増悪予防効果を明らかにしてきた。本講座においてこれらの研究を発展させ、抗コリン薬、吸入ステロイド、β2刺激薬、ニュ-キノロン抗菌薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬の慢性閉塞性肺疾患・気管支喘息増悪予防効果を検討する。
③高齢者肺炎の予防法・治療法の研究開発
抗生物質の発達に伴って、若年者の肺炎の治療方法が確立し、若年者は肺炎で死亡することが少なくなった。しかし、高齢者では不顕性誤嚥に伴って繰り返して肺炎が起こるため、死亡率が高くなっている。私たちは、脳梗塞や認知症、胃食道逆流、反回神経麻痺、向精神薬、葉酸欠乏などによる嚥下反射低下・咳反射低下と不顕性誤嚥の関係などを解明し、高齢者肺炎の病態をこれまで明らかにしてきた。本講座において、ワクチンによる高齢者肺炎予防法を研究する。また、感冒症候群に合併する二次性細菌性肺炎の病態を明らかにして、予防薬・治療薬の開発を行なう。
難治性肺疾患に対する肺再生・修復治療の開発
大人の肺は再生しないと考えられている。そのため、慢性閉塞性肺疾患(COPD: chronic obstructive pulmonary disease)の肺気腫などで認められる肺胞破壊は不可逆的なものであると考えられてきた。しかし、感染、喫煙、誤嚥など様々な刺激により肺細胞は傷害を受け、それら傷害を受けた細胞および肺組織が新しい細胞によって常に修復されている。このことにより肺組織の恒常性が保たれている。いわゆる肺の創傷治癒である。この修復機転の破綻は、COPD、肺線維症、肺癌など多くの難治性肺疾患の病態に関与していると考えられる。肺修復過程には、肺組織幹細胞および骨髄由来幹細胞の関与が示唆されている。近年、肺におけるこれら幹細胞群が次第に明らかとなり、その病態への影響が研究されつつある。臨床においては、末梢血中の骨髄由来幹細胞の機能および数の多少が、市中肺炎、急性肺損傷(ARDS: acute respiratory distress syndrome)の予後に関与するとの報告が我々を含め多くの施設よりなされた。また、条件さえ整えば気腫化肺の肺胞再生が生じること、間葉系幹細胞を肺内投与することにより肺傷害の軽減が認められるなど、肺疾患に対する様々な再生医療・細胞治療の研究が進みつつあり、肺の細胞治療の可能性が見えてきた。
肺損傷と修復
感染、喫煙、誤嚥など様々な刺激により、肺の細胞は傷害を受ける。それら傷害を受けた細胞および肺組織は新しい細胞によって修復され、肺組織の恒常性が保たれている。肺のいわゆる創傷治癒である。この修復機転の破綻は、肺気腫、肺線維症、肺癌など多くの難治性肺疾患の病態に関与していると考えられる。発生学的に、肺は食道壁の一部より生じ、消化管と同じ起源を持つ。消化管とくに腸の上皮細胞が数日で新しい細胞に入れ替わるのに対し、肺の気道上皮細胞のturn overは約100日と長い。しかし、肺は外界に接している臓器であるため、肺損傷後の修復は素早く行われる必要がある。この肺の修復機転の詳細は未だ不明である。
傷害を受けた肺胞では、その細胞に取って代わる新しい細胞の供給が必要である。この供給源となる細胞群が肺における幹細胞である。これらの細胞が増殖するための適切な足場の存在も重要である。それらの細胞を傷害部位に誘導させるための走化因子、増殖させるための増殖因子などの液性因子が重要である。また、それらの幹細胞を目的とする組織細胞に分化させるための細胞内シグナルおよび転写因子の発動が重要である。
肺組織を修復・再生するための細胞
肺の組織修復にかかわる細胞としては、肺組織中に存在する組織幹細胞と骨髄由来幹細胞の関与が考えられている。しかし、いずれも肺組織修復に関与する細胞群としては明確な定義および同定がなされておらず、議論が分かれている。
肺組織幹細胞、骨髄由来幹細胞
肺組織幹細胞
肺組織固有に存在する幹細胞群として、肺胞II型上皮細胞、クララ細胞、基底細胞が候補としてあげられている。末梢気道においては基底細胞が存在しないため、肺胞II型上皮細胞とクララ細胞が重要な役割を果たしていると考えられる。しかし、全てのII型上皮細胞、クララ細胞が分化増殖の能力を持つ「幹細胞」であるかは不明である。最近、終末細気管支と肺胞の移行部(bronchioalveolar junction)にクララ細胞の特徴であるCCSP(Clara cell secretory protein)タンパクと肺胞II型上皮細胞の特徴であるSP-C(sirfactant protein-C)タンパクを持つ細胞群の存在が報告された[脚注]。この細胞群は、気道上皮細胞傷害後も生き残り、クララ細胞にも、肺胞II型上皮細胞にも分化することがわかり、末梢気道におけるいわゆる「幹細胞」であると期待されている。この他に、肺組織中のside-population (SP)細胞群には、間葉系の幹細胞が多く含まれている[脚注]。しかし、いまだ肺固有組織幹細胞の良いマーカーは存在しないため、それら幹細胞の肺修復における重要性、また各種肺疾患との関係に関する研究は進んでいない。
骨髄由来幹細胞
これらのことより、骨髄由来幹細胞が肺損傷後の組織修復に何らかの役割を果たしていることが考えられる。我々は、LPS急性肺損傷モデルにおいて、骨髄由来幹細胞が炎症刺激により動員され、傷害部位に集積し、肺胞上皮細胞・肺毛細血管内皮細胞に分化または融合することを明らかにした[脚注](図1)。市中肺炎症例においても、骨髄由来細胞の多少が肺炎後の治癒にかかわっていることが示唆された[脚注]。
肺気腫モデルにおいては、エラスターゼ誘発性ラット肺気腫モデルにおいてall-trans retinoic acid(ATRA)投与が肺胞再生をもたらすことが報告され[脚注]、条件が整えば肺実質の再生が可能であることを示唆されている。我々は、このモデルを用いて骨髄細胞による肺胞再構築について検討した[脚注]。骨髄由来細胞の動態を調べるため、 GFPトランスジェニックマウスの骨髄をC57BL/6マウスに移植したGFPキメラマウスを用いた。このGFPキメラマウスにエラスターゼを経気道的に投与し気腫性変化を惹起させ、その後、ATRAを投与し気腫肺の改善を促し、その再構築された肺胞での骨髄由来細胞の有無をGFP発現で評価した。その結果、コントロールマウスでは肺胞マクロファージや血管内に存在する白血球のみが陽性で肺胞壁にGFP陽性細胞は存在しなかった。一方、ATRA投与群の肺胞壁には扁平なGFP陽性細胞を認めた。これらのGFP陽性骨髄由来細胞は、上皮細胞マーカーとしてのサイトケラチンまたは内皮細胞マーカーとしてのCD34が陽性であり、血球系マーカーであるCD45陰性であることから肺胞上皮または肺毛細血管内皮細胞に分化した骨髄細胞であると考えられた。このことから、ATRAによって改善した肺胞には、骨髄由来幹細胞が存在しており、肺胞の再構築に関与していると考えられた。しかし、この細胞が真に肺胞上皮細胞に分化したのか、それとも肺組織幹細胞より分化した肺胞上皮細胞と細胞融合したのかは明らかではない。また、肺細胞に分化した骨髄由来細胞の数はきわめて少なく、その臨床的意義は明らかではない。
細胞の分化・増殖因子を促す分化誘導・細胞増殖因子
細胞増殖因子は、細胞の増殖・遊走・分化・アポトーシスの誘導、形態形成の誘導、細胞外基質の産生制御など様々な細胞および組織機能の調節を行い、発生時の組織形成や発生後の組織再生に関与している。肝細胞増殖因子hepatocyte growth factor (HGF)は、肝細胞や胆管上皮細胞に働きその細胞増殖を促進させ、肝再生へ向かわせる。また、それだけではなくさまざまな臓器において組織の修復と再生を促すことが知られている。肺においても、発生の段階での肺胞形成や肺切除後の代償性の肺成長に関与することが知られている。そこで、我々は肺気腫モデルにおいて、このHGFの効果を検討した[脚注](図2)
。同時に、granulocyte-colony stimulating factor (G-CSF)の効果も検討した。G-CSFは元来、顆粒球の遊走因子であり、顆粒球・マクロファージの成熟因子として知られているが[脚注]、最近、骨髄由来幹細胞を含めた血球系および間葉系の骨髄細胞を末梢に動員する能力があることが明らかとなった[脚注]。ATRA実験と同様、GFPキメラマウスにエラスターゼを経気道的に投与し気腫性変化を惹起させ、HGF、G-CSF、ATRAを投与し気腫性変化の改善度を調べた。ATRA投与は、これまでに報告されているとおり、気腫性変化を改善した。G-CSF投与群でもATRA投与群とほぼ同様に気腫性変化が改善した。HGF投与群では、ATRA・G-CSF投与群よりもさらに気腫性変化が改善していた(図3)。
以上の結果から、これまで報告のあったATRA以外にも、G-CSFやHGF投与によって肺気腫肺が再生することが明らかとなった。その機序として、G-CSFやHGF投与によって末梢に骨髄由来幹細胞が動員され、肺に集積し、それらの細胞が肺胞上皮細胞や肺毛細血管内皮細胞に分化・融合、また増殖因子を産生することによって肺気腫肺の再生が促進したと考えられた。また、HGF投与群ではG-CSF投与群と肺胞壁に存在したGFP陽性骨髄由来細胞の数がほぼ同程度であったにも関わらず、肺気腫改善の程度が有意に高かったことから、HGFは骨髄幹細胞だけでなく、肺組織幹細胞の増殖も促し肺の再生を促進させている可能性が考えられ、肺再生の有力な薬剤となる可能性が示唆された。このHGFの効果は、肺切除後の残存肺再成長[脚注]、またHGFを産生する脂肪組織由来間質細胞を表面に培養したシートを肺切除断面に付着させることにより肺の成長が得られるなど[脚注]、肺再生の有望な増殖因子として期待されている。
①感冒症候群の病態解明と予防法・治療法の研究開発
感冒症候群は若年者にとっては、症状は軽微であっても、日常生活の質を変化させ、精神活動や運動機能を低下させる。そのため、社会・経済活動、あるいはライフステージにおける重大な活動に支障を来すことがある。また、特に高齢者において感冒症候群は二次性細菌性肺炎の併発や慢性閉塞性肺疾患増悪・気管支喘息増悪をもたらし、高齢者の死亡や呼吸困難、ADLの低下、QOLの低下に密接に関係する。感冒症候群ではライノウイルスやRSウイルス、インフルエンザウイルスが高頻度に検出される。私たちは培養細胞を用いた基礎研究および臨床研究において感冒症候群における炎症性物質の検出など、免疫状態の変化を明らかにしてきたが、今後さらなる病態の究明が必要である。
ライノウイルスやRSウイルス感染はこれまで予防薬・治療薬の開発が遅れてきたが、私たちは、これらのウイルスの感染受容体の抑制やウイルス侵入経路の遮断に着目し、カルボシステイン(喀痰調整薬)、β2刺激薬、マクロライド、プロトンポンプ阻害薬、ステロイドなどによるライノウイルス感染抑制効果および慢性閉塞性肺疾患増悪予防効果を明らかにしてきた。これらの医薬品およびニュ-キノロン抗菌薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬などを含めて、安全性が確立した臨床治療薬品のライノウイルス、RSウイルスやインフルエンザウイルス感染治療への応用、気管支喘息増悪抑制作用への展開が期待される。
本講座では基礎的・臨床的研究を通じて、感冒症候群の病態解明と感冒症候群の治療薬・予防薬の開発を行う。
②感冒に随伴する慢性炎症性肺疾患増悪の予防法・治療法の研究開発
感冒症候群は慢性閉塞性肺疾患・気管支喘息患者において増悪をもたらし、死亡や呼吸不全、ADLの低下、QOLの低下に密接に関係する。私たちは、これらのウイルスの感染受容体の抑制やウイルス侵入経路の遮断に着目し、カルボシステイン、ステロイド、マクロライドなどによるライノウイルス感染抑制効果および慢性閉塞性肺疾患増悪予防効果を明らかにしてきた。本講座においてこれらの研究を発展させ、抗コリン薬、吸入ステロイド、β2刺激薬、ニュ-キノロン抗菌薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬の慢性閉塞性肺疾患・気管支喘息増悪予防効果を検討する。
③高齢者肺炎の予防法・治療法の研究開発
抗生物質の発達に伴って、若年者の肺炎の治療方法が確立し、若年者は肺炎で死亡することが少なくなった。しかし、高齢者では不顕性誤嚥に伴って繰り返して肺炎が起こるため、死亡率が高くなっている。私たちは、脳梗塞や認知症、胃食道逆流、反回神経麻痺、向精神薬、葉酸欠乏などによる嚥下反射低下・咳反射低下と不顕性誤嚥の関係などを解明し、高齢者肺炎の病態をこれまで明らかにしてきた。本講座において、ワクチンによる高齢者肺炎予防法を研究する。また、感冒症候群に合併する二次性細菌性肺炎の病態を明らかにして、予防薬・治療薬の開発を行なう。
難治性肺疾患に対する肺再生・修復治療の開発
大人の肺は再生しないと考えられている。そのため、慢性閉塞性肺疾患(COPD: chronic obstructive pulmonary disease)の肺気腫などで認められる肺胞破壊は不可逆的なものであると考えられてきた。しかし、感染、喫煙、誤嚥など様々な刺激により肺細胞は傷害を受け、それら傷害を受けた細胞および肺組織が新しい細胞によって常に修復されている。このことにより肺組織の恒常性が保たれている。いわゆる肺の創傷治癒である。この修復機転の破綻は、COPD、肺線維症、肺癌など多くの難治性肺疾患の病態に関与していると考えられる。肺修復過程には、肺組織幹細胞および骨髄由来幹細胞の関与が示唆されている。近年、肺におけるこれら幹細胞群が次第に明らかとなり、その病態への影響が研究されつつある。臨床においては、末梢血中の骨髄由来幹細胞の機能および数の多少が、市中肺炎、急性肺損傷(ARDS: acute respiratory distress syndrome)の予後に関与するとの報告が我々を含め多くの施設よりなされた。また、条件さえ整えば気腫化肺の肺胞再生が生じること、間葉系幹細胞を肺内投与することにより肺傷害の軽減が認められるなど、肺疾患に対する様々な再生医療・細胞治療の研究が進みつつあり、肺の細胞治療の可能性が見えてきた。
肺損傷と修復
感染、喫煙、誤嚥など様々な刺激により、肺の細胞は傷害を受ける。それら傷害を受けた細胞および肺組織は新しい細胞によって修復され、肺組織の恒常性が保たれている。肺のいわゆる創傷治癒である。この修復機転の破綻は、肺気腫、肺線維症、肺癌など多くの難治性肺疾患の病態に関与していると考えられる。発生学的に、肺は食道壁の一部より生じ、消化管と同じ起源を持つ。消化管とくに腸の上皮細胞が数日で新しい細胞に入れ替わるのに対し、肺の気道上皮細胞のturn overは約100日と長い。しかし、肺は外界に接している臓器であるため、肺損傷後の修復は素早く行われる必要がある。この肺の修復機転の詳細は未だ不明である。
傷害を受けた肺胞では、その細胞に取って代わる新しい細胞の供給が必要である。この供給源となる細胞群が肺における幹細胞である。これらの細胞が増殖するための適切な足場の存在も重要である。それらの細胞を傷害部位に誘導させるための走化因子、増殖させるための増殖因子などの液性因子が重要である。また、それらの幹細胞を目的とする組織細胞に分化させるための細胞内シグナルおよび転写因子の発動が重要である。
肺組織を修復・再生するための細胞
肺の組織修復にかかわる細胞としては、肺組織中に存在する組織幹細胞と骨髄由来幹細胞の関与が考えられている。しかし、いずれも肺組織修復に関与する細胞群としては明確な定義および同定がなされておらず、議論が分かれている。
肺組織幹細胞、骨髄由来幹細胞
肺組織幹細胞
肺組織固有に存在する幹細胞群として、肺胞II型上皮細胞、クララ細胞、基底細胞が候補としてあげられている。末梢気道においては基底細胞が存在しないため、肺胞II型上皮細胞とクララ細胞が重要な役割を果たしていると考えられる。しかし、全てのII型上皮細胞、クララ細胞が分化増殖の能力を持つ「幹細胞」であるかは不明である。最近、終末細気管支と肺胞の移行部(bronchioalveolar junction)にクララ細胞の特徴であるCCSP(Clara cell secretory protein)タンパクと肺胞II型上皮細胞の特徴であるSP-C(sirfactant protein-C)タンパクを持つ細胞群の存在が報告された[脚注]。この細胞群は、気道上皮細胞傷害後も生き残り、クララ細胞にも、肺胞II型上皮細胞にも分化することがわかり、末梢気道におけるいわゆる「幹細胞」であると期待されている。この他に、肺組織中のside-population (SP)細胞群には、間葉系の幹細胞が多く含まれている[脚注]。しかし、いまだ肺固有組織幹細胞の良いマーカーは存在しないため、それら幹細胞の肺修復における重要性、また各種肺疾患との関係に関する研究は進んでいない。
骨髄由来幹細胞
これらのことより、骨髄由来幹細胞が肺損傷後の組織修復に何らかの役割を果たしていることが考えられる。我々は、LPS急性肺損傷モデルにおいて、骨髄由来幹細胞が炎症刺激により動員され、傷害部位に集積し、肺胞上皮細胞・肺毛細血管内皮細胞に分化または融合することを明らかにした[脚注](図1)。市中肺炎症例においても、骨髄由来細胞の多少が肺炎後の治癒にかかわっていることが示唆された[脚注]。
肺気腫モデルにおいては、エラスターゼ誘発性ラット肺気腫モデルにおいてall-trans retinoic acid(ATRA)投与が肺胞再生をもたらすことが報告され[脚注]、条件が整えば肺実質の再生が可能であることを示唆されている。我々は、このモデルを用いて骨髄細胞による肺胞再構築について検討した[脚注]。骨髄由来細胞の動態を調べるため、 GFPトランスジェニックマウスの骨髄をC57BL/6マウスに移植したGFPキメラマウスを用いた。このGFPキメラマウスにエラスターゼを経気道的に投与し気腫性変化を惹起させ、その後、ATRAを投与し気腫肺の改善を促し、その再構築された肺胞での骨髄由来細胞の有無をGFP発現で評価した。その結果、コントロールマウスでは肺胞マクロファージや血管内に存在する白血球のみが陽性で肺胞壁にGFP陽性細胞は存在しなかった。一方、ATRA投与群の肺胞壁には扁平なGFP陽性細胞を認めた。これらのGFP陽性骨髄由来細胞は、上皮細胞マーカーとしてのサイトケラチンまたは内皮細胞マーカーとしてのCD34が陽性であり、血球系マーカーであるCD45陰性であることから肺胞上皮または肺毛細血管内皮細胞に分化した骨髄細胞であると考えられた。このことから、ATRAによって改善した肺胞には、骨髄由来幹細胞が存在しており、肺胞の再構築に関与していると考えられた。しかし、この細胞が真に肺胞上皮細胞に分化したのか、それとも肺組織幹細胞より分化した肺胞上皮細胞と細胞融合したのかは明らかではない。また、肺細胞に分化した骨髄由来細胞の数はきわめて少なく、その臨床的意義は明らかではない。
細胞の分化・増殖因子を促す分化誘導・細胞増殖因子
細胞増殖因子は、細胞の増殖・遊走・分化・アポトーシスの誘導、形態形成の誘導、細胞外基質の産生制御など様々な細胞および組織機能の調節を行い、発生時の組織形成や発生後の組織再生に関与している。肝細胞増殖因子hepatocyte growth factor (HGF)は、肝細胞や胆管上皮細胞に働きその細胞増殖を促進させ、肝再生へ向かわせる。また、それだけではなくさまざまな臓器において組織の修復と再生を促すことが知られている。肺においても、発生の段階での肺胞形成や肺切除後の代償性の肺成長に関与することが知られている。そこで、我々は肺気腫モデルにおいて、このHGFの効果を検討した[脚注](図2)
。同時に、granulocyte-colony stimulating factor (G-CSF)の効果も検討した。G-CSFは元来、顆粒球の遊走因子であり、顆粒球・マクロファージの成熟因子として知られているが[脚注]、最近、骨髄由来幹細胞を含めた血球系および間葉系の骨髄細胞を末梢に動員する能力があることが明らかとなった[脚注]。ATRA実験と同様、GFPキメラマウスにエラスターゼを経気道的に投与し気腫性変化を惹起させ、HGF、G-CSF、ATRAを投与し気腫性変化の改善度を調べた。ATRA投与は、これまでに報告されているとおり、気腫性変化を改善した。G-CSF投与群でもATRA投与群とほぼ同様に気腫性変化が改善した。HGF投与群では、ATRA・G-CSF投与群よりもさらに気腫性変化が改善していた(図3)。
以上の結果から、これまで報告のあったATRA以外にも、G-CSFやHGF投与によって肺気腫肺が再生することが明らかとなった。その機序として、G-CSFやHGF投与によって末梢に骨髄由来幹細胞が動員され、肺に集積し、それらの細胞が肺胞上皮細胞や肺毛細血管内皮細胞に分化・融合、また増殖因子を産生することによって肺気腫肺の再生が促進したと考えられた。また、HGF投与群ではG-CSF投与群と肺胞壁に存在したGFP陽性骨髄由来細胞の数がほぼ同程度であったにも関わらず、肺気腫改善の程度が有意に高かったことから、HGFは骨髄幹細胞だけでなく、肺組織幹細胞の増殖も促し肺の再生を促進させている可能性が考えられ、肺再生の有力な薬剤となる可能性が示唆された。このHGFの効果は、肺切除後の残存肺再成長[脚注]、またHGFを産生する脂肪組織由来間質細胞を表面に培養したシートを肺切除断面に付着させることにより肺の成長が得られるなど[脚注]、肺再生の有望な増殖因子として期待されている。