Phase1「初診時」

周囲の目を気にしながら受診したAさん

 その男性はツバをぎゅーっと丸めたキャップを目深にかぶり、黒い鏡面レンズのサングラスをかけ、顔の半分を覆うようなマスクをして、初診受付から少し離れた柱の陰に立っていた。顔は伏せていたが、頭が左右に動いており、周囲をちらちらとみている様子であった。Aさん(20歳代 男性)とすぐにわかったので、近づいて小さめの声で「Aさんですか?」と聞くと、『これ以上、ここで言わないで』と言わんばかりの勢いで「あっ、はいはい」と答えた。「担当の○○です。外来へご案内しますね。」と一緒に歩き始めたが、相変わらず顔を伏せたままなので、いつものような外来の説明は省略し、素早く相談室へ案内した。「マスクは風邪ですか?」と尋ねると一瞬『この理由が分からないの?』という表情をした。「周りの目が気になりますか?」と尋ねると「えっ、まあ・・・・・」と答えた。「サングラスにマスク・・・・・そこまで隠しているとかえって『誰か有名人じゃない?』って覗き込まれそうですよね。」と話すとこの意見に驚いたのか「そうですか?」とキャップを外した。Aさんに椅子をすすめながら「まあ、そうは言っても心配ですよね。例えばどういうことが心配ですか?」と尋ねると、すすめられて腰かけながら「んー、例えば・・・・・」と話始めた。サングラスとマスクをとったAさんは、韓流スター似のイケメンだった。まっすぐこちらを見て話すAさんに、これでいろいろ話をしてくれそうだと考えた。

Phase2「再診時」

泣きながら聞いていたにも関わらず情報を覚えていたBさん

 Bさん(30歳代 女性)は初診時の面談中、「こんなことになるなんて・・・・・」と繰り返し、涙を流していた。Bさんは独身で仕事に打ち込んできた。とても魅力的な女性で、これまでに付き合った男性も多数。将来、輸入雑貨の店を持つという夢に向かって、公私ともに順調だった。「こんなことになるなんて」という言葉には、自分の行動に対する後悔が感じられた。しかし、2週間後の今日(再診)、待合に座っている様子からは少し元気になったように見えた。お化粧も服装も髪型もネイルも、全て決まっている。「こんにちは。今日はまた決まってますねえ。」と声をかけると「こんにちは、へへ、そうですか?」と笑った。相談室に入り「この2週間どうされてました?」と尋ねると「ん~、へこんでましたよ。でも、仕事はしなきゃいけないから、店には出てました。」という。前回「朝起きて、ご飯を食べて、仕事して、帰ってきたらお風呂に入って寝る、これをいつも通り繰り返してくださいね。」とアドバイスしたが、その通りに過ごしていたようだ。「・・・・・それで、あの、前回、ジリツシエンを使うと医療費が安くなるって、確か言われたと思うんですけど、それはどうしたらいいんですか?」と質問してきた。泣きながら説明を聞いていたので、もしかしたらあまり頭に残っていないかなと心配したが、この話は覚えていたようだ。「そうなんですよ、今回はCD4数やウイルス量が分かったので、具体的な手続きについてご説明しようと思ってました。まず、住所のある区役所に2種類の書類を提出していただくんですけど・・・・・」と説明を始めると、あわてて大きなバックから患者ノートとボールペンを出してメモを取り始めた。これから自分がしなければならないことを知り、生き生きとし始めたようにさえ見えた。

Phase3「未治療受診期」

副作用の仕事への影響を心配しているCさん

 Cさん(40歳代 男性)は銀行員として勤務しながら、2か月に1回の受診を続けていた。CD4数は400~500/μLで推移しており、治療開始はまだだったが、「先生に『治療が必要』と言われたら始めますけど、本音はできるだけ飲みたくないですよね。」と話した。「そう言われる患者さんは多いですね。できるだけ飲みたくないと思うのは、どうしてですか?」と尋ねると、「時間通りに飲むとか、飲み忘れしないとかは自信あるんですよ。ただ、副作用がねえ。仕事に差し障りがあると困るんでね。」と答えた。そこで、患者ノートを使って初回治療の推奨薬とその飲み方、副作用について説明し、加えて他の患者の副作用がどのように経過しているか、どのように対処しているかを紹介した。Cさんは「つまり、自分にとって副作用がどうかというのは、飲んでみないと分からないってことですね。」と言い、「でも、仕事をちゃんとやるには、薬を飲むことが基本ですもんね。」と自ら面談を締めくくった。

Phase4「治療開始期」

シミュレーションで治療開始に向けた準備ができたDさん

 Dさん(40歳代 男性)は、広告代理店勤務で出張が多い。2年前にアメーバ性肝膿瘍で入院し、HIV抗体陽性と判明した。2週間程入院したため、退院後上司には「肝機能障害」のため月1回の受診が必要であることを話していた。これまで500/μLあったCD4数が、ここ3か月程で400/μLを下回り、医師から「そろそろ治療開始を考えましょう」と言われた。Dさんはゲイ男性でパートナーの男性と同居しており、病気のことは伝えていた。それ以外にも友人数名に話しており、中にはすでに治療を開始しているHIV抗体陽性者もいた。「だから、1日1回なら朝飲もうと思ってます。昼は仕事中に飲まないといけないし、夜は残業とか飲み会とかで時間がばらばらだし、朝が一番確実ですね。」と話した。自分でいつ飲むのが良いか考えているようだった。「朝内服して仕事に行くという方、多いですよ。じゃあ、朝は何時に飲みますか?」と尋ねると、「6時に起きるので、まあそれくらいです。」と答えた。「休日も6時ですか?」と聞くと「ん~、休みの歩日は10時ころまで寝てますね。飲んでまた寝てもいいんですか?」と言い、自分で対策を考えようとしている。「いいですよ、食事とは関係ない組み合わせなので。」そして、1か月後の受診時にシミュレーション結果を聞くと「1回、飲まずに出勤しちゃったんですよ。」とのこと、「何か対処する方法はありますか?」と問いかけると「相方にも薬飲んだか聞いてもらうようにしようと思ってます。あとはやっぱり1回分くらいは持っておこうかと・・・・・」と答えた。すでに対策案も考えている。治療開始への準備は万全だと思った。

Phase5「治療開始時」

最終試験に合格し治療開始となったEさん

 Eさん(50歳代 男性)は生活保護更生施設で暮らしている。「いよいよ治療が始まりますね。」というと「しかたねえな、もう"まな板の上の鯉"だ。」と言い、日焼けと酒焼けが混じった顔で2本抜けた前歯を見せながら笑った。「じゃあここで、最終試験です。」というと一瞬真顔になった。「朝食の8時に薬を飲むことにしてたのに、今日は飲むのを忘れて気が付いたら夕方6時になっていました。さあ、どうしますか?」と質問すると「ん・・・・・夕方6時だろ?・・・・・すぐに飲むだろ。」と答えた。「正解!」と言うと、得意げな表情で笑った。そうする理由をもう一度、血中濃度とウイルス耐性化の関係から説明した。「じゃあ、次は夜8時に飲む予定ですよね。あと2時間後ですけど、どうしますか?」と質問すると、「ん?あと2時間だろ・・・・・」とちらっと私を見ながら「・・・・・あいつに聞いてみるか」と言った。あいつとは、更生施設職員のFさんのことだ。Eさんの内服管理を手伝ってくれることになっている。私はさっきより大きな声で「大正解!Fさんに相談するなんてすごい。合格ですね。」と言った。Eさんはこれで間違えることなく内服継続できると判断した。そしてこの"最終試験"の結果はFさんに伝えようと思った。

Phase6「治療開始後半年未満」

体力が回復したのはいいけれど・・・・・Gさん

 Gさん(30歳代 男性)は、治療開始によってウイルス量がコントロールでき、免疫レベルが回復することだけでなく、体力回復も期待していた。代表的なエイズ疾患であるニューモシスティス肺炎(以下、PCP)で入院し、HIV抗体陽性と診断された。それまで半年近くずっと体調が悪く、体重は10kg減っていた(身長175cm、体重60kg、BMI19.6)。もともとは身体を鍛えるのが趣味でマッチョな感じの体格だった(当時の体重70kg、BMI22.9)が、そうだったことなどみじんも感じさせないやせ具合だった。治療開始後3か月でウイルス量は検出限界以下に到達し、CD4数も次第に増加してきたが、それ以上に体重の回復が著しく、治療開始後6か月たつ現在では70kgを超えようとしている。しかも、中性脂肪値もコレステロール値も正常値の上限を超えるまでになってきた。「治療を始めてから、身体がしゃんとしてきた感じがします。でも、お腹周りがねえ・・・・・。」治療が軌道にのったら、次の段階は生活習慣病の予防が課題となる場合が多い。Gさんは問題意識はもっており、身体を鍛えてきた経験から、どうすべきかもわかっていると思われる。あとは何にどう取り組んでいくか、自分で考えて決めることが重要である。「じゃあ、どういうことができそうでしょうか?」と私から質問して面談を続けた。

Phase7「治療開始後半年以降」

服薬アドヒアランスに疑義が生じたHさん

 そろそろ治療開始後1年になろうとするHさん(60歳代 男性)は、いったん検出限界以下になったウイルス量が、再び増加し始めていた。先々月のウイルス量は10の二乗、先月は10の三乗と増加しており、カンファレンスでは、Hさんがちゃんと内服していないのではないかという意見と、「いや、Hさんはちゃんと内服していると思います」という主治医の意見に分かれていた。そこで私は、主治医とはあえて異なるスタンスである「内服を続けるのは容易ではないだろう=続けられてなくて当然」というスタンスで、Hさんとの面談をもつことにした。「治療が始まって1年になりますがどうですか?続けるのは大変でしょう?」と尋ねると「1日1回薬を飲むことは、もう生活の一部になりましたね。」と少し得気な様子で答えた。そして続けて「だからね、かえって『あれっ?今日飲んだっけ?まだ飲んでなかったっけ?』って分からなくなっちゃうことはありますよ。」と笑った。「分からなくなっちゃった時はどうするんですか?」と聞くと「そういう時は、もう飲まない。だって二倍飲むのもよくないってね、いうでしょ?」と答えた。「そうやって飲まないことは月に何回くらいありますか?」「月に・・・・・2、3回かな?」と答えるHさんは、ちょっと気まずさを感じているのか話のトーンが下がってきた。「ということは週に1回くらいですか?」あえて大目に聞き直してみる。「うーん、そうですね、それくらいかな?」ということは、1か月の内服率は90%を切っていると考えられる。ウイルス量が増えてきた原因の一つに、この"内服しないこと"(内服忘れではない)が関係している可能性を指摘し、「飲んだか飲まないか分からなくならないように何か工夫をしてみましょう。」と提案し、一包ずつに内服する日付を入れ、飲み終わった薬袋は捨てずに次回、持ってきてもらうことにした。こうすれば、飲んだか飲まないかと迷うことはなくなるし、一人暮らしのHさんがどれくらい内服しているかも客観的に把握できる。さっそく、今日の処方薬を薬局で受け取り、相談室で一緒に日付を入れていく。当分の間は、受診のたびに日付入れの作業を一緒にしながら、内服状況を確認していくことにした。ウイルス量が再び検出限界以下になることを期待しつつ。

サポート形成支援(人的サポート形成・経済的サポート形成)

内容

身近な理解者を得ることや身体障害認定などの社会資源を活用した医療費対策が,治療開始の準備として重要であることを説明する。

プライバシーを気にして手続きを躊躇していたIさん

 Iさん(40歳代 男性)は、初診の面談時に聞いた身体障害者手帳の申請について迷っていた。今日の診察(再診)では、主治医から「CD4数が200/µL代と少ないので、治療開始が急がれます」と言われた。しかし、手続きする住まいの市役所には、課こそ違えども友人が勤務している。自分がHIV陽性者であるという情報がどこから漏れて、誰の耳に入るのか、そうなると自分だけでなく両親にも迷惑をかけ、職場に知られたら仕事も続けられないかもしれないといろいろ心配だった。もちろん、身体障害者手帳を申請すれば、医療費助成を利用することができ経済的なメリットがあることも理解していた。その制度を利用しなければ、治療を継続するのは難しい。しかし、どうしても手続に踏み出せない気持ちでいた。「しかも役所はカウンター越しでなんでも話すから、周りにいる人にもまる聞こえになるじゃないですか。そんなところでは話せませんよ。家に市役所からの郵便物が来たりしても困るし・・・・・」と言うので、「じゃあ、障害福祉課に電話をかけてIさんの心配事を伝えてみましょう。もちろん名前も住所も言う必要はありません。『HIV陽性と分かって治療をするために身体障害者手帳の申請をしたいんだけど、いろいろ心配で手続きできずにいるんです』って言ってみてください。」と提案した。そして、その場で電話をかけてもらった。5分ほどやりとりが続き「・・・・・そうですか、じゃあこれから伺ってもいいですか?」と言う。急いで横から「担当者の名前を聞きましょう。」とささやくと「あの、今お話しいただいたのはどなた様でしょうか?」と聞き、「じゃあ、J様をお尋ねしますのでよろしくお願いします。」と電話を切った。どうだったか尋ねると「『心配なことはいろいろあるでしょうけど、一つ一つ聞きながらやりますよ』って言われました。」と安心したのか、さっきとは打って変わったやわらかい表情。きっとIさんは、今後も外とつながりながら生きていけるに違いない。

他科・他部門との連携・調整

内容

コントロールを要する合併症や併存疾患がある場合の他科検診や,生活基盤が不安定であるなど受診や治療の継続が困難な生活背景がある場合は,保健師や訪問看護師等,他部門の協力も検討する。

地域支援者との勉強会を行って在宅療養を実現したKさん

 Kさん(30歳代 男性)はエイズ疾患の1つである進行性多巣性白質脳症(以下、PML)で入院し、HIV抗体陽性と判明した。現在、コミュニケーションは可能だが、寝たきりで日常生活は全介助の状態である。コンピュータープログラマーとして勤務し、一人暮らしをしていたが、退院後にその生活に戻ることは無理なので、郷里の母親のもとへ帰って二人で暮らすことになった。60歳代の母は飲食店を経営しており、日中は家を空けるため、訪問介護、訪問看護を利用することになった。しかし、地元ではHIV陽性者に対する訪問経験のある事業所がなく、保健師が様々な事業所をあたったがなかなかOKをもらえずにいた。ようやく訪問介護、訪問看護の事業所が1か所ずつみつかったので、保健師の提案により2つの事業所に対する受け入れ前の勉強会を開催することになった。勉強会には病院から医師と病棟看護師、コーディネーターナースが参加し、ヘルパーや訪問看護師が最も心配している2点、HIV陽性者へのかかわり方と感染管理を中心に質疑応答と情報提供を行った。最終的にはこの2つの事業所がJさんを受け入れることとなり、保健師とともに退院前のJさんの面会と退院前カンファレンスを行って、無事に退院となった。Jさんとお母さんの在宅療養が実現し、新しい暮らしをスタートさせた。

出典:外来看護パーフェクトガイド~拡大する看護の役割と診療報酬上の評価~ 編集:数間恵子 看護実践の科学 2013年6月10日.