ミキさん
エステティシャン

ミキさんは、パリのエステティックサロンで働いて3年。意志の強そうなキリッとした目元と明るい笑顔がステキな女性。今年29歳。フランス人の父親と日本人の母親をもつが、生まれも育ちも日本。18歳でフランスへ留学するまでは、3、4回しかフランスへ来たことはなかった。パリでエステティシャンになるまでの道のりを聞いてみた。

フランスへの興味:
フランス人の父を持つミキさんにとってフランスは自分の国でもある。が、言葉は話せないし、文化について何も知らない。自分の国への好奇心から、高校卒業後、フランス留学を決意。
最初に登録した語学学校は、全くの初心者クラス。クラスメイトはやる気がなく不真面目で2週間もすると人数は半減、先生もいい加減。もともと1年という親との約束だったので、ちゃんと勉強できるソルボンヌ大学付属の語学学校に変更し、初級コースを終え一旦帰国する。が、もっと上達したいと1年半後に渡仏。再びソルボンヌで学び、中・上級クラスを卒業。
さてフランス語は習得したものの、フランスでやりたいことが見つからず、一旦帰国。日本でエステに興味を持ち始め、たまたま見ていたテレビでフランスはエステの先進国という情報を得る。学校を調べてみると、私立の養成学校は年間4000ユーロ+材料費など1000ユーロ。学費が高すぎる…と思っていたところ、友人よりフランスのアプロンティサージュという職業訓練制度の話を聞く。

アプロンティサージュ:
アプロンティサージュ(apprentissage)とは、見習いとして実際に働きながら学校に通う制度。職種は料理や美容、技術系。16〜25歳が対象で、学校をドロップアウトした子、貧しい家の子も多い。
この制度では雇い主が学費とお給料を払ってくれるのだが、その雇い主を自分で見つけなければならない・・・という難関を理解しないまま、「働きながら技術が身に付けられる!」とルンルン渡仏。いきなり学校を訪問して校長先生と面談し、初めて今の自分には入学資格がないという事実を知る。雇い主を見つけるには30〜40社に履歴書を送ることから始めなければならない!呆然とする彼女の前で、校長が知り合いに電話をかけてくれた。そして驚いたことに、すぐに見習い先が決まったのだ。本当に運がよかったと思う。18歳から自分のやりたいことを探して日仏間をさまよってきたが、「自分の進む道はこれだ!」と強く運命を感じた瞬間だった。

その後2年間アプロンティ(見習い)をすることになるが、学校では孤独だった。入学したときミキさんは24歳。まわりはみんな若くて勝手、勉強する意欲もなく、親に言われて学校に来ているという子が大半を占め、話が合う友達などひとりも出来なかった。真面目に勉強し、よい成績をとるミキさんに意地悪する子も少なくなかった。
でも、週の半分はサロンで働いていたし、エステティシャンになるという確固とした目標があったので、その環境もなんとか乗り越え、CAPを取って卒業。

フランスのエステティシャンのディプロムは3段階。CAP:基礎技術の取得、BP:上級技術+経営の基礎の取得、BTS:指導者資格取得。BPを取りたかったが、年齢制限がありアプロンティはもう続けられない。親にも負担はかけたくないと進学は断念するが、見習い先のサロンから仕事ぶりが認められ、卒業と同時に正式に就職することになった。

エステティシャンの生活:
毎朝10時から仕事。お店の掃除から始まる。サロンでは脱毛や日焼けの施術が多いので、夏の間はお客さんが大幅に増え、開店と同時に接客をすることもしばしば。他に、ネイル、フェイシャル、痩身など。時間ができたときに予約なしで気軽に行けるサロン(ミキさんによると、“パン屋さんに行く感覚”)なので、テキパキと多くのお客さんに対応しなければならない。休憩は、お昼(と言っても14〜15時)に30分、その後17〜18時の間に30分。お昼は時間がゆっくりとれないので、お弁当を持参してレンジで温めて食べることが多い。閉店は20時。一日の終わりにはヘトヘトに疲れている。
でも、仕事後や休日は、なるべく友人や恋人と出かける。家で休むより、友達と楽しく遊ぶ方が、ずっと疲れが癒される。友達がミキさんの元気のもと!

エステティシャンとしてのこれから:
アプロンティ時代はつらいこともたくさんあったが、今は仕事のリズムにも慣れ、金銭面でも自立できるようになった。エステティシャンになるという当初の目的は達せられたが、学びたいことはまだまだたくさんある。今後はもっとアロマテラピーやマッサージを学んで能力の幅を広げ、1人のお客さんにゆっくり時間をかけてケアができるサロンで働きたい。