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49 泡立ちよ こんにちは
目黒川(中目黒二丁目付近)
目黒川の川面に白い花びらが無数に浮いている。
駒沢通りをくぐってしばらく下ったあたり、深い開渠の底を流れる水にたくさん浮いている。
これが「花筏」というものであるか。
目黒川沿いは桜の名所である。その花が一斉に散って川面に落ちて筏のように見えるのを楽しむ。
しかし、私もかなりボケッとしていたのだが、これを見たのは秋であった。であればこれは桜の花びらではない。
しからばこれは何か。
この場所は川面は地表面から5mほど下にあるが、水面近くまで階段で下りられるようになっている。降りて川面をよく見るとそれは無数の泡であった。
現場の少し上流に小さな落差があり、ここで攪拌された水に泡立ちが生じている模様である。同時にかすかな下水臭もする。
泡の発生場所(左)と泡の拡大写真(右)
晴天時の目黒川の水源は、ここより1.6kmほど上流の池尻大橋駅付近に放流される下水の高度処理水である。
この水は新宿区の落合水再生センターで処理された下水を高度処理して専用管で送水してきたものである。落合水再生センターは、新宿副都心の高層ビルにトイレ用水を供給するために通常の処理よりも手間を掛けた高度処理を行っており、そのおすそ分けで渋谷川と目黒川と呑川に河川維持用の水が供給される。
この水のおかげでこれらの川は、滞留した水が東京湾の干満で行ったり来たりするうちに腐敗して真っ黒になる、という状況を逃れている。
しかし中目黒でこんなに泡が発生しているということは、高度処理水の中に泡立つ成分が含まれているということである。これは洗剤の界面活性剤というものであろう。
界面活性剤は、「界面」を「活性」化する物質である。
何の界面かというと水と油である。
人間の体や衣服や家の汚れはたいてい油なので、水で流すだけではお互いの「界面」が対立して溶け合わず、汚れが落ちない。そこで水と油を融合する物質で油を水に溶かす。これが界面活性剤である。
とはいうものの、それ以上のことは私も知らない。よって、例によって本で調べた。
例えば植物油に水酸化ナトリウム(あるいは水酸化カリウム)を加えると脂肪酸ナトリウムというものができる。この物質は、分子の片方が油に溶けやすく、もう片方は水に溶けやすい。したがって油に水をくっつけて洗い流してしまうことができる。せっけんはそれを固めたものである。
界面活性剤にはもう一つ重要な機能があって、それは水の表面張力を減らすことができるというものである。通常、水滴はプルンプルンしている。表面が緊張しているわけである。この性質のために、厚手の木綿などは水を垂らしてもしばらくしみこまない。ここで界面活性剤を添加すると、この性質を弱めることができ、水が木綿にしみこみやすくなり、洗浄作用が発揮できるという。なるほど。
しかしこの説明では「なぜ界面活性剤を使うと泡が立つのか」が分からない。
もちろん表面張力が弱くならなければ泡は立たないわけであるが、泡が立てば界面活性剤かというと、そのようなことはないように思う。
例えばワインやリキュールのビンを振るとよく泡立つ。ワイン(赤)には14%の、リキュール(コアントロー)には40%のエタノールが入っているが、エタノールは界面活性剤とは呼ばれない。
実際、消毒用エタノールを水で薄めて濃度40%にしたものをボトルに入れて激しく振ってみると、細かい気泡が無数に生じて乳白色にはなるが、泡は立たない。
このことからワインやリキュールの泡は、これらに溶けている物質の「とろみ」が作用しているのではないかと思われる。
ということで、今度はサラダ油のビンを振ってみる。サラダ油はとろみがあるので泡が出てもよさそうだが、なんと出ない。
ごま油も同じ。とろみがありすぎてもダメなようである。
一方、酢(ミツカン)は泡立つ。酢はさらさらしているイメージがあるので意外である。
しょうゆ(キッコーマン)もよく泡立つ。しかしソース(ブルドッグ)は泡立たない。「とろみありすぎ泡立たないの法則」というものがありそうである。
オリーブ茶(オリーブの葉を煎じて煮たもの)はよく泡立つ。これはオリーブ茶にサポニンという界面活性物質が含まれているからだと言える。ではオリーブ油はどうかというと泡立たない。しかしコップ1杯の水にオリーブ油を1滴垂らして振ると泡立つ。
この泡立ちがオリーブ油に含まれているかもしれないのサポニンの作用のためなのかどうかを調べるために、サラダ油で同じことをしてみると、果たして泡立つ。
ほぼ同じ原理で牛乳(=水と乳脂肪の溶液)も泡立つ。カルピスの原液も泡立つ。そのほか、ほうじ茶、そばの茹で汁、ねこじゃらし茶(雑草のエノコログサの穂を炒って茹でたもの)も泡立った。エノコログサにサポニンが含まれているかどうかは知らない。
この一連の結果から、私は次のように推測した。
①界面活性物質を含む液体を振ると泡立つ。
②界面活性物質がなくとも、適度なとろみのある液体を激しく振れば泡立つ。これは摩擦で界面にエネルギーが与えられる(=活性化する)ためではないか。
③サラダ油原液やソースが泡立たなかったのは、とろみがありすぎて摩擦を起こすには力が足りなかったからではないか。
せっけん水の泡立ちは①②両方によるものであろう。泡立ちの良さは洗浄力には関係がないと言われるが、せっけんに関する限り、泡が立たないような状態では洗浄力は期待できない。「よく泡立つ=洗浄力あり」という関係はある程度は成立すると思われ、①②を兼ね備えるせっけんは洗浄剤として適しているということになるのだと思う。
しかしせっけんには3つ欠点がある。
・アルカリ性なのでアルカリに弱い動物性繊維(ウールなど)には適さない。
・硬水(金属分の多い水)に溶かすと金属が結合してしまって能力を発揮できない。
・原料の油脂の調達に苦労する。
そこで登場したのが合成洗剤(中性洗剤)で、「アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(略してABS)」などの物質を界面活性剤として使用する。原理はせっけんと同じで分子の片方が水に溶け、もう片方が油に溶ける。ただしその間にある物質が「アルキル基」という物質であるところが違う。アルキル基なるものは何者かが分からないので化学の教科書で調べると、「メタン系炭化水素から水素原子が一つとれた基」とある。
メタン系炭化水素とは、メタン(CH4)やエタン(C2H6)、プロパン(C3H8)などのことで、いろいろな種類があるがいずれもCnH(2n+2)で表される。
ここからHを一個抜くとアルキル基というものになり、これが洗剤の原料になる。
つまりメタン系炭化水素から水素を1原子抜いてナトリウムをくっつけたりすると洗剤ができる。
これを応用すると、石油(炭化水素)を原料にして硫酸を吹き付けたりする(水素を1個抜く)と洗剤ができることになる。実際はもっと複雑な原理であり、工程であるわけであるが、私はいつも専門用語の羅列で挫折するのであえて雑に捉えてみる。
とにかくこれは便利な発明である。したがって合成洗剤は爆発的に普及した。しかし合成洗剤にも欠点はあり、洗剤中のABSが川に流されると、魚の死亡や繁殖阻害を起こすようである。しかも分解されにくいのでいつまでも水中に残り、泡も残る。その結果が悪名高い1970年代の「多摩川の洗剤モコモコ現象」である。
洗剤メーカーはこれを受けてABSをもう少し分解しやすいものに改良した(LASという)。
しかし毒性は依然としてある上に、もともとが人工的に合成した物質なので、やはり分解されにくい。水温が20℃で10日、10℃ならば15日くらい経ったところでやっと分解が開始される(※2)。
いくらなんでも洗濯機から下水管と下水処理場と専用管を通って目黒川に排出されるまでに15日はかからない。落合水再生センターは高度処理しているとは言っても、その内容は砂ろ過と紫外線殺菌。現在の合成洗剤に使われている陰イオン界面活性剤は、活性炭吸着かオゾン分解でないと取り除けないので、神田川沿いの家庭で流された陰イオン界面活性剤は、あまり分解されないまま目黒川に流されることになる。
これはちょっと考えさせられる光景である。しかし各地で観察すると目黒川はまだましな部類である。
東海道線で豊橋から名古屋へ向かうと、熱田駅(名古屋市熱田区)の手前で新堀川という小さな川を渡る。この川に大量の泡が流れている。何事かと思って川岸を見ると下水処理場がある。名古屋市の熱田水処理センターである。この処理場は昭和5年にできた古い処理場で、ここから放流される水が泡だらけなのであった。また、横浜市鶴見区の北部第一水再生センターから放流される水も泡だらけである。ここは放流口に消泡設備があり、スプリンクラーで泡を消しているが、それでも泡が出る。
北部第一水再生センターから出る泡混じりの水と消泡用スプリンクラー
生活排水の流入しているような川でも泡は見られる。泡は平面状に広がるだけでモコモコと立体的には盛り上がらないが、光景的にはびっくりする。しかしさらに驚いたことに、泡の下をコイやカメやボラがすいすいと泳いでいる。私が見たところ、
・泡があっても、隠れる場所さえあればコイやカメなどは生きている。
・泡が出るようなところは、水が攪拌されている場所であり、酸素が溶け込んで溶存酸素が多い。その点において、魚が生きやすい。
ということのように見えた。だから、泡の有無をもってすべてを判断してしまうのは早計であるが、洗剤の成分が川に出て行ってしまうような状況はよいとはいえない。
私もそういう洗剤を散々使っているので、どうしたらいいのか考えてみることにした。この問題は昔から議論されているテーマなので出尽くした感があるが、私なりに感じた問題点は次のとおりであった。
・合成洗剤は安くで便利だがやはり生分解性の悪さがネックである。もっとも、現在はさらに改良された「アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウム」という「せっけんに近い陰イオン界面活性剤」を使っているものもある(※3)。
・合成洗剤はにおいがきつい。あのにおいも魚にはおそらく迷惑である。
・合成洗剤には「環境に配慮して天然ヤシ油を使用しました。」とうたうものがあるが、そもそもヤシのプランテーションが熱帯雨林を破壊しているのであるから、これは論点がずれている。
・しかし合成洗剤は加水分解酵素の併用など、洗剤使用量の削減技術にしのぎを削ってもいて、良くも悪くもこのハイテクさが合成洗剤の特徴である。
・その天然ヤシ油はせっけんにも使われている。
・せっけんは手荒れが起きにくく、魚毒性も低く、生分解性も高いが、BODは高い。原料が油なのだから、さもありなんである。
・この品質的贅沢さが良くも悪くもせっけんの特徴である。
これはややこしい問題である。たとえせっけんが環境にいいとして、すべての洗剤をせっけんでまかなったら膨大なヤシ畑が必要である。
石油で洗剤を作っているから現代人の需要をまかなえているのであって、せっけんがいいか、合成洗剤がいいかといった論争はやや不毛と言える。そのようなわけで、私の対応策はこうなった。
①洗濯は袖とか襟を石鹸でこすって洗った後に、少なめの合成洗剤で洗う。
②油の付いていない食器は水だけで洗う。
③油まみれの食器は新聞紙でふき取って洗う。
④タワシでこすって何とかなるものはタワシで済ます。
化学的に界面活性化することをあきらめて、物理的に人力除去するという方針を前面に出した解決策である。
指と新聞紙とタワシは優秀な油剥離剤であり、人力除去した後に洗剤を使えば、少しの量でもよく泡立って汚れも落ちる。泡立ちよ、こんにちは。
※1 岩波講座 現代化学への入門〈18〉化学と社会 平成13年 茅幸二 他著 岩波書店
この書籍は洗剤や電池など、日常生活にさまざまな形で使われている化学物質を専門家が解説している。洗剤の項を担当しているのは合成洗剤メーカーの研究者ではあるものの、合成洗剤の欠点や苦悩にも触れてあって参考になる。この書籍で面白かったのは、界面活性剤はもともと機械の潤滑剤として開発されたというところと、ツブツブタイプの歯磨きなどに入っているゼオライトは、もともと合成洗剤を無リン化するために開発されたというところである。産業や環境面の要請で渋々開発したものでも、時間が経てば別用途への転用で開発コストが回収されていく、という構造が見える。
※2 直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(環境省の化学物質対策の資料HP PDFファイル)
※3 界面活性剤とは[4]界面活性剤の種類 (横浜国立大学教育人間科学部 大矢勝研究室のHP)
アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウムに言及した文献。この物質の化学物質評価はまだあまり進んでいないようである。
<目次にもどる>
目黒川の川面に白い花びらが無数に浮いている。
駒沢通りをくぐってしばらく下ったあたり、深い開渠の底を流れる水にたくさん浮いている。
これが「花筏」というものであるか。
目黒川沿いは桜の名所である。その花が一斉に散って川面に落ちて筏のように見えるのを楽しむ。
しかし、私もかなりボケッとしていたのだが、これを見たのは秋であった。であればこれは桜の花びらではない。
しからばこれは何か。
この場所は川面は地表面から5mほど下にあるが、水面近くまで階段で下りられるようになっている。降りて川面をよく見るとそれは無数の泡であった。
現場の少し上流に小さな落差があり、ここで攪拌された水に泡立ちが生じている模様である。同時にかすかな下水臭もする。
泡の発生場所(左)と泡の拡大写真(右)
晴天時の目黒川の水源は、ここより1.6kmほど上流の池尻大橋駅付近に放流される下水の高度処理水である。
この水は新宿区の落合水再生センターで処理された下水を高度処理して専用管で送水してきたものである。落合水再生センターは、新宿副都心の高層ビルにトイレ用水を供給するために通常の処理よりも手間を掛けた高度処理を行っており、そのおすそ分けで渋谷川と目黒川と呑川に河川維持用の水が供給される。
この水のおかげでこれらの川は、滞留した水が東京湾の干満で行ったり来たりするうちに腐敗して真っ黒になる、という状況を逃れている。
しかし中目黒でこんなに泡が発生しているということは、高度処理水の中に泡立つ成分が含まれているということである。これは洗剤の界面活性剤というものであろう。
界面活性剤は、「界面」を「活性」化する物質である。
何の界面かというと水と油である。
人間の体や衣服や家の汚れはたいてい油なので、水で流すだけではお互いの「界面」が対立して溶け合わず、汚れが落ちない。そこで水と油を融合する物質で油を水に溶かす。これが界面活性剤である。
とはいうものの、それ以上のことは私も知らない。よって、例によって本で調べた。
例えば植物油に水酸化ナトリウム(あるいは水酸化カリウム)を加えると脂肪酸ナトリウムというものができる。この物質は、分子の片方が油に溶けやすく、もう片方は水に溶けやすい。したがって油に水をくっつけて洗い流してしまうことができる。せっけんはそれを固めたものである。
界面活性剤にはもう一つ重要な機能があって、それは水の表面張力を減らすことができるというものである。通常、水滴はプルンプルンしている。表面が緊張しているわけである。この性質のために、厚手の木綿などは水を垂らしてもしばらくしみこまない。ここで界面活性剤を添加すると、この性質を弱めることができ、水が木綿にしみこみやすくなり、洗浄作用が発揮できるという。なるほど。
しかしこの説明では「なぜ界面活性剤を使うと泡が立つのか」が分からない。
もちろん表面張力が弱くならなければ泡は立たないわけであるが、泡が立てば界面活性剤かというと、そのようなことはないように思う。
例えばワインやリキュールのビンを振るとよく泡立つ。ワイン(赤)には14%の、リキュール(コアントロー)には40%のエタノールが入っているが、エタノールは界面活性剤とは呼ばれない。
実際、消毒用エタノールを水で薄めて濃度40%にしたものをボトルに入れて激しく振ってみると、細かい気泡が無数に生じて乳白色にはなるが、泡は立たない。
このことからワインやリキュールの泡は、これらに溶けている物質の「とろみ」が作用しているのではないかと思われる。
ということで、今度はサラダ油のビンを振ってみる。サラダ油はとろみがあるので泡が出てもよさそうだが、なんと出ない。
ごま油も同じ。とろみがありすぎてもダメなようである。
一方、酢(ミツカン)は泡立つ。酢はさらさらしているイメージがあるので意外である。
しょうゆ(キッコーマン)もよく泡立つ。しかしソース(ブルドッグ)は泡立たない。「とろみありすぎ泡立たないの法則」というものがありそうである。
オリーブ茶(オリーブの葉を煎じて煮たもの)はよく泡立つ。これはオリーブ茶にサポニンという界面活性物質が含まれているからだと言える。ではオリーブ油はどうかというと泡立たない。しかしコップ1杯の水にオリーブ油を1滴垂らして振ると泡立つ。
この泡立ちがオリーブ油に含まれているかもしれないのサポニンの作用のためなのかどうかを調べるために、サラダ油で同じことをしてみると、果たして泡立つ。
ほぼ同じ原理で牛乳(=水と乳脂肪の溶液)も泡立つ。カルピスの原液も泡立つ。そのほか、ほうじ茶、そばの茹で汁、ねこじゃらし茶(雑草のエノコログサの穂を炒って茹でたもの)も泡立った。エノコログサにサポニンが含まれているかどうかは知らない。
この一連の結果から、私は次のように推測した。
①界面活性物質を含む液体を振ると泡立つ。
②界面活性物質がなくとも、適度なとろみのある液体を激しく振れば泡立つ。これは摩擦で界面にエネルギーが与えられる(=活性化する)ためではないか。
③サラダ油原液やソースが泡立たなかったのは、とろみがありすぎて摩擦を起こすには力が足りなかったからではないか。
せっけん水の泡立ちは①②両方によるものであろう。泡立ちの良さは洗浄力には関係がないと言われるが、せっけんに関する限り、泡が立たないような状態では洗浄力は期待できない。「よく泡立つ=洗浄力あり」という関係はある程度は成立すると思われ、①②を兼ね備えるせっけんは洗浄剤として適しているということになるのだと思う。
しかしせっけんには3つ欠点がある。
・アルカリ性なのでアルカリに弱い動物性繊維(ウールなど)には適さない。
・硬水(金属分の多い水)に溶かすと金属が結合してしまって能力を発揮できない。
・原料の油脂の調達に苦労する。
そこで登場したのが合成洗剤(中性洗剤)で、「アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(略してABS)」などの物質を界面活性剤として使用する。原理はせっけんと同じで分子の片方が水に溶け、もう片方が油に溶ける。ただしその間にある物質が「アルキル基」という物質であるところが違う。アルキル基なるものは何者かが分からないので化学の教科書で調べると、「メタン系炭化水素から水素原子が一つとれた基」とある。
メタン系炭化水素とは、メタン(CH4)やエタン(C2H6)、プロパン(C3H8)などのことで、いろいろな種類があるがいずれもCnH(2n+2)で表される。
ここからHを一個抜くとアルキル基というものになり、これが洗剤の原料になる。
つまりメタン系炭化水素から水素を1原子抜いてナトリウムをくっつけたりすると洗剤ができる。
これを応用すると、石油(炭化水素)を原料にして硫酸を吹き付けたりする(水素を1個抜く)と洗剤ができることになる。実際はもっと複雑な原理であり、工程であるわけであるが、私はいつも専門用語の羅列で挫折するのであえて雑に捉えてみる。
とにかくこれは便利な発明である。したがって合成洗剤は爆発的に普及した。しかし合成洗剤にも欠点はあり、洗剤中のABSが川に流されると、魚の死亡や繁殖阻害を起こすようである。しかも分解されにくいのでいつまでも水中に残り、泡も残る。その結果が悪名高い1970年代の「多摩川の洗剤モコモコ現象」である。
洗剤メーカーはこれを受けてABSをもう少し分解しやすいものに改良した(LASという)。
しかし毒性は依然としてある上に、もともとが人工的に合成した物質なので、やはり分解されにくい。水温が20℃で10日、10℃ならば15日くらい経ったところでやっと分解が開始される(※2)。
いくらなんでも洗濯機から下水管と下水処理場と専用管を通って目黒川に排出されるまでに15日はかからない。落合水再生センターは高度処理しているとは言っても、その内容は砂ろ過と紫外線殺菌。現在の合成洗剤に使われている陰イオン界面活性剤は、活性炭吸着かオゾン分解でないと取り除けないので、神田川沿いの家庭で流された陰イオン界面活性剤は、あまり分解されないまま目黒川に流されることになる。
これはちょっと考えさせられる光景である。しかし各地で観察すると目黒川はまだましな部類である。
東海道線で豊橋から名古屋へ向かうと、熱田駅(名古屋市熱田区)の手前で新堀川という小さな川を渡る。この川に大量の泡が流れている。何事かと思って川岸を見ると下水処理場がある。名古屋市の熱田水処理センターである。この処理場は昭和5年にできた古い処理場で、ここから放流される水が泡だらけなのであった。また、横浜市鶴見区の北部第一水再生センターから放流される水も泡だらけである。ここは放流口に消泡設備があり、スプリンクラーで泡を消しているが、それでも泡が出る。
北部第一水再生センターから出る泡混じりの水と消泡用スプリンクラー
生活排水の流入しているような川でも泡は見られる。泡は平面状に広がるだけでモコモコと立体的には盛り上がらないが、光景的にはびっくりする。しかしさらに驚いたことに、泡の下をコイやカメやボラがすいすいと泳いでいる。私が見たところ、
・泡があっても、隠れる場所さえあればコイやカメなどは生きている。
・泡が出るようなところは、水が攪拌されている場所であり、酸素が溶け込んで溶存酸素が多い。その点において、魚が生きやすい。
ということのように見えた。だから、泡の有無をもってすべてを判断してしまうのは早計であるが、洗剤の成分が川に出て行ってしまうような状況はよいとはいえない。
私もそういう洗剤を散々使っているので、どうしたらいいのか考えてみることにした。この問題は昔から議論されているテーマなので出尽くした感があるが、私なりに感じた問題点は次のとおりであった。
・合成洗剤は安くで便利だがやはり生分解性の悪さがネックである。もっとも、現在はさらに改良された「アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウム」という「せっけんに近い陰イオン界面活性剤」を使っているものもある(※3)。
・合成洗剤はにおいがきつい。あのにおいも魚にはおそらく迷惑である。
・合成洗剤には「環境に配慮して天然ヤシ油を使用しました。」とうたうものがあるが、そもそもヤシのプランテーションが熱帯雨林を破壊しているのであるから、これは論点がずれている。
・しかし合成洗剤は加水分解酵素の併用など、洗剤使用量の削減技術にしのぎを削ってもいて、良くも悪くもこのハイテクさが合成洗剤の特徴である。
・その天然ヤシ油はせっけんにも使われている。
・せっけんは手荒れが起きにくく、魚毒性も低く、生分解性も高いが、BODは高い。原料が油なのだから、さもありなんである。
・この品質的贅沢さが良くも悪くもせっけんの特徴である。
これはややこしい問題である。たとえせっけんが環境にいいとして、すべての洗剤をせっけんでまかなったら膨大なヤシ畑が必要である。
石油で洗剤を作っているから現代人の需要をまかなえているのであって、せっけんがいいか、合成洗剤がいいかといった論争はやや不毛と言える。そのようなわけで、私の対応策はこうなった。
①洗濯は袖とか襟を石鹸でこすって洗った後に、少なめの合成洗剤で洗う。
②油の付いていない食器は水だけで洗う。
③油まみれの食器は新聞紙でふき取って洗う。
④タワシでこすって何とかなるものはタワシで済ます。
化学的に界面活性化することをあきらめて、物理的に人力除去するという方針を前面に出した解決策である。
指と新聞紙とタワシは優秀な油剥離剤であり、人力除去した後に洗剤を使えば、少しの量でもよく泡立って汚れも落ちる。泡立ちよ、こんにちは。
※1 岩波講座 現代化学への入門〈18〉化学と社会 平成13年 茅幸二 他著 岩波書店
この書籍は洗剤や電池など、日常生活にさまざまな形で使われている化学物質を専門家が解説している。洗剤の項を担当しているのは合成洗剤メーカーの研究者ではあるものの、合成洗剤の欠点や苦悩にも触れてあって参考になる。この書籍で面白かったのは、界面活性剤はもともと機械の潤滑剤として開発されたというところと、ツブツブタイプの歯磨きなどに入っているゼオライトは、もともと合成洗剤を無リン化するために開発されたというところである。産業や環境面の要請で渋々開発したものでも、時間が経てば別用途への転用で開発コストが回収されていく、という構造が見える。
※2 直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(環境省の化学物質対策の資料HP PDFファイル)
※3 界面活性剤とは[4]界面活性剤の種類 (横浜国立大学教育人間科学部 大矢勝研究室のHP)
アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウムに言及した文献。この物質の化学物質評価はまだあまり進んでいないようである。
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