~HJ HJ EYE:9~会社の新しい枠組み「ポジティブメンタルヘルス」

人材

――中小企業の経営者には、ポジティブメンタルヘルスへの知見が無い方もいると思います。健康いきいき職場づくりに取り組もうとしたときに、まず何から始めればいいのでしょうか?

川上 まずは、自分の会社における病欠やターンオーバーの数などを調べることですね。それを元に幹部が集まって、導入についての検討を行い、意識の統一を図るべきでしょう。その上で導入を行うのであれば、一番重要なのが従業員へのヒアリングです。今どのような気持ちで働いていて、理想の会社に必要なことは何かを聞き出してください。

 奄美大島にある豆腐メーカーでは、すべての従業員が集まる場を作っていて、自由に意見を交わさせることで、会社に今何が必要なのか、その情報を収集しています。方法はグループワークでも、個別面接でも何でも構いません。ニーズを元に施策を行い、その結果を評価して次につなげる。そのサイクルを回すことで、従業員にも会社がポジティブメンタルヘルスに向けた取り組みを行っていることが伝わるわけです。

 特に、中小企業における健康いきいき職場づくりは、ある種の実験だと思って取り組んでも良いかと考えています。大きな会社は何度も人事施策を変えることはできませんが、小さな会社であれば失敗しても、次の挑戦を行えばいいわけです。

■新卒採用や会社の規模拡大で、ポジティブメンタルヘルスが重要なファクターに

――現代では社内における助け合い、チームワークが失われていると感じることがあります。ポジティブメンタルヘルスの観点から経営の健全化につなげていこうという動きはあるのでしょうか?

川上 チームワークを重視するように人事評価制度を見直す動きが出てきています。例えば、株式会社デンソーでは社員同士が関わり合い、一体感を作ることを人事評価の対象にしています。

 ある経営者の方に向けたアンケートでは、従業員がただ働いているだけでは不満足だという回答が多く寄せられました。近年では社員数が不足しており、経営者の負担も増しています。案件を提案し、新しい仕事を取りに行くような、アクティブな従業員が求められる傾向にあります。従業員も熱意をもって働きたいという気持ちはあるので、そのモチベーションを維持できるような職場づくりは、双方のニーズに合っていると思います。

――ベンチャー企業の中には急速に規模を拡大したため、メンタルヘルスへの対応が追い付いていないところもあります。事業拡大の中で乗り越えるべきステップの一つを、健康いきいき職場づくりが担えそうです。

川上 従業員が300人を超えると、顔の見えるコミュニケーションができなくなり、経営者の意思が伝わらないためモチベーションが下がるといわれています。経営者が従業員のメンタルヘルスを考え、積極的にコミュニケーションを保つ仕掛けをしないと、組織として上手く回っていかないでしょうね。

――フォーラムでは組織における職場づくりの取り組みを評価する「健康いきいき職場スターター認証制度*」を設けています。新卒者などが就職先を決める上で、ひとつの判断基準になりそうですね。(*2017年より表彰制度に移行する予定)

川上 これはある大学で講義をしたときの話ですが、学生から「どの企業が認証を取得しているのか」と熱心に聞かました。技術を持っている学生ほど、自分の才能を無駄遣いされたくないという意識から、就職する企業のメンタルヘルスへの取り組みを重視する傾向にあるようです。学生からの反応は非常によく、ポジティブメンタルヘルスが時代に求められていることを感じます。

<Profile>
川上憲人(かわかみのりと)さん
1981年、岐阜大学医学部卒業。東京大学大学院医学系博士課程を経て、東京大学医学部助手に。以降、米国テキサス大学、岐阜大学、岡山大学で教授職などを務め、2006年に東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻教授に就任。研究分野は地域の精神保健疫学、職場のメンタルヘルス、行動医学。主な著書に『ポジティブメンタルヘルス―いきいき職場づくりへのアプローチ』(培風館)など。

■ 取材を終えて
2017年は「職場のメンタルヘルス」元年と言われる年になるのではないだろうか。もちろんずっと以前からメンタルヘルスの重要性は叫ばれていたわけだが、国民全体の共通認識にはなってはこなかった。ビジネスマンの心の健康問題が一般的にクローズアップされるようになったのは2000年前後のことだ。企業が導入し始めた人事評価における成果主義や不況の影響が要因として考えられるだろう。川上憲人さんは精神保健分野の研究に30年以上取り組んでいる「職場のメンタルヘルス」研究の第一人者。多様化する心の健康問題の解決に向け、専門家の育成や産学共同研究などに積極的に取り組んできた。メンタルヘルスと職場との関連づけを行い、そこに新しい概念と実践のための具体的方法を提示することで、長時間労働是正のための時間生産性向上、そして組織経営のレベルに議論を高めてきた。人間関係の活性が結局、ビジネスにとって有効であることを肝に銘じたい。
(HANJO HANJO 編集長・加藤陽之)


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