どうも青山ゆうです。
今回はムカつく上司にあえて怒られてみようという変態的なスタンスからのお話。
怒られるのが好きだと言う人はほとんどいないだろう。新人は怒られるのも仕事などと世間では言ったりするけれど、それでも実際に怒られれば大抵の人はへこむはずだ。
子どもの頃学校で毎日のように怒られていた青山でも、先生に怒られている最中に、自分を客観的に見ておもしろくなって爆笑してしまうということが何度かあった青山でも、大人になった今、怒られればへこむ。怒られてから数秒くらいは落ち込む。(笑)
ブラック企業の怒声の毎日の中で私は、誰かに怒られるとき、その語り手は、その語り手がかつて怒られてきたことについて言及しているのではないかと思うようになりました。
例えば、「細かいとこまで気をつかえ」という説教を上司にされたとして、その上司はかつて過去に誰かから同じ説教を受けて、かつその点について自らも気にして、改善されたかどうかは別として、直そうと努力したことがあるのではないかと思う。
人は自分の心の目で世界を見ていて、例えば2人の人がいたとして、同じ景色を見ていても、その目に見えているものは違うというのが人間の性であるため、ある人が気になることというのは、その人が気にしていることである可能性が高い。
例えば、顔のニキビを気にしている人は、街中を歩いていて、同じようにニキビがある人の顔を見てしまうというようなことがあるかもしれない。
サングラスをかけて歩いている人は、サングラスをかけて歩いている人をより意識してしまうかもしれない。
というようなことはなんとなくわかってもらえると思う。
それと同じかはわからないが、説教の語り手は、語り手自らが気にしていることに言及していると思えてならない。
それはまるで中学生が、ちょっとお前スカート短くない?とか長くない?とか、髪茶色くない?といったレベルにも似ている。先輩に言われてきたこと(注意されてきたこと)を伝統的に後輩に注意するといったように。
ここまで書いたところで、表題に言及すると、ムカつく上司にあえて怒られるとは、あえて怒られることで、ムカつく上司の弱点を見抜けということです。
弱点とは、これまで話したこと、つまりはその人間がこれまで怒られてきたこと、気にしてきたことを見抜くということ。その説教内容がそのままその人の弱点になる。
もしもその上司が常々まわりに毒をまき散らしていて、いつか黙らせたいと思っているなら、その弱点を武器に使ってやればいい。
逆にまったく怒らない人というのは、いつでも余裕がある人というのは、弱点が見えない。そういう人に関してはべつに知る必要はないかもしれないけど。
明日からこの点に注意してムカつく上司の説教をあえて受けてほしい。(笑)
怒られるついでに話しておくと、あなたの職場がどうだかわからないけど、人間なんて感情の生き物だから、その日のその人の気分によって、全く理解できないことで怒られたりする。そういう場合は青山の場合は無視します。(笑)
あえて怒られないという選択をします。
怒られるというのは、今回は従来の怒られるという視点とは別の視点から見てきたけど、たしかに怒られるというのはあえて受けることで大きな恩恵を受けることができる。
自分の悪い面・未熟な面を指摘してくれるという点はたしかにあるわけで、それを改善していくことで成長につながるという側面はある。
だから本当にその会社で成長したいと考えていたら、先人に教わるというのは理にかなっている。先人たちは、いくつもの障害を乗り越えてきて、新人が同じような障害に躓くことも予測しているから、その解決のヒントを与えてくれることは間違いない。
でももしもあなたが会社の外で生きようと思うのなら、社会の常識に牙をむこうと思うなら、会社にいる人間の説教に決して耳を貸してはいけない。
彼らは基本的に絶対的なルールに従って生きている。自分より上の人間が白と言うか黒と言うかが、その内容や自分の意見よりも重要視される。影でコソコソ会社の悪口を言いながら、外の世界に出ようとはしないし、外に世界があることすら認めようとしない。
外の世界を覗いてみようとする人を必死で引き止めようとするし、外の世界で自由に生きる人たちを見ようとしないし、そういう人たちは特別な人たちだと決めつけている。
- うまくいくはずがない。
- どこに行っても同じ。
- あの人は恵まれた環境に生まれ、生まれたときから成功が決まっていた。
- ふつうが一番いい。
- 失敗したら終わり。
- あなたにできるはずがない。
それが彼らの口癖だ。だからもしもあなたが外の世界に足を踏み入れてみようと思うなら、彼らの言葉に耳を貸してはいけない。
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あなたが社会に生きづらさを感じているのは、誰かがあなたの扉を叩いているからかもしれない。