ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 勝手にふるえてろパロ2017年6月25日 22:43綿矢りささんの勝手にふるえてろのパロディです。江藤良香→大倶利伽羅ニ→大包平1両隣のトイレの個室は女性社員が入っては出て行き回転率が高い。鏡の前で化粧を直す彼女たちの話し声を聞きながら、俺は蓋を閉めた便器の上に座り、頭を抱えていた。片方の脱げたパンプスは床に転がり、トイレットペーパーで涙を拭いたら溶けて頰に張り付いた。両脇の個室からユニゾンで鳴り響く音姫の流水音が、俺の泣き声をかき消す。俺は会社のトイレでどいつもこいつも音姫を使っているのをいいことに自分だけボタンを押さず、彼女たちの音姫の音にまぎれて思いきり無修正で致すのを昼休みのささやかな楽しみにしていた。今は他人の音姫に嗚咽の音を消してもらっている。トイレから人の気配が消えて、昼休みが終わり、でもどうしても出る気が起きなくて、制服がしわになるのもかまわずに、便器の蓋の上で三角座りをし続けた。たとえ上司の歌仙が呼びに来ても上からバケツの水が、ふってきても、外に出たくない。さぼりたいわけじゃない。辞めたいわけでもない。ただ会社が嫌なだけだ。今日このまま帰って明日も明後日も会社に来たくない。休職届を出さなきゃ。でも、理由なき休職は俺を、たいして役にも立たないのにいきなり長期間休みやがってという、理由ある解雇へ追い込むからもしれない。俺が望んでいるのはあくまで休職だから退職させられてしまえば俺の負けになる。それは嫌だ。何か別の手を考えないと、なにかー。2「経理の女の子って、真面目できっちりしてるから、結婚したらちゃんと家計簿つけていい奥さんになりそうですよね。」今年の夏に開かれた営業課との交流会で、大包平は自己紹介の後にそう付け足して、俺たち経理課の女に温度の低い笑みを浮かべさせた。きっちりしているのは、仕事だから、なんで今時家庭でも家計簿つけなきゃいけないんだ、そんなことも見抜けないなんて、ぼんやりしてる。大包平は体育会系で、目鼻立ちがはっきりした、あつくるしいオーラの男性だった。同期入社だということは知っていたけど、大包平とちゃんと、 話をしたのはその交流会が初めてだった。女性の多い経理課とは反対に男性の方が多い営業課は、商売の最前線に立って、他社の人間と接しているせいか男っぽい活気に満ちていた。あの交流会で経理の女の子たちの人気を一身に集めていた出世株第一位ルックス最高の営業の蜂須賀はもういない。仕事も良くできて空気もよく読めて察しもよく、でも察しが良すぎるせいで他人の言葉には常に裏の意味が込められていると思っていた彼は、ニヤリと笑ってなにもかも把握しているかのようにうなずくのがクセで、自分の周りは敵だらけだと思っていた。主導権を常に自分で握りたがっていて、上司の下で働いていることを認めたがらず、上の命令で動くときも、俺が決めた、俺がやることにしたと常に主語は自分だった。できるのかもしれないけど、なんか生きにくそうな人だな周りが気付き始めて人気が落ちて来た頃に、辞めてしまった。辞めるときも、辞めさせられたのではなく、あくまで自分からこの会社を見限ったと言い張っていたのが印象的だった。俺は心の中で彼を出木杉くんと呼んで見送った。結局、会社には大包平みたいに嫌味を言われても気づかない図太い人間が残り、毎日出勤している。「あの交流会、本当は営業の同期に頼んで俺が開いてもらったんだ」週末の2回目のデートで大包平がクラブでそう白状したとき、大音響でフロアに鳴り響くテクノがうるさくて、俺は彼がなんて言ったのかよく聞こえなかった。「え?なんて?」「だから、あの交流会の発起人は実は俺だったって話。大倶利伽羅さんと知り合うきっかけがなにか欲しくて、でも下心がばれたくないから幹事を営業の同期に頼んで、交流会を開いてもらった」大包平は声を張り上げる。「なあ、ここうるさいかもう出て、どこか喫茶店でも行かないか」おまえの場所選び、完全に間違ってるよという感じに大包平が苦笑する。いま居心地が悪いのを俺のせいにしようとしているな。でも、違う、大包平は話したいかもしれないけれど、俺は音楽を聴いて、気分が乗って来たら踊りたいからクラブを選んだわけで、だから間違ってない。おたくのくせにテクノが好きな俺は、ネットで落として家でヘッドホンで聴いていたのだけれど、いつかレーザービームもスモークのなか大音響で聴いてみたくて、でも誰も誘ってくれそうにないから、大包平にどこかへ行こうと誘われたとき池袋のクラブを指定した。夜9時のクラブ前の待ち合わせで大包平は会社帰りのスーツ姿のままで現れて、俺はまだ彼の首をしめているネクタイと、暑苦しい長袖のカッターシャツを見て憂鬱になった。着替えてくる時間はあったはずなのに、あえて出勤姿のままで来たのは、俺は社会人だというアピールだろうか。遊びの時でさえ、スーツなんか着てこられたら、こっちまでくつろげない。大包平はドリンク券をビールと交換するとダンスフロアには目もくれず、俺をテーブル席へ連れていき、普通のレフトランにいるみたいに自分のことについて話し始めた。わりといい大学を出たこと、仕事を楽しんでやっていること、小学生の頃からサッカーをしていて、高校の時は県大会まで出場したこと。会話の端々に非常にさりげなく、彼自身のポジティブな情報を入れ込んでくる。まるでトイレや洗面台に小さな黄色い花のポプリを、そっと置くかのように。俺にこれだけは言っておかなきゃならないという項目を決めてあるみたいだ。営業と同じで、自分を俺に売り込んでいる。俺が深く考え込んだ後、大きく頷いて立ち上がり、分かった君に任せたよ頼むな大包平君、と彼の肩をたたくとでも、思っているのだろうか。「最近、運動不足を解消するつもりで会社終わった後筋トレしてたら、高校の時の大腿筋が復活したみたいで、今まで穿いてたスーツの太ももの部分がキツくなって入らないんだよな。買い直さなきゃいけねえ、めんどくせ」「すごく発達してるんだな、太ももの筋肉」「まあ、最近使ってなかったから、それほどでもないけどな。俺的にはまあまあかな」自分で自慢をふったくせに謙遜されると、頼んでもいないのに鮮やかな手つきで手品を披露された気分になる。で、隠された俺のコインはどこへ行ったんだ?「地味にワークアウトするだけで筋肉を結構維持出来るって気づいてからは、毎日軽くやってる。腹筋千回、腿上げ千回、あと他にも、疲れない程度にって感じだな」「会社終わってからも体を動かすなんて疲れそうだな」「そうでもないぞ。意外と会社だと動いてないもんだ。もしかして大倶利伽羅さん、家に帰ったら食べて寝るだけじゃないのか?」「ああ、テレビ見てお風呂入って」「駄目だ、それじゃ。体のためにもう一つ運動を加えてあげないと。寝る前に筋肉を伸ばした方がいい。休みの日は何してる?」「家にいたり、買い物に行ったり」フロアから大歓声が聞こえた。人気のDJが登場したらしい。そういえば今日は芸能人のUTSUSHIがDJやるって入り口にポスターが貼ってあった。見たい、見たい。腰を動かしそうになるが、大包平は歓声が上がった時うるさそうに顔をしかめただけで話を続ける。「せめて、ジムとか行くべきだ。25過ぎたら筋肉が衰えてくるから、30になるまえにある程度鍛えておいた方が体のためだ。」ダメ出しされたうえかつアドバイスをされると、頼んでもいないのに目の前でシルクハットから鳩を出された気分になる。で、この鳩は俺が育てなきゃならないのか?「じゃ、あんまり疲れないんだな、鍛えてるから。」「いや、疲れるのは体動かす時じゃなくて、頭使うときだな。この前のプロジェクトとか動く金が、億単位だったから神経使ったー。あの時は流石に疲れた。俺が担当だったから。」「まだ若いのにそんな大きなプロジェクト任せられるなんて、優秀なんだな」「ちがう。優秀だからじゃない。労力が必要で責任も大きいプロジェクトだから上が嫌がって、よく動く若手に押し付けただけ。でも今回うまく行ったから社内で俺の評価は上がるかもしれないな。そしたらラッキーだけど。にしても帰ったら玄関で倒れてそのまま朝まで眠るほど疲れてたな、あのころ。やりきったって感じ。」望み通りの相槌を、返してやったのに即座に打ち消してくる奴、あと企画のことをかっこつけてプロジェクトと呼ぶ奴、俺は嫌いです。「努力のかいあって成功したんだな。よかったな。」「まあな。成功すると、二億が入ってかるけど、失敗すると今までの投資が無駄になるからリーダーを、任されていた俺は緊張したよ」億の話をするのは億稼ぐようになってからにして頂きたい。いくら大きな単位のお金の仕事をしていたとしても、あんたの給料は変わらないんですよね。「大倶利伽羅さんも何か話して。どんな人なのか俺に教えて。」「大倶利伽羅、26歳、日本人、B型、株式会社トウケンに勤めていて、顔にはたけができやすい。髪の毛は染めたことなし、アトピー体質でもあり首は年中色素沈着してる。彼氏なし、貯金なし、一ヶ月の家賃は七万五千円。嫌いなのは暇人で、好きなのはカレー、最近はまっているのはインターネットのウィキペディアで絶滅した動物について調べることです」「なあ、さらっと言ったけど、本当に彼氏いないのか?」「いまのところは。」「へえ。いつから」「かなり前から」「ふうん。俺は一年前からいない。大学から7年間付き合ってきた年上の彼女と別れてさ」彼はまた自分について話し始めたが、俺は昨日ウィキペディアで調べたばかりの絶滅した動物について語りたかった。いっぱい話したいから自己紹介の最後に持ってきたのに全然食いついてこないなんてさびしい。ウィキペディアで得た情報を語らせてくれないとはなんて不親切なんだろう。「7年付き合って別れた彼女なんだけとざ。すごく尽くしてくれる奴だったんだけど、結婚結婚言われるようになってからはなにやってくれても、こいつ結婚したいから尽くしてくれるのかな、って考えるようになって、冷めたな。決定的だったのは、俺の返事が待てなくて俺の両親に先に話をつけに行った時。恋愛の果てに結婚があるのに、結婚を目的にされてそこから夫婦生活が始まるのは俺には合わないなってその時思った。時間が経つにつれ彼女への想いも姉とか、家族に対するようなものに変わってたし、潮時かなと思って別れた」姉だと思えるなら、じゃあ、家族になってあげろよ。7年付き合ってこの言い草、寝てる時首や肩が重くないか?彼女に生き霊くらい飛ばされてても不思議は無い。大包平の元カノ、顔は知らないが、あんたのくやしさ、俺はよくわかる。長く付き合ったあとは結婚したいなんて女にとっては自然な欲求なのに、打算的だととられるなんて絶望ですよね。「それでさ、あいつ俺と別れた後に、三ヶ月付き合っただけのやつと結婚したらしい」当時、相当ショックだってのか大包平は過去を思い出しただけで辛そうに顔をしかめた。「焦ってる女の人って嫌だよな。何歳になったとしても愛は愛のままであってほしいな。」「いい子ではあったんだけどな」大包平は俺の棒読みのせりふにも気づかず、誰が得するわけでもないフォローを入れると立ち上がった。「そろそろ出よう。もういいだろ。俺もうちょっと静かなところで大倶利伽羅さんと話したい」俺たちは熱帯夜の池袋の街をさまよい、俺のハイヒールを履いた足のかかとがストラップとこすれてずるむけなった頃、俺たちはカラオケに入った。個室に入ると、大包平は、ちっとも歌おうとせずに俺と向かい合い、改まった口調で話しかけてきた。「いきなり俺が電話してきたり、二人きりで会おうって言ってきたから、大倶利伽羅さんは驚いたよな」別に驚かなかったが、うなずくと、大包平は照れ臭そうに、でも満足そうに、そうだよなあとうなずいた。「驚かせてすまなかった。でも経理課には経費精算の時ぐらいしか接触できないし、社内で話しかけるのも気が引けてさ。突然にならざるを得なかった。でも、今日来てくれて嬉しい」俺も彼と同じタイプだから、彼の行動は意外でもなんでもない。大包平も俺と同じで思い込みが激しく、こいつと決めたらしつこく追いかけ回すタイプだ。分かるからこそ、大包平を邪険にできない。「8月ごろ、初めて喋った時、俺、大倶利伽羅さんに叱られたんだよな。いい加減な精算書出すのをやめてください、って。経理の人は営業の上の人間に精算書の不備を持っていって、俺たちは上司から叱られるのが普通なのに、直接叱りに来た」いい加減な経費精算は癪に触る。大包平は同期で言いやすかったし、ほんとにいい加減だっから、営業課に行ったついでに言うことにした。言われた大包平はむっとしていた。「明細に誰を接待したかも、日付も書いてないし、字が汚くて読めないって言われた。おれ、あの時忙しくて、経費精算まで手が回らなかったから、いくら同期だからって経理の女の子になんでここまで叱られなきゃいけないんだって、しばらく腹が立ってた。でも今思えばちゃんと出来なかった自分が 恥ずかしいから、八つ当たりしてただけなんだけど。」大包平は居心地が、悪そうに頭をかいた。「でも次に大倶利伽羅さんが営業のフロアにやって来た時、制服のブラウスの胸のところに赤いふせんがついていたのを見て、目が離せなくなった。あの日からなんか気になり始めたな」赤のふせんといえば振替伝票をファイルするときに使うポストイットだ。胸についてたなんて気づかなかった。俺にとっての大包平は、デスクに座っているときに精算書を持って来た彼が話しかけて来て、かがんだ彼のネクタイの先の三角の部分が垂れ下がって俺の頬にふれたことがあり、それがいやだったという思い出しかない。カラオケを出た後も牛丼屋と一晩中大包平に連れ回されて、その間、ずっとなにか言いたそうにしていて、死ぬほどもどかしいまま夜が明けて、ドトールの朝七時に、コーヒーくさい息でやっと告白された。「まだ2回しか会ってないのに、いきなりこんなこと言い出してびっくりさせるかもしれないけど、俺の気持ちは固まってるから今いう。大倶利伽羅さん、良かったら、俺と付き合ってください。」今日は生まれて初めて男性から告白される気配を感じて俺も正直すごくこの瞬間を楽しみにしていた。だから、文句も言わず夜じゅう付き合ったわけだけれど、さすがにドトールに入った時点で疲れ切っていて、言われた時は嬉しいというよりも、やっと終わったという気持ちが先に来た。「ありがとう。よく考えてみる」「もちろん。ゆっくり考えてくれ」やっといえて、ほっとしてのか、大包平も急に疲れの浮かんだ、でも安心した顔になって目を閉じて、ソファの背に沈み込んだ。続く