富士フイルム傘下の再生医療企業、J-TECの新ステージ(上)
日本の再生医療の「開拓者」
2016年06月07日
J-TECの第1号製品「ジェイス」が世に出たのは09年1月(保険収載、製造承認は07年10月)。創業から10年、治験を開始した03年から6年目、日本初の再生医療製品だ。
「ジェイス」は自家培養表皮の商品名。米国ハーバード大学のハワード・グリーン教授(1925~2015)の技術を導入したもので、米国では1980年代後半には「エピセル」として販売されている。日本では重症のやけど(重症熱傷)が適応症とされている。
グリーン教授の技術を使い、患者の皮膚から切手大の皮膚を切り取って、グリーン教授が樹立した3T3ーJ2細胞と表皮細胞を培養皿にまいて培養すると、3週間ほどで畳1畳分ほどの表皮ができる。これを患部に移植すると自然に生着する。形成のメカニズムとしては、表皮の一番下、基底層部分にある表皮幹細胞が傷面に密着して増殖を始め、小さな傷が治っていくのと同様に、表皮細胞のターンオーバーのメカニズムに従って皮膚を形成していき、最終的には傷が治癒する。
重症熱傷は、真皮に届く熱傷が体表面の30%を超える、または真皮からその下の脂肪層にまで届く場合をいう。熱によって表皮が広い範囲で壊死するなどしてなくなってしまうと、体温を保てず、体液が浸出して水分も保てなくなる。脱水から血液循環が低下し、血圧が低下してショック症状を起こす。創傷面から菌が入り込んで敗血症を起こすといった症状も呈する。このため体表面の50%に熱傷が及ぶと致死的といわれる。一般に信じられているような、皮膚呼吸ができなくなるからといった単純な話ではなく、もっと広範で複雑なダメージを及ぼす。「ジェイス」の適応対象となる体表面の30%以上の熱傷ですら、死亡率は50%を超えるという。
既存の治療法は、輸液によって脱水を防ぎながら人工皮膚や家族の皮膚などで一時的に傷口をふさぐ。だが、人工皮膚や同種細胞(他人の皮膚)では生着しないため、最終的には自己の皮膚を移植することになる。
皮膚移植といえば、体表の目立たない部位から皮膚を採取しそのまま移植するのが普通であり、このため、少しずつ何度も移植手術を行う必要があった。「ジェイス」なら一度の培養で大量に表皮を得られるので、広範囲のやけどでも少ない移植回数で済む点が患者にとっても大きなメリットだ。
先駆者グリーン教授を口説いた「本気」
開発者のグリーン教授は、この技術ライセンスを供与するのは1カ国1企業のみと決めており、これまでに、米国のほかフランス、イタリア、韓国などで承認、販売されている。日本で選ばれたのがJ-TEC。「資金も実績もないが本気であると信用してくれた」と小澤洋介社長は言う。
培養時に雑菌が混ざってしまうのを防ぐため、製造ラインの設計から建設、管理まで基準もない中、手探りで挑戦を続けた。ひとつクリアしても新たな課題を突きつけられる。商用生産開始の前に製造施設を新設したため、治験施設と同等性を証明しなければならないなど、思ってもみない障壁にぶつかることもあった。薬事法に則って認可を受けるため、設備、運用や維持管理、製造手法など、ほんのわずかな違いも認められない。
小澤社長自身、古巣のニデックで医療用機器を扱っていたとはいえ、医療製品の難しさを実感する。また、細胞シートは、細胞単体と異なって生体組織のため、凍結輸送はできない。振動や輸送時間、温度変化がどのような影響を与えるのか。物流の仕組みもイチから作らなければならなかった。
そして10年、「本気だ」とグリーン博士に宣言したとおり、09年には日本初の再生医療製品として提供を開始した。7年目となった今では知名度も上がり、大きな火災事故が重なった13年3月期には売上高も8億円を超えた。ここ2年ほどは5億円台で推移しているが初年度の1億円強からみれば、まずまず順調といえる。ところがこの間、見掛けの売上高だけでは測れない苦難が待っていた。
規制も基準もない、ゼロからのスタート
「ジェイス」の適応対象である重症熱傷の患者は、致死率が50%を超える非常に厳しい状況にある。
「ジェイス」の作製受注後に、患者が亡くなったために中止となる確率は毎年40%ほど。最も中止率が低かった14年3月期は25%だが、この年は例外的とみられ、13年3月期と16年3月期は45%にもなった。中止になった場合、細胞の受け取りから培養に至る経費はJ-TECの持ち出しとなる。これが年間数億円にも上り、経営を苦しめてきた。
さいわい、16年4月から保険償還価格が改定され、これまでの1枚31.4万円(上限40枚)の単純な計算式から、採取・培養段階で438万円、調製・移植段階で1枚15.1万円(上限40枚)の2段階になった。上限枚数を使った場合、1件当たりの総額は2割ほど減額となるが、中止案件でも一部回収できるようになるため、原価率をかなり改善できるメドがついた。これまで保険償還価格のつかなかった上限枚数を超える分についても、日本熱傷学会から償還価格範囲に含めるよう要望が出されており、中期的には解決に向かうとみられる。