はじめに 成層圏硫酸エアロゾルは、15kmから30kmにかけての高度域に全球的に分布し、その成分は硫酸液滴の形状をとっているものが中心であると考えられている。このエアロゾル層は短波・長波の散乱および吸収に影響し、またその表面上での不均一反応はCIOxやNOxの分布を変化させ、オゾンなどの他の化学種へも影響力を持っている。 成層圏硫酸エアロゾルは、地表において放出された人為または天然起源の硫黄化合物から化学的に硫酸が生成されることにより維持されている。大規模な火山噴火時に成層圏に流入する火山ガスは硫黄系化合物としてはSO2が主成分であると考えられている。一方で、そういった大規模火山噴火の無い平穏時には、地表で放出されたOCS(硫化カルボニル)が成層圏硫酸エアロゾルの主要な生成源であると考えられている。これは、対流圏でのSO2の光化学的寿命は数日程度と非常に短いために地表から放出された人為起源および天然起源のSO2は対流圏内で硫酸エアロゾルになり、地表への乾性沈着や雨滴への湿性沈着の影響を受けることにより成層圏にまではほとんど達しないと考えられるからである。しかしながら、地表付近のSO2が積雲対流によって上部対流圏にまで運ばれることにより成層圏へも相当量が流入するともいわれている。また、SO2は大規模な火山噴火によって大量かつ急速に成層圏に流入することがあり、その流入量は噴火の無い平静時の成層圏全体の総量に比較して数十倍に達すると見積もられている1991年6月のフィリピン・ピナツボ火山の噴火はこのような大規模な火山噴火の一つであり、12-25Mt(SO2)が成層圏に流入したと見られている。この流入量は、1982年のメキシコ・エルーチチョン火山噴火に比較しても1.6倍以上にあたる。また氷床コアの解析などから、過去150年程度のあいだにこのような大規模爆発は数回程度起きているが、ピナツボ火山噴火はその中でも最大規模の火山噴火の一つであることが明らかとなっている。大規模火山噴火によって成層圏に大量に流入するSO2は1-2ヵ月で硫酸エアロゾルとなり、半年程度で両極にまで輸送され、噴火後2年以上の長期に渡って成層圏、対流圏に全地球規模の影響を多岐に渡って及ぼすといわれている。冬期極域の温度低下、熱帯域下部成層圏の温度上昇、下部・中部成層圏のオゾン量減少が衛星・地上観測などによって報告されている。 これまで、3次元モデルを用いた数値実験では火山由来の硫酸エアロゾルのオゾンに対する化学的な影響までは考慮されていない実験がほとんどで、その場合は下部成層圏での赤道域の温度上昇を過大評価していた。また1991/1992年冬の北極域での温度低下は再現できる一方で、1992/1993年冬の北極域での温度低下を再現できていない。そこで本研究では、東京大学気候システム研究センターと国立環境研究所で開発された大気大循環モデルを基本として成層圏における詳細な光化学過程をふくむ成層圏光化学モデルを用いて、硫酸エアロゾルおよび成層圏オゾンの気候に与える影響を調べる。 モデルの概略 大循環モデルはCCSR/NIES AGCMの第1バージョンを基にしている。水平分解能はT21(およそ5.5度×5.5度)、鉛直分解能は32層(上部対流圏から成層圏では約2.8km間隔)で、対流圏から中間圏までを含んでいる。この中に、36の化学種と22の光解離反応、85種類の気相反応と硫酸エアロゾル表面における4種類の不均一反応を組み込む(cf.Takigawa et al.[1999])。硫酸エアロゾル表面上での不均一反応の反応確率および硫酸エアロゾルの光学パラメータについては硫酸の重量パーセント濃度を75%、粒径分布をモード半径0.2μm、分散値1.5である正規分布と仮定してそれぞれ求めている。また、SO2、NOxなどの地表面からのエミッションはEDGERの1990年の年平均値をT21に補間して与え、地表への乾性沈着および雨滴への湿性沈着なども考慮している。 平穏時の硫酸エアロゾルに関する数値実験 平穏時の成層圏硫酸エアロゾルに対して地表起源のSO2がどの程度寄与し得るのかを調べるため、火山噴火の無い状況下での数値実験を4年間行なう。エアロゾル表面上での不均一反応、および硫酸エアロゾルによる散乱・吸収はどちらも考慮している。 成層圏および対流圏における硫黄収支を図1に示す。各々の化学種の総量をTgS単位で示してある。また、一年間で平均した地表と対流圏、対流圏と成層圏、およびそれぞれの化学種の間のフラックスをTgS/yr単位で示してある。地表からの放出量について見ると、SO2の地表からの放出量は年間87.7TgS/yrであった。これは人為起源および天然起源の地表エミッション、および小規模火山爆発によるものである。地表から対流圏へ流入したSO2、およびOCSから対流圏で気相反応によって生成したSO2のうち、およそ78%が対流圏内で雨滴へ取り込まれる湿性沈着、もしくは地表への乾性沈着によって大気中から取り除かれている。本モデルではSO2の湿性沈着をHNO3の乾性沈着と同程度であると仮定しているため、最短1日程度と比較的速やかに大気中から除去される。また、OCSの地表からの放出量は0.158TgS/yrと見積もられる。 次に対流圏から成層圏への流入量を見ると、今回の実験ではOCSは対流圏から0.033TgS/yr流入しているが、これは地表から対流圏への流入量のおよそ1/5にあたる。また、成層圏全体の総量と比較して、成層圏でのOCSはおよそ2年弱(1.8年)で入れ替わっていると見積もられる。対流圏におけるOCSのターンオーバー時間はおよそ8年程度と、成層圏におけるOCSターンオーバー時間の4倍となっていた。SO2は対流圏での光化学的寿命が数日程度でしかないにも係わらず、数年程度の光化学的寿命をもつはずのOCSと比較しても、対流圏から成層圏に流入する量としてはOCSの流入量の24%程度の大きさを示していた。 本モデルによって見積もられた流入量は、上部対流圏におけるSO2の光化学的寿命に重要な同高度域でのOHの分布、およびモデル内でのブリュアー=ドブソン循環の強さ、積雲対流による下部対流圏から上部対流圏への輸送などの化学的、および力学的要因に強く影響を受けるため、これらの影響についても観測や他の数値実験との比較を通して今後評価していく必要があると考えられる。 火山噴火時の硫酸エアロゾルの影響に関する数値実験 火山噴火によって成層圏に大量に流入するSO2によって生成される硫酸エアロゾルは、放射への影響とエアロゾル表面上における不均一反応によるオゾン・塩素化合物・窒素化合物への影響が大きいと考えられる。このため、この二つの影響を定量的に評価するために三種類の実験を行なう。 実験1が火山噴火の無い平穏時の硫酸エアロゾル分布に相当し、実験2および実験3では火山噴火由来の硫黄化合物が流入した場合に相当する。火山噴火由来の硫黄化合物は、実験1の初期値(平穏時硫酸エアロゾル分布でスピンアップしたもの)に、17MtのSO2を高度25kmにピークを持つガウス分布を仮定して与えている。開始時期はピナツボ火山が最大規模の噴火を行なった直後の1991年6月16日とし、それぞれの実験について各々3年間計算を行なう。 図2に高度70hPaにおける火山噴火による温度変化を示す。とくに中緯度から低緯度にかけての領域に着目すると、噴火後半年程度は硫酸エアロゾル表面上での不均一反応を考慮しない実験2においても、不均一反応を考慮する実験3においても大きな違いは見られない。どちらも噴火後3ヵ月程度で赤道域の温度が上昇し、北半球中緯度で1992年1月ころに極大(およそ2K)を示す。ところが、表面上での不均一反応を考慮した場合1年程度で温度上昇は見られなくなる(図2b)一方で、放射的影響のみを考慮した場合は噴火後2年半程度の長期間に渡って温度上昇が見られる(図2a)。 次に、高度70hPaにおける長波、短波、および力学による温度変化が平穏時に比較してどのように変化したかを図3に示す。図3a、図3bのどちらも噴火後半年程度は平穏時に比較して長波よる加熱が増加している。本実験では、噴火によって大量に成層圏に流入する硫黄化合物はすべてSO2と仮定しており、硫酸エアロゾルに変換されるのにおよそ1.5ヵ月かかっている。硫酸エアロゾル表面上での不均一反応によってオゾン破壊が活性化されるのは、CIONO2やN205などが潤沢な極域まで硫酸エアロゾルが輸送された後のほうが効果が大きい。このため、噴火後半年程度はまだ硫酸エアロゾルによる長波吸収が卓越し、その結果不均一反応の有無にかかわらず実験2、実験3のどちらも同じような温度上昇を示している。しかし硫酸エアロゾルが十分に生成され、全球的に拡散した後の1992年1月以降は、エアロゾル表面上での不均一反応によってCIOによるオゾン破壊効果が徐々に活性化される。オゾンは紫外域だけでなく、波長9.6μmの近赤外域にも強い吸収帯を持っているために、オゾンが減少すると短波による加熱を弱め、長波による冷却も弱まっている(図3b)。このオゾン減少による温度変化の影響が最も強く現れるのが1992年の7月-10月であり、それに対応する形で1992年末の中低緯度域および1992/1993年冬の北極域の低温化が現れていると考えられる(図2b)。本モデルの結果はオゾン破壊およびそれに対応する低緯度域の温度低下をやや過大評価しているが、定性的にはこれらの振舞は衛星観測ともに整合的であり、火山噴火の数年以上のタイムスケールの力学場への影響を評価するには、化学的な影響を考慮することが重要であることが分かる。 図1. CCSR/NIES AGCMを用いて計算された平穏時の成層圏、対流圏硫黄循環概念図。各化学種の下に年平均した成層圏、対流圏における総質量をTgSで示してある。実線矢印は年平均したフラックス量で、単位はTgS/yrである。破線矢印は乾性沈着と湿性沈着をあわせた沈着量で、単位は同じくTgS/yrである。 図2. 高度70hPaにおける火山噴火起源エアロゾルによる温度変化の緯度-時間断面図。(a)はエアロゾルの長波・短波への影響のみを考慮した場合(実験2-実験1)、(b)は(a)に加えてエアロゾル表面上での不均一反応も考慮した場合(実験3-実験1)。コンター間隔は1Kで、0K以上の領域には濃いトーンを、-1K以下の領域には薄いトーンをそれぞれ貼ってある。 図3. 65Nから65Sで平均した、高度70hPaにおけるdT/dtの平穏時からの変化。単位はK/day。a)は実験2、b)は実験3をそれぞれ示す。細実線は長波放射、点線は力学的変化、鎖線は短波放射による温度変化の実験1からのアノマリをそれぞれ示し、太実線はそれらの合計。 |