「古今和歌集」仮名序には、

ちはやぶる神世には、うたのもじもさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし。ひとの世となりて、すさのをのみことよりぞみそじあまりひともじはよみける


と書く。

「ちはやぶる神世」とは、「国之常立神(くにのとこたちめ)より下(しも)、伊邪那美(いざなみの)神より前(さき)を、あわせて神世七代と呼ぶ」(「古事記」天地の初め)、そういう時代のことを指す。その時代には、歌の文字数も一定ではなく、人の代になって、スサノオノミコトから三十一文字の歌を詠んだとする。

問題は、

すなほにして、事の心わきがたかりけらし

の解釈である。

「古今和歌集 古注七種集成」所収のいくつか注釈は、「事の心わきがたかりけらし」を、「意味が通らない」「言っている意味がわかりにくかったようだ」と解釈し、笠間文庫「古今和歌集」(片桐洋一著)でも「素朴すぎて、よまれた言葉の真意がわかりにくかったらしい」とする。

しかし、素朴すぎて、意味がわからない、ということ自体が意味がわからない。素朴なら、ストレートに意味がわかるというものだ。

これに対して、「古今和歌集 古注七種集成」で竹岡正夫氏は「神代には、歌の文字数も一定せず、生地のままで飾りけなく、詠もうとする事柄の趣意を詳しく分析弁別しにくかったらしい」と訳されている。(「古今和歌集 古注七種集成」61ページ)


しかし、こんなに難しい意味となるのだろうか。

素直にこの仮名序をよむ限り、この「すなほにして、事の心わきがたかりけらし」は、仮名序の冒頭の言葉である「やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことのはとぞなりにける。世の中にあるひと、こと・わざしげきものなれば、心におもふことを見るもの・きくものにつけて、いひだせるなり」との対比で見るべきかと思う。

つまり和歌とは、人の心を種子として、芽が出て育ち、よろづの言の葉(言葉)となったもので、この世の中にいる人は、事物や行為がたくさんあるものだから、それに触れて心に思う事を見るものや聞くものに託して表現しているものなのだが、神世は、まだ人間の世界は形成されていなくて、「こと・わざしげきもの」ではないため、「すなほ」(ありのまま)であり、だからこそ「事の心わきがたかりけらし」だと言っているのだ。

では、その場合、「事の心わきがたかりけらし」とはどういう意味になるのだろうか。

論理的に言えば、ここでいう「事の心」とは、「事柄の趣意」といった意味ではなく、「事に触れて芽が出て言の葉が生み出される種子としての心」となる。だとすると、「わきがたかりけらし」は「分きがたかりけらし」(哀れ、楽しさといった感情の移り変わりが分けにくい)であるとともに、「湧きがたかりけらし」でもあるのではないか。

つまり、人の世のほど神世は「こと・わざしげきもの」ではないので、「事に触れた心」、つまり、「本来は事に触れて言の葉が生み出される和歌の種子としての心」が泉のように湧きでてこない、と解釈すると、仮名序巻頭からの意味が、すっと通るのである。

【補足】
仮名序に対応する真名序には、

然而(しかるに)、神世七代、時質(すなお)ニシテ人淳(あつ)ク、情欲分カルル無ク、和歌未ダ作(おこ)ラズ

この部分は、例えば笠間文庫「古今和歌集」(片桐洋一著)には「神世七代の間は、世の中のあり方が素直であり、人もまた心あつく、感情と欲望が分化していなかったので、和歌はまだ作られていなかった」とするが、少々難解な訳だと思う。感情と欲望が分化していないと、和歌は作れないのだろうか。

というのも、真名序巻頭には「ソレ倭歌(やまとうた)ハ、其ノ根ヲ心ノ地ニ託(つ)ケ、其ノ心ヲ詞(ことば)ノ林ニ発(ヒラ)クモノナリ。人ノ世ニ在ルヤ、為ス無キコト能(あた)ハズ。思慮遷(うつ)リ易ク、哀楽相変ル」と言っているからである。

あくまでここでも、和歌とは、心を大地に根をつけ、その花を言葉の林に咲かせるもので、人として生きている限り、詠わないわけにはいかないものとしているのだ。

「時質(すなお)ニシテ人淳(あつ)ク、情欲分カルル無ク」は、「思慮遷(うつ)リ易ク、哀楽相変ル」と対比すべきだと思う。神世は「こと・わざしげきもの」ではないため、思うことが次々と移り変るわけでもなく、哀れになったかと思うと楽しくなったりする、ということもそう頻繁にあるわけでもない、だから和歌が起きなかったのだ、という意味の中で考えるべきであると思う。

例えば、昨日まで咲いていた花が今日はもう散っているとか、昨日まで愛されていた方が今日は別の方のもとに通っている、であるとか、昨日まで元気だったあの方が、今日お亡くなりになったとか、そういう世の中のうつりかわりがあるからこそ、人は心から歌を読もう、いや 詠まずにいられないのであると 言っているのである。










 

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