ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 トド松がご飯を食べれなくなるお話2016年3月14日 17:51「トド松さあ、ちょっと丸くなった?」 いつものごとく六人そろってやって来た銭湯で長男によりふと投げかけられた一言。やけに人の体じろじろ見てくんなと思っていたらこういうことか。 「確かにそう言われればちょっと顎あたりそうかも。」 「トッティおなかプ二プ二!!!!!!!!」 「たとえ恵みの糧がその躰n「黙れクソ松。」 ワイワイギャアギャアと言葉が飛び交う中そっと自身の腹に触れてみる。そこに筋肉の硬さはなく、お世辞にも引き締まっているとは言い難い。 少し熱めの湯船に肩まで浸かり、ここ最近を思い返してみる。スタバァの新作や新しくできたカフェ巡りなどは普段からしていることだが、ここしばらく巡るペースが早かったように感じる。おまけに最近ジムもさぼり気味である。 人一倍美容には気を付けていたつもりだが最近気を抜きすぎていた。 そしてそれを兄たちに忠告されるとは何たる不覚。六つ子のビジュアル担当。自分はなにより可愛くおしゃれな末っ子でなくてはならない。その役割を果たせなくなれば用済みである。もうすでに僕はいらない子なのだ。少し前のチョロ松兄さんの声が頭に響く。いらないのならばいつ捨てられてもおかしくない。末席なんぞトカゲのしっぽのように切り捨てられる。 痩せよう。そっと決意した。 〇 とにかくまずは食事制限。女の子達からのスウィーツバイキングのお誘いを泣く泣く断る。これもダイエットのためである。 食事時はさすが男六人兄弟。おかずの取り合いにも鬼気迫るものがある。そして本日のメニューは唐揚げだ。松代の唐揚げは絶品でたとえどんなに機嫌が悪かろうと唐揚げの香りが漂えばそれだけでテンションMax。かりっかりの衣と肉汁滴る鶏肉に六つ子たちが勝てるはずがない。自分の分を確保しようと6膳の箸が大乱闘である。 だが、今日は一膳足りない。 「トド松?もういいのか?」 それにいち早く気づいたカラ松が不思議そうな目でトド松を見やる。 「うん。今日あんまり食欲なくて。」 勿論嘘だ。おなかが鳴りそうなのを気合でこらえている。ダイエット中と言ってしまってもよかったがなんとなく兄たちに言われたせいで始めたと思われるのが癪だった。それが嫌われたくないがゆえにというのならなおさら。たとえカースト最下層といえどもなけなしのプライドくらいある。 「大丈夫?どっか体調でも悪いの?」 「食わねえんならお前のぶん俺がもらうぞ~。」 「ああ??ゴラクソ長男んんんんん!!!!!!」 十四松兄さんの優しさが空腹にしみる。わが家の五男マジ天使。後はまあ、うん。 「大丈夫だよー!お昼食べ過ぎただけ!早いけどもう寝るね!」 いつもの笑顔を浮かべながらそう言い残して二階へ上がる。眠ってしまえば空腹も忘れられるだろう。 そんなことを考えつつ明日のジムの用意をし、誰もいない布団に潜り込んだ。電気を消すと部屋の中はほぼ真っ暗だった。今日は新月だっただろうか。光がないせいかいつもより寒く感じる。両隣の温かさが恋しい。なかなか眠れずぐずぐずしていると忍ばせた足音と待ち望んだ温かさがやってきた。それに安心したのかぼくはいつの間にか意識を手放していた。 〇 そんな生活を1週間繰り返し、そろりそろりと目をつぶったまま体重計に乗ってみる。薄目を開けて表示を見る。 「落ちてる・・・!!!」 空腹に耐えたかいがあった。体重は1週間にしてはごっそりと落ちており、ここまで成果が出るのならダイエットも楽しめそうだと上機嫌だった。 だが1,2か月たったころから以前のように落ちなくなった。 以前よりは痩せてきたもののいいスタイルとは言えない。もっと痩せなくては。醜い僕なんてきっと兄さん達は見放してしまうだろう。誰だって醜い奴とはまるで関係のないようにふるまうんだ。自分の行動を思い出し胸が痛くなる。 そこでさらに食事量を減らそうとした。だが、あまりに食べないと不安がられるだろうし、作ってくれた母さんの前で残すのは嫌だった。 悩んだ末、僕は食べたものをこっそりトイレで吐き出した。 のどの奥に手を突っ込み舌の奥の方を何度か押す。酸っぱい匂いがし、涙を流しながら吐き出す。その匂いと便器の中の惨状を見てまた嘔吐感が込み上げ何度もえずく。この不快感だけは何度やっても慣れない。 しっかりと処理をし何事もなかったかのように部屋に戻る。 部屋ではチョロ松兄さんが求人雑誌をめくりながらうんうんうなっている。どうあがいても根はクズニートなのだから就職なんかできっこないのではないだろうか。 そんなことを考えながらソファーに腰を下ろしメールの返信をする。 するとトド松をちらりと見て意を決したようにチョロ松が呟いた。 「ねえあのさ・・・お前ちょっと・・いやかなり痩せた?」 「ふぇ??」 間の抜けた声が出る。なんということだろう。普段ツッコミという名の暴言流れるかの如く吐いているような兄さんが弟の体型の変化に気づきあまつさえ褒めてくるとは。明日は空から槍でも降ってくるのだろうか。もしくは天変地異の前触れか。 「へへへ。そう?」 嬉しくてにやつくのを誤魔化すようにスマホをいじる。今顔は赤いだろうか。 トド松の手入れの行き届いたその手は成人男性のそれとは思えないほど華奢でひどく白い。手の甲にはほんのりと赤いあざのようなものがあった。 チョロ松は何かを考え込むかのようにそれを見つめ、小さなため息をこぼした。 〇 その日はいい天気で雲もなく夜になると大きな月が地上を照らしていた。 「なあトド松。」 昼間にたっぷりクズニート生活を満喫し、お揃いのパジャマに着替え、さあ寝ようとしたときに声をかけられた。 「なあに?おそ松兄さん。」 振り返ると5揃いの目がこちらを見据えていた。空気がその場で固まったかのように感じた。 しばし逡巡したのち、おそ松兄さんが言い放つ。 「・・・お前さあ、最近どうしたの?飯食った後すぐにトイレに行くなあと思ってたけどまさか吐いてるとは。それにお兄ちゃん達が気づかないとでも思った?・・・頼むから・・・やめろ。」 頼んでいるくせに命令形だとかどうでもいいことに気づく。人間驚きすぎると冷静になるというのは本当だった。まさか吐いていることがばれていたとは。匂いには気を付けていたのだが、もしかしたら音だろうか。それよりもこんなことをしている僕を気持ち悪いと思われただろうか。今度こそ嫌われた?とうとう切り捨てられる?嫌だ。どうにかして縋りつかねば。 様々な思考がぐるぐると頭の中を駆け巡る。 しばらく呆然としたまま固まっていた。なんて答えるか悩んだ末少しかすれた声で 「分かった。」 と答えた。度重なる嘔吐により、のどが爛れ、話すのがすこしおっくうだった。 たった一言だがそれでも彼らはその答えに安心したようなそぶりを見せる。おそ松兄さんは小さく息を吐き、にやりと歯を見せ笑うとそのまま僕の頭を優しく撫でた。いつもならもっと乱雑に撫でてくるのだが、壊れ物に触れるかのようなその手つきに少し違和感を覚えた。まあいいや、気持ちいいことに変わりはないし。言ってやらないけど。 「おそ松兄さんばっかずるいっすー!!!!!!!!!」 「うわっ!十四松兄さん危ない!!!」 叫びながら十四松兄さんが横あたりに飛び込んできていつもの行動からは想像もできないほど丁寧な手つきで僕を撫でる。その温かい手にそっとすり寄る。ほかの兄さんたちにも撫でられながらやわっこいふわふわとしたきもちでその日は眠りについた。 薄暗い中、月明かりに照らされたトド松の寝顔。白く柔い肌には肉付きがほとんどない。 どこからともなく聞こえた 「折れてしまいそうだ。」 というちいさなちいさな呟きはトド松に届く前に夜に溶けて消えた。 〇 だが僕はその行為を止められなかった。止めればその分摂取カロリーが増えてしまう、そう考えると怖くて気が付いた時には便器を覗いていた。更に少しでもカロリーを消費しようと長風呂をしてみたり、ジョギングの時間を増やしてみたりする。 そして食事の量も日に日に減らした。食べるたびに罪悪感が首をもたげる。食事が怖い。口にいくらか含んでみるもののなかなか呑み込めない。いくらなんでも少しは食べなければ死んでしまう。そう思うのに食べれない。 不安に思うが体は若干寝つきが悪くなったくらいで、いつもと同じように動いている。何より体重は落ちている。その喜びはすべての不安を忘れさせてくれた。痩せればきっと僕を突き放さないでくれるだろう。 体重を測ったついでに脱衣所の水垢で汚れた鏡の前に立ちピンクのパーカーを脱ぐ。肋骨が浮き上がってはいるがまだまだだめだ。醜い奴だと思われているのだろうか。顔が歪む。軋むこころを押さえつけ表情を戻すと、以前よりだぼつくパーカーを着直し部屋に戻った。 〇 それからまた数日後の昼下がり。一人リビングでスマホをいじる。家族八人もいれば大体誰かしら家にいるものなので、一人というのは珍しいかもしれない。少し寂しいかもなんて思ってない。 時計の針は十二時過ぎを示していた。暖かな日光が心地よい。頭が回らない。 兄さんたちは昼食をどうしているのだろうか。誰かとファミレスにでも行っているのだろうか。付いていったところでどうせ僕は食べられないけれど。ひまつぶしに適当に何かないかと漁ってみる。チョークが出てきた。昔、落書きした時のものを母さんがとっておいたのだろうか。ほとんど無意識にそれを口に運びほんのちょっぴりかじってみる。不味い。だが体はそれを吐き出そうとはせず呑み込んだ。まともに呑み込めたのはいつ振りだろう。それに驚きつつポリポリとチョークをかじっていた。 小気味いい音を立て扉が開け放たれた。 「今帰ったぜマイブラザー。」そちらを見やるときざったらしい表情のカラ松兄さんがそこにいた。さらにまた兄さんは何か言おうとしたが僕の口元と僕の手にある欠けたチョークを見るや否や表情が変わった。目に光がない。これ怒ってるわ。伊達に相棒やってたわけじゃない。感情の変化ぐらいはわかる。 逃げ出そうとしたがもう遅い。僕に一瞬で近寄ると普段の数倍低いバリトンで言った。 「お前は今何を食っていた。」 例えるならば地獄の底から響くような声だった。背筋が凍る。嫌な汗が背中を伝う。金魚よろしく口をはくはくさせる僕の右手首をぎりと掴まれ痛みに思わず引き攣った悲鳴が漏れる。 それにびくっと肩を震わせた兄さんが慌てて力を緩める。そして泣きそうな顔になったかと思うと僕の目をまっすぐ見つめゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡いだ。 「トド松。いいか。これは食べ物じゃない。食べてはいけないものだ。わかるな?なぜこんなものを食べるんだ?」 まるでいたずらをした小学生を諭すかのように問いかけられる。呆れさせてしまった。今度こそ突き放されてしまうのだろうか。ごちゃごちゃになった感情を整理しようとするがままならない。固まっているとそっとその骨ばった手が頬に触れる。どうやら僕は泣いていたようだ。 「すまない・・・泣かせるつもりはなかったんだ。」 「・・・っは大丈夫・・・。」 何とか声を絞り出す。それと同時に嗚咽が漏れだす。 「大丈夫だトド松。落ち着いて。」 背中をさすりながら声をかけてくれる。僕はみっともなくしゃくりあげる。 「っひ・・・っは・・・っごめんなさい・・・きらいにならないで・・っひっ・・すてないでっ・・ごめんなざい・・っ・・!」 「トド松・・・!大丈夫だ。お前は愛しい愛しい俺たちの弟だ。嫌いになるはずなんてないだろう?勿論ほかの奴らもそう思っている。ましてや捨てるなんて。天地がひっくり返ってもあり得ない。」 一瞬声が跳ね上がったが、また優しく、ゆっくりと話し出す。その声に安心し兄さんの胸に縋りつき泣いた。涙なのか鼻水なのか分からない液体で青いパーカーがさらに濃い色に染まっていく。背中をさすり続ける手の温かさがその言葉が嘘偽りない本心だということを証明していた。 しばらくし、だいぶ呼吸も落ち着いてきた。しがみ付いたまま呼吸を整えていると静かな足音が聞こえる。ふすまが開き、一松兄さんが顔をのぞかせる。何を思ったか険しい顔になると、猫のような俊敏さでカラ松兄さんに近寄り叫ぶ。 「おいこらクソ松う???なにトド松泣かせてんだおいゴッラ???」 「一松兄さんちがうから!大丈夫!!」 流石に訂正する。でも泣かせたというのはあながち間違いでもないのだろうか。とか考えているうちにカラ松兄さんが事情を説明していた。 一松兄さんの少し深爪気味な手がぐちゃぐちゃになった僕の顔をぬぐった。猫の匂いがする。 「ちょっと待ってて。」 そう言い残して台所へと消えていく。背伸びをし覗くと手際よく料理をする様子がちらりと見える。一松兄さんはめったに作らないけど兄弟一料理が上手だ。一度コツを聞いたらなんとなくやってりゃできると言われた。それができれば苦労はしない。頼み込むとたまーにほんっとにたまーに作ってくれる時がある。 ボウルに卵と牛乳を入れかき混ぜ粉をふるい入れる。フライパンに流し入れるとジュウーという焼ける音と一緒に甘い香りが漂ってくる。 「うまそうな匂いさせてんじゃないの!」 「ほんとだ。」 「あまい匂い!!!!」 ほかの三人も帰ってきた。それぞれ思い思いの場所に座る。カラ松兄さんから離れて座りなおすと隣にチョロ松兄さんが来る。何となく見ているとこちらを向いてへの字眉をさらにへにょりと曲げて笑った。漂う甘い香りがより一層強くなった。一松兄さんができたよ、と皿を運んでくる。その上にあるのはたっぷりのメープルシロップとバターが乗ったあたたかいふかふかのパンケーキだった。 「甘いものなら好きだろうし食べやすいでしょ。」 少し照れ臭そうな顔で言う。 じわりとなにかが込み上げてくる。ああ。自惚れてもいいのだろうか。ここにいてもいいのだろうか。必要とされていると信じてもいいのだろうか。僕は、六分の一になれているのだろうか。そっと周りをうかがうとみな一様に慈しむような笑みを浮かべていた。 フォークとナイフを差し出され、それを受け取りパンケーキを一口大に切り取る。口に運び咀嚼する。やわらかくとろけた。ゆっくりと飲み込む。あまいあまいそれは僕の中をじんわりと広がっていった。そのあまさをあたたかさをもう二度と疑うことはないだろう。ゆっくりと顔をあげふわりとわらった。