掛軸 シミ抜 20161228

掛軸の仕立替を依頼されるにあたって付き物なのが「シミ抜」という作業である。

一口にシミといっても色々な種類のシミがあり原因も様々ですが、主に掛軸のシミの原因になりやすいのは湿気です。

 

 

掛軸は簡単に言うと作品に紙と絹を糊で接合したものなので湿気に非常に弱いです。

日本は湿度が本当に高い国なので(特に梅雨時期~夏にかけてなど本当にひどいものです。)湿気がたまりやすい和室の地袋(じぶくろ)などに掛軸をしまいっぱなしにしているとシミが発生してしまう事が良くあります。

 

 

 

さて、そんな掛軸のシミですが、実はこれ表具師としては毎回ドキドキしながら行うものなのです。(違う表具師さんがいたらすいません(汗))

・・・というのもシミの原因はさまざまですが、その原因を100%理解している表具師などいないからです。

原因がひとつではなく、様々な要因が複合的に絡まって発生している場合もあるからです。

 

皆さん長年の経験を元に、「恐らくこれが原因だろうからこうしたらシミが抜けるだろう・・・」という予測の元に行います。

それでシミが抜ければ良いのですが、それで抜けなければ「ではこうしてみたらどうだろう・・・」といった具合で色々な方法を試しながら行います。

シミ抜の方法も表具師によって実は様々です。自分のやり方や経験にあった方法で行う事が多いです。

 

そしてシミ抜で一番やっかいなのがやり過ぎるという事です。

シミ抜を行う際は、多くの表具師は薬剤を使う事が多いのですがこの薬剤が強力なのです。

あまりにやり過ぎると作品が傷んでいる場合、その薬剤の強さに耐えられずボロボロになってしまう恐れがあったり、絵具や墨がシミと一緒に消えてしまう恐れがあるのです。

なので表具師はそうならないよう作品の状態を常に作業中チェックしながら、可能な範囲でシミ抜を行う事を求められるのです。

こればかりは長年の経験が必要になってきます。

表具屋さんによっては最初からシミ抜の作業を断るお店も増えてきていると聞きます。

本当にデリケートな仕事なのでおいそれと「100%シミ抜出来ます!完璧に綺麗に出来ます!」などと言えないのが表具師の本音かと思います。

たいていは「多分出来ると思いますがやってみなくては何とも言えません」と言われると思います。(これは想像ですが・・・(笑))

多くの作品を直してきた弊社でもやっぱりお客様にはそうやって言います。お客様にもリスクをきちんと理解していただいた上で合意の下で行うのが良いと思うからです。

 


 

さて、 そんな「シミ抜」の依頼を受けました。

依頼品はこちらです。

 

 

 

小さなシミが水疱瘡のようにいっぱい出ていますね~。絹本のシミです。

 

鳥の周りにも無数に出来ているので鳥がまったく目立ちません。

 

 

余白で表現された霧の部分にもシミが出ている為にせっかくの空気感が台無しになってしまっています。

 

吉井大起

この作品は「吉井大起(よしいたいき)」の水墨山水。吉井大起は水墨画の名手として有名であり非常に人気が高いです。

特に絹本に描かれるその山水図は墨の暈しを初め、木々の表現や構図のとり方など卓越した技術によって表現されており、見応えがします。

美術年鑑などの資料では無所属作家として紹介されているのであまり知られていませんが、実は院展(日本美術院)の作家であり、特待の地位にある作家です。

日本美術院での落款は「吉井東人(よしいはると)」。

 

何故二つの名前を使うかと言うと団体に所属しているとその団体のカラーというものが少なからず存在します。

「うちの団体はこういう芸術性を追及して作品を製作していこう」といった感じです。

日展、院展、創画会・・・それぞれの団体の特徴が存在します。

その団体のカラーの中では出せない表現をする為に、普段とは違う落款を使う場合があります。(全てがそうではないでしょうが・・・)

 

ちなみに吉井東人の院展での作品は下記リンクから見れます。

 

 

ざっくりと吉井大起の場合は院展では人物画をメインに描かれており、それ以外の水墨画に関しては「大起」の号でと使い分けられているようです。

国際墨絵協会という水墨画に重きを置く協会の会長までされており、水墨画へのこだわりが作品を通じ多くのファンを魅了しています。

 


 

そんな吉井大起のこだわりの水墨画ですが、何とかその作品を甦らせたいと思いシミ抜を行いました。

今回の絹本は作品の劣化もなかったので比較的安心して行うことが出来ました。

シミ抜を行った作品がこちらです。

 

 

 

無数に発生していたシミが綺麗に取り除かれました。

 

鳥もシミがなくなったのではっきりと確認できます。

 

 

霧の部分のシミも無くなったので空気感がしっかりと表現され作品全体に奥行きが感じ取れるようになりました。

 

 

深い靄が辺り一面に立ちこめる切り立った断崖絶壁に、力強く生命を宿らせる木々が描かれた迫力の水墨山水画が見事に甦りました。

 

これでまた依頼主の方が末永くこの掛軸を楽しんでいただけると何よりです。